~ 戦前交渉その3 ~
「……『戦場選択』」
「……『戦場選択』で」
二枚目に両正妻が選んだのは、またしても同じカードだった。
「海上都市『クリオネ』を選択します」
「地上都市『ファッカー』を選択します」
そして、お互いにお互いの都市を口にする。
これも考えてみれば当たり前の話であり……戦場で必要とされる三要素は天の時・地の利・人の和……正確には少し違うとBQCOが告げてくれていたが、兎にも角にも地の利が大きな要素であることに違いはない。
だからこそ、我が未来の正妻様は隅から隅まで知り尽くしている我が都市を選択したのだし、そしてそれは相手側も同じだったのだろう。
──裏技もあるみたいだしなぁ。
自分の都市で戦争をする側だけが使える裏技……それは、現実世界側で都市を支える床板に細工をしておいて、敵軍が通行した際に道路の一部などを崩落させる地形トラップを設置すること、である。
もしくは、何故か爆発物や可燃物などが隠して置かれており、敵軍が近づいた時に事故が発生するパターンで……仮想現実があまりにも現実そのままであることから出来る、文字通りの裏ワザだろう。
実のところ、その仕込みをしたことが原因……要するに撤去を忘れたことにより崩落が発生、一般労働者だった数名の女性が死亡する事故が起こったこともあるらしい。
幸いにして男性が死んだ訳じゃないので、この手の戦争前工作は禁じ手にはなることはなく……所謂一つの『裏ワザ』として残されているとか。
──犠牲者が出ているってのに、ただのスパイスとして流されてるのも、酷い話だが……
──二人とも、そのことは知っている、っぽいな。
だからこそ、両正妻はお互いの『裏ワザ』を防ぐため、一手を費やしてでも自分側の都市を選ぶことにした……いや、「相手側の都市を選ばせない」ことを選んだのだろう。
「では、両者の意見が衝突したことで、戦場は乱数によって決定させて貰う。
戦場は……海中都市『イポコンプ』とする」
俺が頭の中で「何だそりゃ?」と考えた瞬間に、BQCOが作動……フランス系古語のタツノオトシゴと判明する。
──オスが子供を産むんだったか。
──一度に2000匹くらい。
造られたのは100年ちょいと昔の大きな都市で、取り合えず俺もファッカーの野郎も、そして両正妻も恋人にも血縁のない……要するに完全に中立の都市のようだった。
いや、むしろその辺りのコネがある都市が選ばれてしまうと、こちらとしてはやり辛いことこの上なかった筈で……何しろこの俺は、まともな正妻はおろか、恋人すらも設けていない有様なのだ。
だからこそ、アレム先生は「乱数で選んだ」などと口にしていたが……恐らくは気を配って、双方のコネのない中立都市からランダムで選んでくれたのだと思われる。
──そもそも、正妻すらまだ婚約段階なんだよなぁ。
流石に「そろそろ何とかしないとダメだなぁ」などと思って未来の正妻様へと視線を移すものの、眼前の敵正妻……イヴリアさんとの睨み合いに忙しく、こちらの視線に気付く様子はない。
と、そんな時だった。
「なぁ、おい。
こんな茶番、辞めにしないか?」
正妻同士の睨み合いを一切無視して、厭らしい笑みを浮かべながら喧嘩の本人……ファッカーの野郎がそんな言葉をぶちまけやがった。
「な、何を……」
「女は黙ってろ。
男同士の話だ」
当たり前の話であるが、女同士でお互いの出方を読み合っていた向こうの正妻であるイヴリアさんは抗議の声を上げようとするものの、クソ野郎の一喝によって口を噤んでしまう。
男の発言力が強すぎるが故の欠陥とも言える。
我が正妻からは(どうしましょうか?)という質問がBQCO経由で飛んでくるものの……俺は一つ頷いて相手側の要求を呑むこととする。
俺としても正妻同士の読み合いなんかより、こういう馬鹿を相手にして、ただ感情のままぶつかる方が、頭を使わなくて良い分、楽ではあるのだ。
そうして俺とクソ野郎とは睨み合い……無言の内に、お互いに選んだカードへと手の伸ばすものの、ファッカーの野郎の方が一拍早くカードを突き出してきやがった。
「俺は、『痛覚設定』を選ばせてもらうぜ。
当然、50%……最悪の設定にさせてもらう」
ファッカーの野郎が上から目線の厭らしそうな顔で出してきたのはそのカードだった。
その表情を見る限り、数の多い自分が負けるとは欠片も思っておらず……一方的に俺を痛めつけてやろうと考えているのが明白である。
しかしながら……
──最大で50%?
都市間戦争でコレなら、100%なんて無茶な設定のゲームは一体どういう立ち位置だったのだろうと、脳の片隅に疑問が浮かんでくるものの……その答えはすぐに脳裏に浮かんでくる。
──プレイを推奨しない、VR過渡期の危険なゲーム、か。
タイトルに何となく見覚えがあったからと、そんな危険なゲームを延々とやっていた自分に少しばかり疑問を覚えてしまったものの……まぁ、深く考えるだけ無駄だろう。
ゲームなんてそもそもやる意義を考えるようなものじゃなく……楽しかったか楽しくなかったかだけが全てなのだから。
しかしながら……
──この状況を、有利に運ぶ方法はないものか……
細かいことは兎も角として……目の前で俺をいたぶってやろうと厭らしい笑みを浮かべているクソ野郎に一泡吹かせる方法を考える。
俺にあるのは幾つかのVRゲームをプレイした経験値くらいであり、そのお陰で多少痛みには慣れている自信はあるものの、あくまでも痛みに慣れている程度である。
戦争である以上、頭を狙撃されれば一発で殺されて終わるし、俺が大将である以上、俺が殺されると勝負そのものが終わってしまう。
嫌がらせとして、俺も『痛覚設定』を出してやれば、厭らしくも得気な笑みを浮かべているコイツの思惑を挫くことは出来るだろうが……そんなんじゃあまりにも面白くない。
──だったら……
──コイツの性格を逆手に取ってやれば……
そう考えた俺は、残されている交渉カードを二枚手に取ると、テーブルの上へと叩きつけたのだった。