~ 彼女たちの事情 ~
最初に俺がソレを目の当たりにした感想は、「ふざけているのか?」という至極真っ当なモノだった。
当たり前の話であるが、猫耳が生えているような人間などアニメの中でしか存在している筈もなく、だからこそたとえSF映画が現実化したような未来においても、そんな生き物が実在している筈がないと思ってしまったのだ。
尤も……
──眼球まで猫目。
──本物、か。
ここまで……眼球の形まで覗き込めるほどの近距離で、その瞳の形を目の当たりにしてしまっては信じざるを得なかったが。
「……猫耳族」
俺の未来の正妻にして現婚約者のリリス嬢が呟いたその言葉を耳にした瞬間、俺のBQCOが『彼女たち』の知識を脳へと植え付ける。
──猫耳族とは遺伝子改造によって生まれた、遺伝子調整人類の一種である。
年々進む男性の減少に焦った一人の科学者が、他の生物の遺伝子を取り入れることで男性の総数を増やそうとした……その計画の犠牲者たちこそが、猫耳族だった。
実のところ、計画は一時的に見ると成功したのだ。
猫耳を持って生まれた一人の少年から採取された精子は、当時の男性の出生率で考えるとあり得ないレベルの、1:190という男女比を実現させ、かの少年の都市は希望者が殺到し、世界でも有数の都市へと変貌を遂げている。
彼の子供である数百名の男子も同じ生殖能力を持つことが分かり、彼は世界の救世主として、人類の希望となったのだ。
……次の世代である3世代目の子供の大多数が、奇形として死産を遂げるまでは。
──う、ぐ。
──画像は、スキップで。
直後、死産した……異形と化したことで堕胎せざるを得なかった、胎児の画像を脳に直接埋め込まれた俺は、呻きながらそうBQCOへと命令を下す。
それらの画像は兎も角として……要するに、遺伝子調整で無理やり都合の良い人種を造り出したツケが、3世代目以降に回ってきたのだ。
そして、異形しか生まれなくなってしまった猫耳族は存在意義を失いあらゆる都市を追われることとなり……ごく少数、それでも堕胎を行わなかった眼前の彼女のような異形が都市外で細々と生き延びているだけ、の筈だったのだが。
彼女たちはどういう伝手を手に入れたのか、こうしてテロリストに成り下がっている、という訳だ。
「……どう、分かったでしょう?
私たちには、もう、未来なんてない」
猫の目を持ったテロリストの少女は、未来を悲観した声で俺たちに告げる。
事実、彼女たちに未来なんて存在しない。
今後の世代では非常に高い確率で奇形が生まれ、しかもそれが遺伝的に続くと分かっているのに精子を提供する男性なんて存在しない。
いや、もし男性がそれを是としたところで、希少な精子の無駄遣いを許容するほど、この未来世界の女性たちが許容しないだろう。
何しろ、正妻や恋人などの特権階級とも言える一部を除くと、精子を得るためには都市に暮らし税を納め順番待ちをしてようやく、というのがこの時代の女性の現実なのだから。
「だからと言って、こんなのが許される訳っ!」
「分かってるわよ、ええ、分かってるのよ。
だけど、もうっ!
こんな手段しかないのよっ、私たちにはっ!」
それでもテロなんて許せるはずもないと未来の正妻が叫び、その叫びに激高した猫耳族の少女が叫びを返す。
事実、都市へと入ることも出来ない彼女たち猫耳族は、真っ当な手段では精子を得られず、子供を作ることすら出来やしない。
子供が出来たところで生きられるかどうかすら分からない確実な奇形児しか出来ないのだから、テロリストの彼女が口にした通り、未来がないと悲観してもおかしくないだろう。
「子供を作れなくたって、生きればいいでしょうっ!
生きていればそれなりの未来だって得られるっ!」
「それはっ!
子供を産める人間の傲慢だっ!」
英才教育を受け、努力を続けてきたリリス嬢が真っ当極まりない人生観を叫ぶものの、それは猫耳族の少女の怒りの声に切って捨てられる。
実際問題、未来の展望が何一つなくて自棄を起こした労働者に対し、大富豪が「努力すれば一般人として生きてはいける」と説いたところで説得力なんてあるハズもない。
たとえその富豪が持つ全ての富が自身の真っ当な努力の末に成り上がったとしても、だ。
「だからっ、私たちにはコレしかないっ!
貴方を攫って、私たちの種馬にするのよっ!」
電磁加速型仮想刃式丸鋸を突き付けたまま、テロリストの少女は俺に対してそう叫ぶ。
一切異性と接触したこともない猫耳少女たちに囲まれてのハーレム生活……前世の記憶がある俺としては少しばかりときめかないこともない未来なのだが。
「ふざけないでっ!
そんなこと許す訳ないでしょうっ!」
「大体、どうやってここから脱出するつもり?」
「もう貴女たちの輸送機は消滅した。
その一人用の飛行ユニットで何処まで飛んでいくつもりなのよっ!」
「……あまり犯人を刺激しないで」
身勝手なテロリストの主張に対し、未来の正妻が怒りの声を上げ、それに追従する形でトリー・タマ・ヒヨの三人娘が声を上げる。
ヒヨだけは少し現実を見据えているらしく、まっとうなことを口にしていたが。
「……はぁはぁ、やっと、追いつい、た」
そんな中、唯一飛行ユニットを装備していなかったユーミカさんが息も荒く階段を駆け上がってきた。
……まぁ、三十代後半の彼女には少しばかりきつい運動だったらしいが。
兎に角、これで彼我の戦力差は4:1……非戦闘員の俺とリリスは戦力に含めず、頭だけとなったアルノーもやはり戦闘力としては皆無だろう。
「予備バッテリーが限界に達しました。
脳保護のため、休眠モードに移行します」
既に無力化されていたアルノーの頭部がそんな声を上げて目を閉じるものの、戦力的には何一つ変わる訳もなく……猫耳族の彼女は完全に追い詰められていた。
「くっ、だからと言ってっ!
私たちの未来をっ、諦める訳にはっ!」
そして、それだけ追い詰められていても、テロリストの彼女はまだ諦めるつもりはなさそうだった。
人質の俺としては、突き付けられている丸鋸には特に危険もないようだし、彼女たちに攫われていったところで猫耳ハーレムが待っているだけ、正直なところあまり危機感なんてありはしない。
それでも……鋼鉄の身体を捨ててまでこの膠着状態を作ってくれたアルノーに恩義は感じているし、リリス嬢のバツをこれ以上増やす訳にもいかない。
──だからと言って、このまま黙ってて猫耳ちゃんが死ぬのもなぁ。
俺はろくに過去のことを覚えていない、あまり主義主張のない一人の男でしかないし、人道主義を唱える訳でもなければ男女同権も勝手にやってくれという適当な人間だった筈である。
だけど、流石にこうして体温を感じるほど近距離にいて、しかも言葉まで交わした相手が爆殺や銃殺されるのを黙って見ていられるほど愚鈍ではない。
「……なぁ、もう辞めないか?」
だから、だろう。
気付けば俺は人質という立場も忘れ、テロリストの少女に向けてそう口を開いていたのだった。
2022/06/09 20:31確認時
日間空想科学〔SF〕ジャンル2位。
週間空想科学〔SF〕ジャンル5位。
月間空想科学〔SF〕ジャンル15位。
四半期空想科学〔SF〕ジャンル29位。
年間空想科学〔SF〕ジャンル8位。
総合評価 7,492 pt
評価者数 479 人
ブックマーク登録 1,645 件
評価ポイント平均
4.4
評価ポイント合計
4,202 pt