~ 警護官その2 ~
「子宮の全摘出手術」という単語を聞いた俺は、未来の正妻となる彼女が『笑えない類の新しいジョーク』を口にしたのだと期待半分で彼女の顔を眺めていたように思う。
続けて、「小脳虫部の一部を除去する」という、前頭葉の一部を切除する非人道的で有名だったロボトミー手術みたいな、あり得ない単語を聞かされてからは更に、だ。
だけど、その淡い期待は、俺の婚約者が真顔のままで……いや、それが「当然」という表情を崩さないまま、そう告げていたことに気付いた瞬間に砕け散っていた。
「それが、許される、のか?
だって、女性の、子宮摘出なんて……」
「当然、でしょう?
だって、彼女たちは男性の盾となる仕事をしているのですもの。
劣情に任せて男性を襲うなんて真似を仕出かし、男性が女性に精を提供できなくなれば本末転倒ではありませんか」
俺が呆然と口にした呟きに、リリス嬢は毅然とした態度でそう言葉を返す。
現実問題として、この時代では俺の価値観の方が間違っているのだろう。
俺がその事実をすんなり受け入れられたのは、彼女の言葉を聞いた瞬間、瞬時にBQCOが過去に『警護官が仕出かしてしまった事件』を数件、ピックアップしてくれた所為だった。
──ミェト事件。
今から150年ほど昔、凄まじく革新的……いや、この場合は旧時代的というべきか、男女同権という理念の持ち主であり、その信念に基づいたのか男女の分け隔てなく接していたミェトという男性がいた。
彼の恋人はその社交性に比例するように16人となり、彼は警護官にも優しく接していたと言われている。
未だ、警護官の性衝動を封じるという風習がない時代、彼は174名の警護官全員から尋常じゃないほどの愛情を注がれていた、らしい。
そうして親しくされながらも触れることすら許されなかった警護官は、その触れ得そうで触れられない極限状態の劣情故に暴走を起こす。
……彼女たちは、愛しの彼を奪おうと身に付けた武力を用いたのだ。
結果、争いの中心となったミェトという名の男性は八つの肉片に別たれ、残った警護官同士で彼の残骸を独り占めするべく殺し合った結果、ただ一人生き延びた警護官は血だまりと肉片の中で正気を失い、彼の身体を元に戻そうと順番通りに並べるべく血と肉片をかき集めていたとのことである。
ちなみに外部から軍が派遣された際、彼女はその場で射殺され……その名前すら記録から抹消されたという、この一件は前世紀における最大の忌まわしい事件と言われている。
──モームン事件。
これは50年ほど昔の事件であり、傾向としては似たようなモノである。
ただし、モームンという男性は病弱であり、周囲には屈強な女性警護官を置いていて……それがこの悲劇を生むこととなった。
たまたま彼が無防備にも半裸の状態で警護官たちの前に出てしまったのだ。
たったの一見で彼女たちの忠誠心は崩壊し、警護官たちはその有り余る体力と劣情に身を任せた結果……モームンという男性は性の限りを喰らい尽くされた結果、腹上死という最悪の結果を迎える。
三日後、彼の姿は骨と皮だけの、まるでミイラのようになっていた、らしい。
この一件を重く見た政府により、女性の警護官からは性欲が電子的・薬学的・物理的のいずれかの手段でカットされるようになった歴史的契機となった事件とも言える。
──ひでぇ、世の中だ。
「石川や 浜の真砂は 尽くるとも 世に盗人の 種は尽くまじ」とのどこぞの大泥棒の辞世の句ではないが、技術が幾ら発達しても人が人である以上、犯罪の種は消えないらしい。
むしろ、異性への餓えが加速化した所為か、酷く過激な事件になったようにも思える。
「ああ、勿論、彼女たちにもメリットはありますよ。
警護官というのは男性の目に最も留まりやすい、男性の側に居続けられる職業ですからね。
正妻教育を受けられない女性の中では最も競争率の高い仕事となっております」
「……はぁ」
幾ら野郎の目に留まろうが、子宮がなければ何の意味もないだろうに……と俺は内心で呟きを零す。
