~ 召喚 ~
「……暇だ」
襲撃から三日ほどが経過した頃、部屋の中で俺は青空……仮想モニタに映し出された本物と全く変わらない空を眺めながら、そう呟いていた。
暇というのは何らかの暗喩ではなく、言葉通りの意味である。
事実、テロに遭ってからこの三日間……男性である俺は、何もやることがなかったのだ。
──かと言って、仕事そのものがない訳じゃないんだが。
この海上都市の拡大工事の指揮……海上パネルの拡大、電気及び上下水設備の拡張、建屋建築に警護官の配備と、都市運営の仕事そのものは多岐に渡って存在している。
特に都市計画策定という仕事は、BQCOを通じて最適化された幾つかのパターンから選ぶだけの簡単な仕事のように思えるものの……その決断が都市の未来を決定するという、責任が重く圧し掛かる重大な仕事であり、そもそもほぼ機械化されているこの未来社会では、仕事とは『選択すること』もしくは『責任を負うこと』とが主になっているようだった。
ただし、男性には機械工作機を用いる責任や、都市開発の方針決定の責任など……重要な責任を負うような仕事が割り振られることはない。
時間に縛られ責任という重圧のかかった生活は、性欲を減衰させ精子の作成を阻害する所為である。
だからこそ、幾ら仕事があったとしても、男性である俺が暇なことに変わりはないのがこの未来の現実だった。
「……何か、俺に出来ることは?」
「あ、あああなたは、もう少しお休みになって下さい。
あんな大事件の後、ですから……ストレスは身体に悪いと言いますし」
……とは、昨日、酷く忙しくしており、少しやつれた感のある未来の正妻に対し、仮想モニタ越しに俺がさり気なく訊ねた結果の返答である。
身体、というのがBQCOの通訳で精子作成能力と判明した俺の顔はなかなかに愉快なものになっていたと思われるが……そんな訳で、どうもこの未来社会、男性は仕事をしないものという概念がこびりついているような気がする。
「……それはそれで良いんだがなぁ」
俺の頭の中にある途切れ途切れの記憶が、過去の俺は仕事せずに暮らしていけるならそれを歓迎する派だったと教えてくれている。
だが、しかし……何もやることがないとなると、これは暇で仕方ないのが現実だった。
BQCOでネットサーフィンの如く検索しようにも、やっていることは勉強と大差なく……続けていると長時間授業を受けた時の、あの頭の中に何も入ってこない独特の症状は発生してしまう。
……現在ではもう、俺は検索への情熱すら失ってしまっている。
「お」
そうしてやることもない俺が、一人用には広すぎるベッドの上で大の字になり、天を仰いでいた時のことだった。
俺の遥か頭上に、三つの機影……いや、人影が螺旋を描くような軌跡を描いているのが目に入ってくる。
「トリー、ヒヨ、タマ、か」
恐らく彼女たちは今日も警護官として巡回業務を行っているのだろう。
現在、外部委託によって新型のボディを工場製作中であるアルノー曰く「単機ではまともに運用できないので三人一組で動かすようにしている」と仮想モニタの向こう側で言ってたのを思い出す。
「……そう言えば、人にも会ってないな、最近」
思い出してみれば、あの猫耳テロリスト事件以降、全員から避けられているのか……誰とも直接顔を合わせた記憶がない。
あんな事件があった後だし、気を使ってくれているのかもしれないが……人と顔を合わせない生活というものは意外と心身に負担をかけるらしい。
……要するに俺は少しばかり人恋しくなっていた。
「えっと、仮想モニタの使い方は……っと」
せっかく見えたも何かの縁、遊んで行ってくんなましということで、俺はBQCOを使って使用方法を検索……空を舞っている三人娘へと仮想モニタ越しに通話を行うことにした。
「……あ~、テステス。
これで通じるかな?」
「ししししししちょぉおおおおっ?」
