~ 男子校の授業 ~
「一緒に、折り紙?
……お茶会?」
ここ何とか男子校……BQCOが瞬時に『連邦府立鼠子金玉学校』という回答を脳みそに寄越してくれたが、そこの授業カリキュラムはそんな訳の分からないモノだという。
未だに朧げな俺の記憶と比べても明らかにおかしいと思えるそのカリキュラムを耳にした俺は、困惑で二の句が継げなかった。
──いや、幾ら何でもおかしいだろう?
だが、その疑問を抱いた直後、BQCOによって焼き付けられた知識によると、これらの授業を受ける意味が見えて来るから不思議なものである。
──まず、授業そのものは無用の長物でしかない。
そもそもBQCOがある以上、先生が学生に知識を教え込む必要がないのだから、授業という形式で強制的に机に座らせる時間なんてものは、ただの無駄な苦行でしかない。
では、11万人にひとりという希少な男子たちが学校で何を学ぶかと言うと、ただ一つ……対等の者 とのコミュニケーション、だけとなる。
──だからの、折り紙。
簡単な作業を全員で行うことで一体感と話題を提供することとなる。
これがスポーツであったなら、年齢や遺伝に起因する身体能力や得手不得手によって授業そのものを嫌う子が出てきそうだが、折り紙ならば身体的にはそう大きな疲労もないだろう。
勿論、折り紙にも得手不得手は出て来るだろうけれど、幸いにして俺たちにはBQCOがあり、検索と作業とを並行しながら進めるという、この未来社会で生きていくために必要なスキルを自然と身に付けることが可能であり……ついでに言うと、折り紙では「級友に足を引っ張られる」というストレスをかけない分、人間関係にひびを入れる可能性が少ない。
──だからの、お茶会。
お茶会という名目により同じ時間同じ空間にいることを義務付けることで、否が応でも会話が生まれ……強制的に対等の者 との接し方を学ぶこととなる。
勿論、合う合わないはあるのだが、そこは一週間に一度、半日単位の登校で構わないというセーフネットがあり……更には、仮想モニタを見続けている強姦魔君や、後ろの端で眠ったままの陰茎君のような過ごし方でも構わないのだから、最低限の義務は果たそうという意思くらいは生まれる、だろう。
その授業も。半日単位……2時間半程度でしかなく、しかも人間の集中力は一時間が限界ということもあり、折り紙をするにも休みを挟んで、となるようだった。
──やっぱり凄まじく保護されてるよなぁ。
過保護とかそういう次元を超えている気がする、この未来社会の少年の優遇っぷりに、俺はいい加減呆れ果ててしまい、モノが言えなくなっていた。
俺が少年時代を過ごしていた1900年代後半に、この十分の一で良いから子供たちへの配慮があれば、これほど男子の希少化は進まなかったに違いない。
「おい、長々と固まりやがって。
幾ら何でももう検索は終わっただろ?」
「……あ、ああ。
悪い、別のところに飛んでいた」
そうして俺が脳みその中で学校カリキュラムについて思いを馳せるのに結構な時間が経ってしまったらしく、睾丸君が苛立ちを隠そうともせずそう話しかけて来る。
その言葉で我に返った俺としては、少しばかりバツが悪い思いをしながらも、そう軽く頭を下げるしかない。
幸いにしてBQCOに慣れていない人間は、往々にして俺のような症状に陥ることが多く、誰一人として眼前の相手を無視してしまった俺の無作法を咎めようとはしなかった。
──まぁ、ネットサーフィンみたいなもんだからなぁ。
インターネットが一般化したあの時代でも、検索していたら一時間単位で時間が過ぎ去っていたという人間は多々見かけた覚えがある。
だからこそ、俺がこうして意識を飛ばしたことも珍しいことではないようで……もしかしたら今までずっと正妻や警護官たちの前で考え事をしていた時も、よくあることだと見逃してくれていたのかもしれない。
「まぁ、人前での検索は控えるんだな。
女共は大して文句も言わねぇが、爺共はたまに煩いヤツがいるからな」
「……あ、ああ。
済まない、な」
意外にも、と言えば失礼に値するのは理解しているが……睾丸君はきっちり年長者をしているらしく、俺に対してしっかりと説教をしてくれた。
言っていることは非常に的を射ていて、反論の余地すらない俺としてはただそう頷くことしか出来ない。
「……けっ、お坊ちゃまかよぉ。
あと、敬語も学んだ方が良いぞ、なぁ」
──くっ。
とは言え、だ。
併せて陰茎君からの……自分の年齢の半分以下の餓鬼相手からの、上から目線での説教に対して素直に頷けないのは、要らぬ年長者の自尊心というヤツなのだろうか。
流石に真っ当な説教を食らっているのに怒りを露わにしてしまうのは老害極まりないので、奥歯を噛みしめて怒りを噛み殺している訳だが。
そうしている間にも、自己紹介が終わったと判断したらしく、アレム先生が手を二回叩いて注意を引くと、声を上げて今日の授業が始まった。
「さぁ、取り合えず今日は折り紙をしましょう。
BQCOを用いて手元に好きな色の折り紙を用意してください」
……何というか、まぁ、幼稚園からやり直しを食らったような気分にはなってしまったが、こうして思い通りにならない現実を学ぶことこそ、希少な男子が学校で学ぶべきこと、なのだろう。
アレム先生の号令を聞いた俺は、適当な席に座り……周囲の男子たちと同じようにBQCOを用いて折り紙のデータを眼前に展開し、カリキュラム通りに鶴を折り始める。
──懐かしいなぁ。
ただの単純作業をするだけで欠片も面白くない授業カリキュラムではあるものの、大昔の失った記憶のどこかで同じような作業をしたという記憶の残滓みたいなものが、俺に既視感を与えてくれて、それが何処となく楽しいのが不思議な感覚だった。
俺は記憶のどこかにあったらしい感覚に従い、あまり上手くはないものの教室の誰よりも早く鶴を折り終わる。
「へぇ、自習してきたのかな?
すごく早いし、上手いねぇ、クリオネ君」
「……はぁ、どうも」
そんな俺をアレム先生は手放しでほめてくれるものの……たかが折り鶴を折った程度で褒められても、欠片も嬉しいとは思えない。
この辺り、俺が若かった時代の、男子がハードモード人生だった名残なのだろうが、素直に喜べないというのはあまり褒められたものじゃないと思われる。
ちなみに難易度ハーデストは近隣の東南アジア国家なんかに生まれた場合で、インフェルノはテロとか内乱中の国生まれになるのかもしれない。
「ところで、彼は……えっと、陰茎君は構わないのでしょうか?」
時間が余ったことと、折り鶴程度で褒めてくる不可思議な教師の注意を逸らすべく教室内に視線を這わした俺だったが、すぐに話題は見つかった。
何しろ自己紹介の時からずっと寝たままの少年は、カリキュラムが始まった現在もまだピクリとも動かず、机に突っ伏したままだったのだから。
「……仕方ないでしょう、義務日だったのです。
登校してくれただけでも、十分なのですよ」
俺の問いに対するアレム先生の解答は、寝たままの彼の行動を全肯定するもので……授業中の昼寝はぶん殴られて当然という認識の俺としては、ただ首を傾げることしか出来なかったのだった。