~ 結末 ~
「……謝らないでください。
殿方の望む道を敷き均すのが、正妻の役割です。
一人くらいなら、いえ、何人だろうともあなたが望むだけ猫耳族を抱え込みましょう」
詫びを口にした俺に対し、婚約者の唇から放たれたのは想像していたような俺への糾弾などではなく……そんな全権委任にも等しい全肯定だった。
俺は最低でも小言、最悪離縁寸前に至るまでは覚悟していたのだが……
「市長命令なら、仕方ないな」
「男の我儘を飲むのが良い女、ってね」
「……二人とも点数稼ぎが露骨すぎ」
それに加えて、トリー・ヒヨ・タマの三人娘も俺が口に出した方針に異を唱えすらしなかった。
彼女たちはそれなりに下心がありそうな雰囲気で、それをヒヨが指摘していたものの……末妹も姉二人に倣って武器を下ろしていたのだから、彼女自身も俺の選択を支持してくれたことになる。
「待て待て待て待て、気を抜くな。
まだ何も解決してないぞ、お前たち」
唯一ユーミカさんだけは、俺にまだ丸鋸を突き付けたテロリストを警戒するように銃を構えたまま、警戒を解いた同僚たちを叱責していたが。
──そりゃそうだ。
実際のところ、まだ事態は何も好転していない。
この場から逆転の一手である「俺の恋人」という選択肢が生まれたことは事実なのだが……まだ眼前の名前も知らない猫耳テロリストがそれを呑んだ訳でもなければ、彼女は未だ俺に丸鋸を突き付けたままなのだ。
幾ら安全装置付きとは言え、警護官の彼女たちはそれを知ってる訳もなく……だから彼女たちが気を抜くのはまだ早いという指摘は間違いではない。
「いや、ないっしょ。
恋人になれるかもしれないんだし」
「そそそ。
これを断る女なんて、断れる女なんて」
「……いる訳がない」
警護官の三人娘はそう言って呑気に構え警戒を完全に解いてしまっていて、その分ユーミカさんの肩に力が入っているのが現状のようだった。
まぁ、実際のところ、この三人の言葉が間違っているかと言うとそうでもないのがこの未来の現実なのだが。
何しろ男女比が1:110,721なんてふざけた世界、正妻は男性と同じ数であり、恋人も男性1人につき生涯で平均3人程度と仮定すると……つまりが女性人口の37,000人に一人である。
俺の微妙な記憶によると、この確率は受験生全体の中で東大に合格するよりも高く……この確率で人生勝ち組になれると知っているならば、それに飛びつかない人はまずいないだろう。
しかも、この男女比はあくまでも人口全体の男女であり、恋人を持とうとする若い男性は統計上の数値よりも少なくなってしまい、37,000人に一人という概算すらあやしいのがこの未来社会の現状なのだ。
「……わ、私、はっ」
自分が助かる流れが生まれたのが分かったのだろう。
先ほどまで破滅に囚われていた猫耳テロリストの少女は戸惑った声を上げつつ、自分に銃口を向けている警護官たちを眺め……
「私はっ!」
彼女たちを一通り眺めた後、目を閉じ……次に目を開いた時、彼女の眼はどこか覚悟が決まった光を放っていた。
「私はっ、邪悪なテロリストだっ!
都市に……男に魂まで縛られた連中に成り下がるつもりはないっ!」
彼女が急に豹変した理由について、俺は全く理解が出来なかった。
ただ彼女はそう叫んだかと思うと、突如として俺の首を強引に掴んで引き寄せると……
「む、ぐっ?」
まさかこの歳にもなって女子高生くらいの少女から無理やり唇を奪われると思わなかった俺は、思わず戸惑った声を上げてしまう。
そうして俺が戸惑っている間にも、唇付近を彼女の舌が嘗め回し……舌も猫の遺伝子が混じっているのかどこかザラっとした生暖かい感触が俺の唇を、そして口内を這い回る。
「あ、あっ、ああ~~~~っ!」
背後から聞こえてきたそんなこの世の終わりのような叫びを上げたのは一体誰だったのか……少なくとも俺からは確認できなかった。
「はっ、はははっ。
私はっ、私の思うままっ!
邪悪なテロリストを貫いたぞっ、お前たちっ!」
テロリストの少女はそう叫ぶと突如として俺を突き飛ばし……本当に何故かは分からないまま、生命線である俺を突き飛ばしていた。
「男の足を引っ張るような女にはっ!」
突き飛ばされた後に振り向いた俺の視界の中で、猫耳族の少女はそう叫びながら電磁加速型仮想刃式丸鋸を起動させ、唯一外へと繋がった出口を塞いでいた警護官たちの方へと向かい、背中の飛行ユニットを起動させていた。
当たり前ではあるが、いくら不意を打ったところでその行動はただの自殺行為でしかなく……直後、唯一銃器を構えていたユーミカさんの電磁加速式拳銃から放たれた三発の銃弾が無慈悲にも彼女の頭蓋・右肺・みぞおち辺りを貫いていた。
それらの傷は、確実に致命傷であり……猫耳族の少女は痛みも感じることなく完全に即死したことだろう。
幾ら未来の科学技術力が優れていると言っても、脳みそを銃弾が貫通し、その衝撃で内部がずたずたになってしまえば、もう復元も叶わない。
「……どうして、だ。
くそったれ」
さっきまで言葉を交わしていた相手が、さっきまで体温が感じられていた相手が、さっき無理やりとは言え唇を交わしてしまった相手が物言わぬ肉塊になってしまったその様子に、俺はただ一言、そう呟くことしか出来なかったのだった。
ここで書き溜め分が完了で、連続更新はここまでとなります。
……また次章が書き終わったらアップする予定。。。
2022/06/12 20:05確認時
日間空想科学〔SF〕ジャンル3位。
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