~ 義務日~
「……義務、日?」
アレム先生の口から放たれた全く聞き覚えのない単語に、俺は思わずその単語を口にしてしまった訳だが、どうもそれはあまりよろしくない行為だったらしい。
「お、おい。
お前、まさか……」
黒人系の13歳、睾丸君が信じられないものを見てしまったかのように呆然とそう呟きを零し……
「まだ、なのかよ、おいぃ?」
ローマ系っぽい13歳の陰茎君は相変わらず少しだけ間延びした声でそう呟きながら点を仰ぎ……
「羨ましい限りですね、本当に」
インド系12歳の男根は、丁寧な言葉づかいでそう俺を羨んでみせた。
言葉にはしなかったものの、アラブ系12歳の婚外性行為君もこちらを羨ましそうに見つめており……それでも、アメリカ系12歳の強姦魔君は相変わらず仮想モニタに夢中でこちらの話を聞いてもおらず、話題の主である筈の陰茎君に至っては顔を上げようともしなかったが。
──何、だ?
彼らの反応に「自分の発言が迂闊だったかもしれない」という疑惑を覚えた俺は、瞬時にBQCOを用いてその単語の検索を行ってみる。
──月に一度と定められている、男性の義務を行う日。
──要するに、都市を持つ男性が女性のため、遺伝子を提供する日のこと、か。
そこまで検索してようやく、俺は彼らがどうしてああいう反応をしたのかを理解した。
そして、俺が未だにこの義務日とやらを実行していない……俺としてはEDという認識なのだが、彼らからしてみれば精通前という事実に驚いていたのだろう。
とは言え、そう言われたところでこればっかりは身体が成長しなければどうにもならない問題である。
──このままずっとEDってことはないと信じたいんだが。
俺は内心で溜息を吐きながら、そんな感想を胸に抱く。
ぶっちゃけた話、正妻ばかりか恋人をいくら作っても問題ないこの未来社会で、延々と禁欲させられるってのは意外とキツい。
そういう性欲的な話を除いても、今の俺はただの働きもしない義務を果たさないただのニートでしかない現実があり……俺の精子を求めている彼らの期待に沿えないかもしれない事実は、意外と焦燥感を煽るものがあるのだ。
……普段はあまり意識をしないようにしているが。
「はっ、要するにおこちゃまってことだ」
俺をそう嗤うことで、睾丸君としては結論が出たのだろう。
肩を竦めながらのその一言は、年下の相手として俺を見下してはいたが、何処となく羨望も混じっているようにも感じられる。
「良いじゃないでしょうか。
女なんかに下らない時間と体力を取られないんですからね」
「違いないですねぇ。
アレには私も、とことん辟易してますからねぇ」
そんな最年長者の言葉を男根君が頷きながら丁寧な言葉で擁護し、それに陰茎君が同意する。
どうやら彼らにとって義務日とは忌々しくも鬱陶しい、出来るだけ触れたくない代物という扱いらしい。
──まぁ、税金みたいなものだしなぁ。
以前の元気だった頃の俺からしてみればさほど苦痛とも思わない代償ではあるものの、この時代に生まれ育った彼らからすると強制されている以上、楽しいものは思えないのだろう。
「鬱陶しいんだよなぁ、義務日が近づくとちらちらとよぉ」
「そうそう、白い小便に悦ぶ変態たちに与えなきゃならないあの辱めに耐えなきゃならないんですからね」
「変な目で見て来る女も、媚びて来る女も気持ち悪いったら」
「女なんてクソだな、絶対」
俺は彼らが口々に呟く税金……納精について、あまり積極的には出てこないらしいアラブ系の婚外性行為君までもが混じって話し合うと言うか、女についての悪口を言い合う彼らの様子に、俺は遠い昔を幻視する。
尤も、それは野郎同士で酒を飲んで振られた女の愚痴を言い合う席ではなく、ドラマなんかでよく見たような給湯室にOLが集まって、セクハラしてくる上司の悪口を言い合う席ではあったのだが。
「……貴方たち。
一応、市長としての義務なのですから、そう悪し様に言うものじゃありませんよ」
そんな彼らの発言は立場上、流石に看過できないらしく、アレム先生がやんわりと窘める声を発していた。
「おいおい、ホモ先生。
