~ 戦前交渉その4 ~
「……お前、ルールを理解していないのか?」
テーブル上に二枚のカードを叩きつけた俺を見て、ファッカーの野郎は半眼で俺を睨み、こちらを馬鹿にした口調でそう吐き捨てやがった。
実際のところ、俺のやり方がルールを逸脱しているのは自分でも理解していたので、コイツの反応もその厭らしい顔つき以外は腹も立たなかった。
……だけど。
俺の意図を理解すれば、コイツはこのルール逸脱行為を呑むだろうことも、俺には予想出来ていた。
「まぁ、聞けって。
まず『勝利条件』は、「全女性の死亡」、だ」
「おいおい、女を犠牲に逃げのびるってのか?
そんなんじゃ……」
俺の提案を聞いたファッカーは、明らかにこちらを馬鹿にした……腰抜けを見る優越感に浸った目付きでこちらを見下している。
コイツの隣に控えているイヴリアさんは、表情一つ変えてはいないものの、まだ若さが抜けきっていないのか、白けたような眼の光は隠せていない。
背後に下がっているリリス嬢の表情は見えない。
見えないが、息を呑むような音が聞こえて来たので、どうも彼女は俺の意図を理解しているようで……それでも何も言って来ない辺り、俺の思惑に賛成してくれているのか、それともこの時代ならではの「男性の決定に女性が口を挟むものではない」という常識に縛られているのか。
取り合えず……敵対している眼前の二人は、共に俺の意図を理解していない。
だからこそ、もう一枚のカードが通る。
コイツは無警戒に通してしまう。
「次の『特殊ルール』で、男性のリポップ……復活を認める、でどうだ?
復活ポイントは、初期スタート地点。
……面白いだろう?」
俺の提案を聞いた……いや、この提案を理解したファッカーの野郎が浮かべた表情は、まさに見物だった。
何しろ都市間戦争のルールに抵触しない形で、こちらを無限に痛めつける権利を得たのだ。
格下の腰抜けを見下していた顔が、瞬間にサディスティックな欲望に浸りきった笑みに変わるのだから、凄まじく上手い映画の俳優ですらこれほど見ていて不愉快になる表情は浮かべられないだろう。
正直、こういう顔をすると予想していなければ、思わずコイツの面をぶん殴っていた可能性が高いと言わざるを得ないほどの、素晴らしい悪役面だった。
「待って下さいっ!
これは、むしろ……」
「良いだろうっ!
そのルールは飲ませてもらう!」
当然のことながら、俺の意図を理解した向こう側の正妻イヴリアさんが制止の叫びを上げようとするものの……目先の欲望に突き動かされたファッカーのクソ野郎はその声を遮ってルールを呑む意図の言葉を吐き出す。
──よし。
これで数的不利・経験不足を多少は誤魔化せる上に、俺自身が前線に立って構わないというお墨付きを得たのだ。
今まで色々なゲームをやってきた俺ではあるが、射撃能力はある程度訓練を受けた常人程度、格闘能力は一般女性にも劣るひ弱さである。
それでもリポップ可能で最前線で戦い続ければ10や20くらいのキル数は稼ぐことが出来るだろう。
ついでに言えば、野郎が最前線に出ることで都市の女性たちの奮起も促せる。
中世ヨーロッパのフランスかどっかでそんな女性がいたような記憶が微かにあるので、コレは実際に効果のある戦術だと確信している。
(本当に、よろしいのですか?)
背後から我が未来の正妻であるリリス嬢がおずおずとそう秘匿回線で訊ねて来るものの、俺は小さな頷きで答える。
実際、彼女は俺が自由時間にゲームを……この未来社会では男性がやるにはあまり相応しくない銃撃戦や格闘線のゲームをやっていることを承知していて、俺が喧嘩を人任せにしないだろうことを……俺自身が最前線に出てしまうだろうことを予想していたようだった。
「なら、最後の『武器制約』はこちらが選ばせて貰うとするか」
そうして、5枚の戦闘条件が決定した今、残されたのはそのカードだけであり……さっき俺が2枚を選んだ以上、この条件の選択権は当然のことながら向こう側にあった。
「当然、携行武器のみ。
乗り物は、個人用飛行ユニットと、都市内にある車両のみを使用して構わないとする、だ。
戦車とか航空機とか、木星で使われてるアレなんぞに載られると面白くないしなぁ」
そして、このクソ野郎は当然のように俺を一方的にいたぶるために……恐らくは苦痛と恐怖に歪む顔を直接見たい、ただそれだけを目的に、そんな条件を提示してくる。
ある意味では予想通りであり、ある意味ではありがたい話でもある。
何しろ俺は、巨大人型兵器なんざ操縦できないのだから。
──木星戦記は未プレイだからなぁ。
今度、暇になったらやってみようと心に決めつつ、ファッカーの提案を聞いた俺はアレム先生に頷いて見せることで、同意を示す。
実のところ、『武器制約』の選択権は向こう側にあって俺は一切口出しできないのだが、まぁ、この辺りは雰囲気というヤツだ。
「では、戦争の条件が整いました。
規定通り、戦闘開始は15日後とします。
両者とも条約違反のないような戦闘を心がけること」
中立を保つためだろう、最低限の口出ししかしなかったアレム先生は、都市間戦争の条件が整い次第、そう締めくくる。
そうして話し合いが終わったと見たのだろう。
ファッカーの野郎が相変わらず厭らしい笑みを浮かべ、俺の方へと向き直る。
「けっ、首を洗って待ってやがれ。
その尻軽女と一緒に、泣き喚いて謝るまでぶっ殺し続けてやる」
「……もう一発ぶん殴られたいのか?」
俺自身が何かを言われるのは兎も角、「俺の女への悪口は言うな」という教訓を、拳をもって理解させたのを忘れたその態度に怒りを覚えた俺は、睨みつけながら小さくそう呟く。
事実、もう一言以上、このクソ野郎がゲロ以下の音声を吐き捨てていたならば、俺の右拳はまたしてもコイツの顔面に叩き込まれていたことだろう。
……だけど。
「ひっ、ひぃいいいいっ?
辞めろよ、せ、戦争始まるまではっ、暴力禁止だからなっ!」
俺のたったの一言で、ファッカーの野郎は背後へ一メートルほど飛びずさり、震える声でそんな保身の泣き言を口にしやがった。
そして、早々にその姿を消し……恐らくはビビってログアウトしたのだろう。
そんな市長を見届けた向こう側の正妻であるイヴリア嬢……いや、年齢的に嬢と言いたくなるものの、夫人が正解か……彼女は、俺たちへと一礼すると共に、夫の後を追ってログアウトをしてみせた。
「私は中立の立場であって、あまり口出しは出来ないんだけど……
クリオネ君、本当に大丈夫なのかい?」
最後に、老婆心を発揮したのかアレム先生が俺にそう問いかけて来るものの……俺はこの同性愛者の青年を安心させるように大きく頷くと……
「まぁ、何とかなるでしょう。
負けてもVRで撃たれる程度ですし」
そう平然と言い放つ。
それに対するアレム先生の反応は、その整った顔を引きつらせるという奇妙なもので……その顔芸を最後に、俺とファッカーの野郎との戦前交渉は終了したのだった。