~ 級友その1 ~
アレム先生に続き教室に入った俺を出迎えたのは、明らかに新入りを歓迎していない、異物を訝しむような12個の眼球だった。
──あれ?
その瞳に込められた感情は兎も角として、それがたったの12個……つまりが10~13歳の少年が集められている筈のこの教室で、生徒が僅か6人しかいない現状に俺は首を傾げる。
──計算、間違えたかな?
前に調べた時の、この世界の人口は約10億人。
男女比が1:110,721だったから、男性人口は約1万人ほど……男性が100歳まで生きると仮定すると、1学年で100人はいる計算になる。
そんな社会の中で10歳~13歳が通うことを義務化されているのがこの教室なのだから、大雑把とは言えこの教室には400人ほどという計算になる筈なのだが。
──もしかして、進行している、のか?
俺はこの未来社会について、大きな考え違いをしていた自分に気付く。
時代が進むにつれ男女比の偏りが激しくなっているということは、要するに『若い男子が生まれてこない』ということであり、人口曲線で言うと逆三角形……若年層ほどに数が少なくなっているのだろう。
ついでに言うと、科学技術の進歩により病気等が駆逐され、人工多様性幹細胞技術の発達により生体移植も可能となったこの時代、平均寿命が100歳だと言ったところで、テロに走って殺処分され街に入れない貧困層すらも存在する大多数の女性は早死にする傾向にあるのだから、平均寿命などあてにはならず……保護が手厚く貧困とも無縁で、何があろうと無理やりにでも生かされる男性は女性よりも遥かに長生きするに違いない。
そう考えると……若年層男性は思っている以上に希少ということとなる。
──待て、まてまてまて。
──もしかしなくても、この世界……本気で滅びかかってないか?
それも、俺が思っていたよりも遥かに深刻な規模で、である。
尤も、俺の考えている50倍も男子希少化が進んでいる訳ではないらしく……BQCOによる情報によって脳みそに転写された統計データによると、この教室に通っている初等部の少年は118人。
この場にいない111人の生徒たちは別に不登校になっている、という訳ではなく……登校は週に一度、午前か午後のどちらかにと義務付けられていて、それ以外の日には来る必要がないらしい。
──なる、ほど。
当たり前の話ではあるが百人単位の人間を同じ場所に放り込むのだから、合う合わないの問題は発生するし、いじめ問題なんてのも出て来るのだろう。
それを回避するためか、男子が登校するのは七日の間の、午前か午後かに一度だけ……基本的に、義務を果たすのは最小だけと考えるのが大多数だから、上手く曜日や時間帯さえ調整すれば嫌な奴とは顔を合わせないように出来るような仕組みが取り入れられている、とのことである。
──未来に来て初めて、人類社会が真っ当に進歩してるのを目の当たりにしたな。
科学技術以外で社会システム的に進歩しているのを感じたのは、この瞬間が初めてだったように思う。
実際のところ、知識の学習そのものはBQCOによる知識がある以上、無駄に学校に通う必要はなく……学校に来るのは「対等である男子同士のコミュニケーションを学ぶ」のが目的である以上、週に一度、半日も通えば十分、と政府は判断しているに違いない。
そうして俺が頭の中でこの社会の状況を考えている間にも、アレム先生は黒板の前へと歩み出て……
「今日は皆さんに、新しいお友達を紹介します」
そんな、定番の台詞を口にした。
600年が経過しても未だにこんな台詞が残っているんだなぁなんて感想を抱きつつも……むしろ少子化が加速し過ぎた所為で、過去の栄光に縋るように昭和の遺物を引っ張りだしてきてわざと復刻しているのかもしれない、なんて思えてしまう。
この辺りの情報をBQCOが勝手に送り付けてこないのは……もしかすると政府レベルで情報隠匿が行われている、のかもしれない。
「クリオネ君です、どうぞこちらへ」
「……あ~、今後ともよろしく」
兎に角、途中編入の挨拶はどうやら俺の知っている古典的な転校生シチュエーションそのもので間違いないらしい。
アレム先生のそんな紹介を受け、俺は転校生らしい挨拶を一瞬だけ考え……思い出そうとしても転校なんてした覚えがないことに気付き、適当に無難な挨拶を口にする。
そして……その不愛想な挨拶は、残念ながら在校生の好感度を稼ぐには少々不足していたらしい。
「はっ、愛想のない餓鬼だな」
「女共にちやほやされて育った典型、だなぁ」
「と言うか、変な名前ですね、全く」
その所為か、俺の眼前にはこちらに向かって敵意を剥き出しで吠えてくる、そんな少年共ばかりだった。
とは言え、そう敵意を向けられたところで、どいつもこいつもあまり迫力はなく……よく考えたらこの少年共、11万人に一人という希少価値の、女性たちからちやほやされて育った愛玩動物に近い。
要するにチワワの類であり……普通に10代序盤の少年ならばいきなり押し込まれた新しい環境で高圧的に接されると気圧されるのかもしれないが、40歳近いおっさんとしては、小動物が吠えているようにしか思えない。
「彼はコロダニ。
13歳の最年長だから、仲良くして欲しい」
「おいおい、ホモ先生よ。
こんな不愛想な方と仲良くする必要があるのか?」
最初に紹介されたのは、身長170cmほどはあるだろう肌の黒い少年だった。
身長は俺よりも頭二つ分ほどは高いように思える……正直、13歳とは思えず、高校生と見間違ってもおかしくない身体をしている。
尤も、顔は何処となく幼げで、甘ったれて身体が育っただけの餓鬼という雰囲気は拭えないのだが。
それは兎も角……
──睾丸って何の冗談だ?
連邦共通語が基本となっている未来社会の中で、どうやらスワヒリ語を語源とするらしき、BQCOが翻訳してくれたその彼の名前の意味に、俺は必死で噴き出すのを堪える羽目に陥っていた。
だけど、全く予期できなかったことながら……俺の試練はこの程度はまだ序の口だでしかなかったのだった。




