~ 好敵手 ~
「くぁああああああっ?」
通学義務の開始を二日後に控えた昼下がり、VRゲーム内で大蟻の化け物に全身を齧られた俺は、悲鳴を上げながら現実世界へと叩き戻された。
今日も今日とてVR空間内を銃器を手に都市内を走り回った所為で全身から吹き出るような汗が鬱陶しかったものの……それも覚醒直後に設定してある数秒の微細泡浴によって解消される。
勿論、身体を綺麗にしたところで全身にずっしり圧し掛かるような肉体疲労だけはどうしようもないのだが……とは言え、それも最近は毎日のことであり、慣れてきている。
そんなゲームまみれの日々を送っているお陰か、海上都市『クリオネ』へと移住した当時は100メートルも走れなかったこの脆弱な身体も、今やフル装備で200mの全力疾走が出来る程度には体力を取り戻しつつあった。
──まぁ、その程度の体力じゃ話にもならない訳だが。
残念ながら俺のお気に入りであるこのゲームは、走り回るのが普通という過酷なゲームであり……たかが200メートルを走った程度では、疲労という概念のない大蟻から逃げることなど叶う筈もなく、容赦なく殺されてしまう。
トラウマ確定級の惨殺をされるような疲労を伴うゲームを、負けず嫌いってだけで延々とやり続けている訳だが、それも最近は流石に心が折れて来た感がある。
事実、このシリーズはあまりにも過酷な所為で過疎っているゲームであって、少なくとも売れ筋からは遠のいている感が強いので、必死に頑張る必要性があるかと言われると全く欠片もないのが実情だった。
「流石に疲れたな。
……次は身体の疲れないサイボーグバトルをやるか」
肉体疲労でまともにゲームも出来ないと察した俺は、登録しているお気に入りの中を検索し、次のゲームを起動させる。
正式名称が「物理的処置済みの全身機械化警護官の体験ゲーム」という中央政府が訓練のために開発したこのゲームは、アルノーの逆バージョン……要するに、VR空間で肉体を放棄した警護官になり、少年を護るゲームである。
だけどこのゲーム、開発が中央政府ということもあって装備や戦闘環境のリアリティにはとことんこだわっている癖に、女性たちが最も要求する少年のリアリティにあまりこだわらなかったのだ。
結果として、警護対象の少年は『服を一枚たりとも脱がすことが出来ず』、『触れることも出来ない』概念的なモノとなり、瞬間でこの体験ゲームは過疎化。
今や、このゲームは敵の襲撃を待たずに全身を機械化した警護官同士が殴り合うローカルルールが支配する、謎の格闘ゲームと化していた。
──要するに、どっかの配管工ゲームだな。
記憶の片隅から湧き出て来た、友人の家にあった配管工が暴れるそのゲームは、二人同時の協力プレイをする筈が……何故か仲間同士で殺し合うのがメインとなってしまい、2面に進むよりもリアルファイトに突入した回数の方が多いという……色々と欠損している俺の記憶に未だ焼き付いている、とてつもなく懐かしいゲームである。
それと同じ楽しみ方をしているのが、このサイボーグバトルであるが、実のところ要らない性欲でプレイするヤツらが居ない所為か、濃い面子が集まるのが愉しかったりする。
そう考えてゲームを起動した瞬間、俺の意識はVR空間へと飛んでいた。
意識を遮断された俺の本体は、またしても床上5cmのところで浮いていることだろう。
「……今日の相手は、また『グラップラー』か」
このゲームは基本、四人集めて一人の警護対象を護るという形式のゲームなのだが……あまりにも過疎っている所為でほぼ一対一の対戦が楽しめるという特長がある。
そして……今日の相棒は何度も対戦した、組技主体の白い躯体を有する女警護官だった。
彼女のハンドルネームは『白兎』。
だが、ほぼノーモーションから放たれる凄まじい速度のタックルと関節技主体の格闘スタイルから、俺は頭の中で彼女のことを『グラップラー』と呼んでいる。
「……また君か」
「それはこちらの台詞だ、クリ坊。
貴様もよほど暇らしいな?」
俺は少しキャラを作る感じで今日の仲間……対戦相手に呼びかけ、相手も恐らく作っているだろう口調で俺にそう呼びかける。
ちなみにクリ坊ってのは俺のハンドルネームである。
通称クリオネだからクリ坊……某ゲームの敵ユニットの名前を適当にパクった訳だが、大ヒットし過ぎた横スクロールで配管工走り回る原作は、この時代ではもはやシリーズを通してフリー扱いになり特許権やらは存在していないので、何の問題もない。
どちらかと言うと、全く別の意味……女性の性的特定部位への刺激が好きなヤツ、という隠語扱いされている気はするのだが……まぁ、男である俺は、その程度の下ネタなんざ嫌悪するほどじゃない。
「今日こそ決着を着けてやる」
「ははっ、8割も負け越しておいて良く言うぜ」
初期装備であるビームマシンガンとサーベルとを放り捨てながら戦意が零れ出たような俺の呟きに、『グラップラー』はそのスレンダーな身体付きの金属ボディをステップで揺らしながら、同じく初期装備であるハンドガンとヒートナイフとを放棄してそう挑発で返してくる。
事実、彼女の言葉通り、このゲームの初心者でしかない俺は彼女に負け越しており……ようやく最近になって必勝パターンがつかめて来たところだった。
正直、一戦目はゲームのローカルルールを知らず、真面目に護衛対象を護ろうとして普通に背後から襲われて瞬殺され、二戦目は武器を使いながらも鮮やかなフットワークで遠巻きに殴られ完敗……そこから、このゲームは素手で殴り合うのが暗黙の了解と諭され、そのルールに準じながらも十数戦もの間、延々と負け続きだったのだから、負け越しと言われるのは仕方ないだろう。
とは言え、どれだけ惨敗していようとも……素手の喧嘩において、男として喧嘩相手に首を垂れる訳にはいかない。
「舐める、なよっ、この雌豚がっ!」
「はっ、口だけは達者だなぁ、初心者がぁっ!」
俺の吐き捨てた言葉と、『彼女』の嘲笑が戦闘開始の合図だった。
俺の鋼鉄の拳が、彼女の鋼鉄の手のひらに弾かれ、甲高い音を立てる。
……ちなみに、彼女との対戦成績は22戦16敗。
四人の警護官が一人の護衛対象を護るこのゲーム、地球圏内でのマッチングが行われるシステムになっているが、規定時間内に人数が集まらない場合はCPUの警護官が配置される。
そんなゲームで同じ相手と22戦もタイマンが張れてしまうこの過疎ゲーム……二十一世紀初頭では絶対に採算が取れずに消滅しているに違いない。
2023/09/11 20:56確認時
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