「な、なになになになにうひゃぁううおおおおっ?」
「……二人とも、空で遊ぶと死ぬよ」
だが、それは正直に言って失敗だったのだろう。
突如俺からの仮想モニタが繋がったトリーとヒヨが舞い上がって空中衝突を起こして墜落……慌ててタマが空中で回収するという一幕が発生してしまったのだから。
「いやぁ、どうもすみませんねぇ、市長……ぐへへへてててて」
「こ、こここれが男性の……あいちちちち、たんこぶが」
「……色々とすみません、市長」
声をかけただけでHPを激減させた三人娘を放置するのも忍びなかった俺は、彼女たちを部屋へと招き入れたのだが……三人の挙動不審さは群を抜いていた。
男性の部屋に訪れたのは初めてなのだろう、右を見て左を見て落ち着かない様子で椅子に何度も座り直して……
何というか、彼女の部屋に初めて入れてもらった童貞そのものの行動を彷彿させる。
──いや、まぁ、俺も彼女がいた記憶なんて、浮かんで来ないんだが。
そんな俺の記憶から当てはまる項目を引っ張り出すと、初めて風俗嬢を部屋に呼んだ童貞の反応とでも言うべきか。
何故かこちらはすんなり腑に落ちてしまった俺は少しだけ悲しい気分に陥った訳だが、少なくとも客人を放っておいて頭を抱える訳にはいかないだろう。
首を振って要らぬ思考を振り払った俺は、客人の方へと視線を向ける。
「お、おおおおい、これ、やっぱワンチャンあるんじゃね?」
「ど、どどどどどうしよう、ぱ、パンツ、いつものだよ」
「……要らぬ心配してないで、落ち着いて二人とも」
幸いにして俺よりも遥かに動揺している少女たちが眼前にいるお陰で、俺は動揺を表に出さずに済んだ訳だが。
しかしながら……
──コイツら、警戒心ってものがないなぁ。
一体何を気にしているのか、最も年長であるトリーは胸元のボタンを開けて自分の体臭を嗅ぎ始め……その所為で真紅のスポーツブラっぽいものが丸見えになっている。
同じく気になった何かがあったらしく、ヒヨはミニスカートを丸く上げて自分のパンツをその場で確認し始める始末で……黄色いのは分かるが、正直、もうちょいと何とかしろと言いたい。
幸いにして最年少のタマは表情と言い口調と言い、まだ冷静さを保っているように見えるものの……さっきから視線が俺とベッドとを行き来している時点で内心はお察しの通りという有様だろう。
──いや、この場合、無警戒なのは俺の方なのか?
野郎の前で平然と下着を晒している少女たちに疑問を覚えていた筈の俺は、すぐさまそう思い返す。
男性の数が女性よりも遥かに少ないこの時代……部屋へ上げて何もされないと思うなんて警戒心が云々と言われるのはもしかしなくても俺の方じゃないのだろうか?
ちなみに、明らかに性的興奮を覚えている彼女たちが性欲抑止装置である電気的処理が働いていない様子に疑問を抱く俺だったが、BQCOがあっさりとその回答を返してくれる。
どうやら、男性が自分の意思で自室へ招いた場合、男性側が明らかな拒否の言葉を発するまでは、警護官の電子的処理は働かないようだった。
要するに、ふとした拍子に男性がトチ狂って警護官に性的興奮を覚えて、勢いに任せてナニをしようとした場合、それは最優先で叶えるべき欲求になってしまうらしい。
ちなみに女性警護官の意思は全く考慮されていない。
むしろ、女性側が断るという選択肢そのものがあり得ないのがこの未来の現実なのだ。
とは言え……
──まぁ、何かが起こる訳もないんだが。
そもそも俺は目を覚まして以降、未だに男性機能は回復しておらず、彼女たちがもし何かをしてきたところで責任問題に発展することは不可能である。
だけど、彼女たちには思春期の男子中学生レベルの自制心しかないと判断した方が良さそうだと考えた俺は、彼女たちを呼び出した要件を終わらせてしまうことにした。
「で、ちょいと聞きたいことがあったから呼び出したんだが」