~ 襲撃 ~
「ですが、やはり若いだけありますね」
外の景色を見た後にいつものリハビリという名のラジオ体操擬きを終え、何処となく距離が近くなったようなサトミ女医の手によって耐圧服ならぬ筋助スーツとかいう服を脱がせて貰っていた最中。
不意に、何処となく寂しそうな笑みを浮かべた彼女は、俺にそう語りかけてきた。
「ん?」
「いえ、もう殆ど介助なしに動けますので。
もう筋力アシストがなくとも、身体相応の平均筋力は戻ったようです」
サトミ女医は何やら虚空を……恐らく俺の目には映らないのだろう、虚空の『窓』に触れながらそう告げる。
俺の生きていた時代でもタッチパネルまでは実用化していたのだ……俺自身はあまり使いこなせていたとは言えないけれど、それでも六百年も未来になれば使用者以外には見えない、何もないところで操作するタッチパネルが生まれていてもおかしくはないだろう。
と言うか、そう自分を納得させないと、俺の憧れているこのサトミ女医が虚空に触れながら適当なことを呟く痛い才女と成り果ててしまう以上、俺は全力で自らを騙すことに躊躇いなどない。
「なら、もうこの服とはおさらばって訳か。
うん、色々と助かりました、本当にありがとうございます」
「い、いえ。
クリオネ君が元気になって良かったと思ってます、はい」
仕事中、現場へ行く時の作業服よりも遥かに着心地が良かった筋助スーツが、妙齢の女性の手によって身体から離れていくのを眺めながら、俺はサトミ女医へとそう頭を下げる。
俺の礼に頬を赤らめるサトミさんを眺めつつ考えてみれば、こうして上体を起こしたまま頭を下げて元に戻すという「当たり前」の動作も、ここまで思い通りに動くのは目覚めてから初めてのような気がする。
しかしながら……
──身体相応の筋力?
──これが?
それでも身体の各部が「重くて仕方ない」事実に俺は内心で溜息を隠せない。
昔の……記憶にすらないのだが、頭の片隅に残っている記憶のカスが、本当の俺の腕はこんな真っ白で貧弱なモノじゃなかったと訴えている。
そして未だに腕を上げる動作すら重い……感覚通りに動いていない事実が、今の俺には「この細い腕すら持ち上げられない程度の筋力しかないこと」を雄弁に語っていた。
この貧弱な腕力が身体相応の……恐らくは十歳程度の男子の平均筋力となると、この時代の人間はどれだけ貧弱なのだろう?
「せめて、もうちょいと、鍛えるか……」
「でしたら、VRを用いてのトレーニングをお勧めします。
仮想空間での運動はどうしても過剰となり、結果として筋助スーツ着用のリハビリなどよりも負荷は大きくなりますけれど……それでも筋フィードバックシステムを使えば、楽しみながらトレーニングとしての活用も可能なのです。
これはゲームプレイ時に筋助スーツの補助動作と全く逆のプロセスを踏むことで筋肉に負荷をかける仕組みなのですが……生憎とゲームに白熱し過ぎて現実を忘れてしまったのか、寝たきりの患者への臨床試験では骨折や筋断裂の事象が相次ぎまして、その結果、法令によってある程度の筋力が回復していないと……」
自らの四肢の重さに溜息を吐いてしまった俺の呟きを聞きつけたらしく、サトミ女医はそんな助言をくれる。
そればかりかどうやらそのVR……仮想現実で身体を動かすことが如何に身体能力の向上に繋がるかを技術的に語ってくれているようだが、生憎と科学も化学も詳しくない俺にとって彼女の話は理解不能……翻訳が働いているにも関わらず彼女が何を言っているか全く意味が分からないという、非常に珍しい事態に陥っていたのである。
「ですので、筋肉を使用した際の断裂よりも成長ホルモンこそが……っえっ?」
そうしてこちらをまっすぐに見つめて語り続けるサトミ女医の視線が、不意に俺から外れ……彼女が慌てて立ち上がる。
彼女の視線を追いかけて振り向いた俺が、病室の入り口へと目を向けると……
「な、何だコイツらっ?」
思わず俺の口からそんな驚きの声が零れたのも無理もなく……俺の視線の先には全身を機械で覆ったような不審な人影が三体分、こちらに銃口を向けて立っていた。
銃口、なのだろう……あからさまに未来銃っぽくプラスチックと金属を混ぜたような形状で、正直な感想として、某洋画の44口径とか見ている人間からしてみれば逆に玩具にしか見えないような代物だったのだが。
「ugokuna.keisatuda.
teikou sureba youshawa sinai」
「omaeniha,dannseikyouyuuhou dai1jou,oyobi dai4jouihan no yougi ga kakatteiru.
kuwaete,idensibougohou no ihann mo kakunin sareteiru」
「teikou sureba shasatu suru.
ryoute wo agete,sonodansei wo kaihousiro」
相手方の三人の口からはそんな……ガスマスク越しっぽいくぐもった声ではあったが、恐らくは女性の声が放たれたので、彼女たちはサイボーグとかではなく人間なのだろう。
生憎とサトミ女医と同じく現代語……俺にはよく分からない言葉で降伏勧告のような宣言をしている、ようだった。
それに対するサトミさんは、俺と三人が持つ銃器とに視線を交互させつつも悔しそうな表情を隠していない。
恐らくではあるが、彼女は何らかの違法行為をしてそれを自覚していて、眼前の連中は警察か何かに相当する治安機関であり……サトミさんは降伏するしかないのを理解しつつ、それでも納得がいかないのだろう。
俺が記憶にすらない洋画の記憶からそう類推している間にも、サトミ女医はじりじりと追い詰められており……結果、彼女が最後の未練とばかりに俺へと手を伸ばした、その時だった。
「teikou wo kakunin.
keikoku ha sitazo」
サトミさんの動きを目の当たりにした眼前の重装警官が慌てたような声でそう叫んだかと思うと、彼女たちの手にあった銃器らしき物体が突如として光を放つ。
銃器が火を噴いた筈の音は、シュッという間の抜けたような空気の擦過音と、何かが焦げるようなジュッという微かな音、だけだったと思う。
だけど、その結果は凄まじく……サトミ女医は見えない車に撥ねられたかのように、一人で勝手に壁際まで吹っ飛んでいた。
そればかりか俺の目が狂っていなければ、その一瞬の間に、彼女の身体に拳大の穴が三つも穿たれているという、あり得ない……いや、ある筈がない光景が眼前に広がっていたのだった。
「お、おいっ!
だい、じょう……」
慌てて彼女へと駆け寄った俺だったが……彼女の胴体に空いたその穴を至近距離で目の当たりにした瞬間、「大丈夫か?」という気休めのような問いは気付けば口内で掻き消えてしまっていた。
何しろ、ソレらの穴は右胸、みぞおち、下腹と三か所辺りに直径十センチ程度もの大きさで背中まで貫通しており……誰がどう見ても致命傷だったのだから。
2021/09/02 21:05現在
日間空想科学〔SF〕ジャンル1位。
週間空想科学〔SF〕ジャンル1位。
月間空想科学〔SF〕ジャンル7位。
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