~ 彼女の趣味その1 ~
「さて、また暇になったな」
未来の正妻様が部屋を辞してから30分ほどが経過し……蟻の吐き出す酸によって悶絶死させされた俺は、今日のゲーム攻略を止めてそう呟きを零す。
実際のところ、疲労を伴うゲームについての可否は分かれると思われるが、暇な時間をゲームで潰すという役割が果たせなくなってしまった弊害があることは、紛れもない事実だろう。
そうしてゲームが出来なくなった以上、暇つぶしと言われてすぐに連想するのは先ほどまでリリス嬢と楽しんでいた旅行なのだが……
──流石に、一人で旅行ってのものなぁ。
俺の過去に何があったのかは記憶が定かではないので断言は出来ないが、どうも一人旅ってのは印象が悪い……もてない・友達がいないヤツがやること、というイメージがこびりついている、気がするのだ。
そして何より……
──働いている正妻様に悪いし、なぁ。
俺の中で、その気後れが一番大きいのだろう。
たったの一度とは言え、そして先ほどの衛星軌道都市キャノンボールでは景色に感動するあまり、ろくに相手出来なかったとは言え……それでも、働いてくれている婚約者を放って自分一人で旅行するってのは、俺の中ではクズのやることと認識される。
尤も、ゲームをして遊ぶのは良いのかとか、この未来社会での旅行の位置付けはストリートビューで景色を眺めるのに等しい気がする等、今さらな感想だとは分かっているけど……それでも、気後れしてしまうものはしょうがない。
恐らくではあるが、俺の中で「旅行は未来の正妻とするもの」と認識してしまったからこそ、一人旅への気後れが生まれてしまったのだろう。
「……そうすると、何をするべきか」
そうして振出しに戻った俺は、5分ほど暇つぶしに何をするべきか考え……すぐさま答えを放棄する。
そもそも「どんな暇つぶしがあるか」すら分からない現状でいくら頭を捻ったところで、答えなんて出る訳がないという、当たり前の結論が出たからである。
「分からなきゃ、聞けばいいか」
これでも元社会人……新人の頃に分からないことを人に聞くことを躊躇い、何度も何度も痛い目に遭った経験があり、人に聞くというハードルは下がりまくっているのだ。
「あ、えっと……はぁ」
そうして呼び出したのは残された心当たりである、警護官の二人だった。
今一つ歯切れの悪いのはものすごい厚化粧をした挙句、装甲値が非常に低い装備を身に付けて来た……要するに布面積がアレな感じの、だけど回避力も期待できないフリル満載の衣装に身をまとっているユーミカさんと……
「なるほど。
……そういうことでしたら」
たったの三日で新たな体躯を手に入れたという、全身金属骨格のアルノーだった。
外科手術的に性的欲求を断ち切っている彼女は男性の部屋を訪れるというのに一切動じた様子もなく、周囲を見渡したりそわそわと身体を動かしたりすることもなく、どっしりと構えていて逆に好感度が高い。
尤も俺は、この全身金属塊に欲情を覚えるほど特殊な性的嗜好はしていない訳だが。
「で、何か心当たりがあれば教えて欲しい」
ここで放っておくと話が混線して行方不明になるとトリー・ヒヨ・タマの三姉妹で学習済みだった俺は早々にそう釘を刺す。
あの三人組が若い所為でちょっとアレなだけかもしれない上に、そもそも無駄な話だろうと暇つぶしにはなるのだが……生憎と完全に無駄でしかない会話を楽しむような感性を、俺は持ち合わせていないのだ。
「あ~、そうですね。
自分は主に仮想空間での射撃訓練と格闘訓練、そして運動を。
特に仮想空間において生身の肉体感覚を伴っての運動訓練は、精神の均衡を保つために良いと医師AIにも推奨されておりますので」
最初にそう告げたのは全身が金属製のアルノーだった。
彼女の身体は、テロリスト襲撃事件で全損した前の金属骨格と異なり、骨太な印象を受けるのだが……恐らく表面の金属装甲を僅かながらに重装化していると思われる。
付け加えるならバストアップもしているっぽいが……それは女性的魅力を意図的に追加した訳ではなく、恐らくは心臓部のジェネレーターもしくはバッテリーを強化したとか、そういう感じの追加武装の所為だろう。
……多分。
何しろ現在の彼女は物理的処置により子宮も卵巣も存在せず性欲に左右されないため、「異性に魅力的に見られたい」という要求がなく……そんな彼女が胸を大きくした以上、そこには必ず合理的理由が存在している筈なのだ。
「休みの日も訓練、しているのか?」
「身体を動かすのが趣味でして。
個人的には十分に楽しんでおりますが……」
休日は寝て過ごす派の俺は、不信感丸出しで警護官リーダーの鉄面皮にそう問いかけたものの、当のアルノーから返ってきたのはそんな信じられない言葉だった。
──そういうヤツがいるのは知っているが……
不完全極まりない俺の記憶が不意に思い返したのは、同業他社のスポーツマンだった。
うろ覚えで顔も思い出せないそのスポーツマンと飲み会の席で話した趣味は、休日はフルマラソンクラスの距離を走っていて、全国各地の大会にも出ているらしく、俺は「修行僧でももう少しまともな休日を過ごしているだろう」という身も蓋もない感想を抱いたものである。
いや、もしかしたらスポーツマンという人種はそういう生き方をする生き物なのかもしれないが、少なくとも俺は欠片も共感できなかった……そんな思い出が突如として浮かび上がってきたのだ。
休日にスポーツを行うという、何をしているのか分からない趣味の話を聞かされた所為で、当時の「信じられない」感覚が記憶を引っ張り上げてくれたのだろうと推測は出来ても……やはりその時の飲み屋の場所や何を食べたか、誰と飲んだかなんてのは全く思い出せやしない。
「こういう大会などに、参加しております。
生憎と地球圏で五指には入ることは叶いませんが」
ひょっとすると、アルノーは俺に趣味を理解して欲しかったのか……仮想モニタを展開した上で、彼女のやっているらしき競技の映像を見せつけて来る。
──どっかで見たことあるぞ、これ。
その競技とは、湖の上に造られたコース上を一人の女性が走っているというシンプルなモノであるが、コース上には網やら動く床やら飛び出して来る壁やら、飛んでくるバレーボールやら、様々な障害物が妨害してくるという代物で……
タイトルは思い出せないが、子供の頃にテレビか何かで見た記憶のある競技に酷似している、気がする。
そのコースを生身の女性が自由自在に走り回っているのは確かに凄まじく、正直に言って、さっき見せた跳躍なんて人間技とは思えない。
……だけど。
──あまり参考にはならんなぁ。
そもそもの話……こんな挙動が素人に出来る筈もない。
身体を鍛えるにしても、ここまでの人外化は望まない。
何よりも、休みの日まで身体を鍛えたいとは思えない。
という訳で、彼女の趣味はあまり俺の役には立たないことが判明し……「はぁ、凄いですね」という上滑りの定型文をアルノーに送る。
何よりも走っている二十代前半らしき生身の女性の、凄まじく揺れるバストに一番注視していた俺だったのだが……まぁ、それは言わぬが花だろう。
「はっ、恐縮です」
そして、映像内のその生身の女性はアルノーその人だったらしく……本来あっただろう仮想肉体なのか、それともアバターとして鍛え上げられた女性の仮想肉体を操るタイプの競技かは分からないものの、俺の適当な感想にも鋼鉄製の彼女はそんな言葉を返してきたのだった。