あんたが一番しんどいんだろうがよ、義務日ってのは」
「そうですよ。
鬱陶しいあの女共の所為で、丸一日寝込むことになるんですからね?」
「この前なんて、三日も動けなかったからなぁ。
くそったれなシステムだぜぇ」
だけど10歳前半の、しかも甘やかされて育った男子という特権階級の餓鬼共にそんな配慮など通用する訳もなく……彼らは口々に女性と義務日に対する愚痴を言い続ける。
彼らの言い分を聞いて、これ以上の言及は無駄だと悟ったのだろう。
「多少の罵倒だったら悦んでくれる女性もいるのでこれ以上は言いませんが……
あなた方の生活を支えているのが女性ということを忘れないで下さいね」
アレム先生はいつかの未来で男子たちが女性と決定的な仲違いをしないよう、そう会話を締めくくった。
彼が何を言いたいのかは、21世紀の記憶と価値観が微かに残っている俺にはよく分かる。
いや、もしくは40が近いおっさんだったから、だろうか。
当たり前の話ではあるが、男だけでは社会は回っていないし、女だけでも社会は回せない……お互いに役割があるだけと言いたいのだろう。
この未来社会では際立った男女比と同じように、その役割差が顕著なのだから。
「へぇへぇ、相変わらずだね、ホモ先生」
「小言がいちいち煩いよなぁ」
「女共に配慮なんて、無駄でしょうに。
あいつ等、厭らしい目しか向けてきませんよ?」
尤も、アレム先生の言葉は先ほどと同じように餓鬼共には届かず……結局、先生はこの話題を取りやめ、カリキュラムを進めることにしたようだ。
「では、次の課題を始めましょう。
何か一つ、先ほどとは別の課題を……」
結局、俺はそんな先生の言葉に従い、次のお題である折り紙の中から、手裏剣を選んで折り始める。
「知ってるか?
義務日を護らなきゃ、二十歳を超えた婆ぁがちんちんに吸い付いてきて、精子が出るまで嘗め回されるらしいぞ」
「はい、聞きましたよ。
同郷の先輩の一人が精神的外傷を負って同性に安らぎを求めたいと言っておりましたし。
よくもそんな気持ち悪い刑罰を考えたものだと、逆に感心したものです」
「本当ですよねぇ。
女共ってどうして、性根までが気持ち悪いのかぁ」
そうして俺が折り紙へと意識を向けたというのに、まだ雑談意欲は尽きていなかったのか、年長者の級友三人は口々にそんな愚痴を零している。
──何言っているんだ、コイツら?
俺の記憶が正しければ、彼ら三人が刑罰と言っている行為は、二十一世紀初頭の日本では「お金を払ってでも受けようとしていた性サービス」だった覚えがあるのだが……どうもコイツら的には拷問に等しい扱いらしい。
どう考えてもご褒美にしか思えなかった俺だったが、立場を逆転させてみると、何となく彼らの感想も分からなくはない。
──十代前半の少女の股間に吸い付く、二十代~三十代の男、か。
……まぁ、確かに拷問の類と言われても過言ではないだろう。
俺の中では、「男が受ける側の性的な行為」に対する忌避感ってのは非常に低く……男性側の性被害という認識はほぼない。
それは恐らく二十世紀後半から二十一世紀初頭にかけての、野郎間の共通認識なのかもしれないが、取り合えず男女平等っていうのなら、そういう感覚の男女差も無くすべきなのだろうと、600年後の未来から考えてみる。
尤も、もう幾ら考えたところで、今から過去を変えることなんて出来やしないのだが。
それはそうと、彼らの言う義務日とやらに興味が湧いてしまったのも事実だった。
──帰ったら、調べてみるか。
俺は「この学校で学んだことを調べ直してみるか」という前向きな学習意欲半分、「エロい行為なら受けてみたい」という期待半分で、そんなことを考えながら折り紙を折っていたのだが……昔取った杵柄というヤツだろうか。
俺の指先は思考とは別にしっかりと作業を続け……折り紙という授業では教室で最高成績と評価されたのだった。
2023/09/19 21:53現在(第9章終了時)
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