もしかしたら給料が桁違いに良いのかもしれないが、それはそれで金だけ貰ったところで使い道がない老後になるだけでは……
そうして俺が子宮を摘出されたという警護官たちの人生設計について考え始めたことを悟ったのだろう。
「勿論、警護官としての任期……3年から5年が経過した後には、人工多能性幹細胞から再生移植を行います。
男性も警護官として活躍していた女性へは親しみがあるのか、精子の提供を優先的に行う傾向がありますし。
勿論、恋人となる可能性も、他の職業と比べると桁違いに多いと評判なのです」
我が未来の正妻は、事も無げに俺の疑問へと回答を叩き付けた。
──あ、あ~、なるほど。
この時代は俺の暮らしていた時代より600年も未来であり……その技術によって体細胞の半分を失っていた俺もこうして健康体にほぼ近い形へと復活を遂げている。
そう考えると子宮の一つや二つ、仕事をする前に摘出していたとしても、仕事を終えた後なら再生することも可能、という訳だ。
──そりゃ、成り手が多いわなぁ。
俺の身で分かりやすく表現すると、要するに貞操帯をはめたままアイドルの身の回りの世話をするようなものだ。
想像とは言え、そして幾ら再生可能であるとは言え、我が息子を切り離す宦官的な想像はしたくなかったのでそういう表現になったのだが……まぁ、大きく間違ってはいないだろう。
その上、給料も高いのだから、言うことはない。
……BQCOが検索した結果で言うと、男の財布を自由に動かせる正妻や、男の気分次第で都市運営費の一部を下賜される恋人は兎も角、一流の芸術家や木星との間で戦い続けている兵士……下士官レベルの給料が、男性直属の警護官には保証されているのだ。
たまにテロやら何やらで命を落としたり重傷となる場合はあるようだが……
──俺よりは遥かにマシだな。
災害現場でいつ崩壊するか分からない、岩が降って来るかも知れない、落ちれば即死の崖の上へと這い上がる……そうして測量をし続けた俺よりは給料が出て異性とお近づきになれる分、まだマシのような気がする。
──ろくな仕事じゃなかったようだな。
未だに今一つ湧き上がったり泡沫と消えたりとはっきりしない我が記憶ではあるが、北極の海に沈む前の俺はあまり恵まれた環境にはいなかったらしい。
少なくとも仕事のことを思い出そうとすると、魂そのものがその記憶を拒否しているかのように頭が痛くなるのだから、よほどのことだろう。
「んで、俺はこのリストの中から適当に選んだら良いって訳だ」
そう適当に呟きながら、過去の労働の記憶を脳みその奥深くへと沈め終えた俺はBQCOの検索結果を空間モニタに開いて適当に流し見程度に眺めていく。
年齢も15歳から38歳とバリエーション豊かで……この最高齢である38歳女性については、野郎を見繕うために警護官になった訳ではなく、ただ本職として仕事に自尊心を持ち、その上で警護官を続けているんだろうと思われる。
──訂正。
訓練期間12ヵ月、実務未体験という時点で、完全に妊娠適齢期過ぎた女性の方が必死に野郎を漁りに来たとしか思えない。
顔は……まぁ、俺の体感時間で少し前までやっていた時代劇の、入浴担当くノ一って感じの美人である。
というかこのリスト、ほぼ美少女と美女しか揃っていない。
──性選択、か。
こちらの理由は分かりやすい。
男性の数が極小化してしまったことで、男性の好みに合う容姿をした女性が子孫を残せる可能性が高くなり……そういう美女ばかりが繁殖を繰り返した結果、美女ばかりの時代が来た、という訳だ。
分かりやすく言うと孔雀の羽根が豪華になったアレである。
正式名称だと配偶者選択……異性として好ましい姿が子孫を残せる機会が多いため、そういう個体の方向へと進化が進む理論だったか。
世知辛い話ではあるが、まぁ、俺が暮らしていた時代もイケメンと呼ばれる線の細い連中に女どもが群がって俺のところには来てくれなかった記憶があるし。
そもそも男女の骨格……筋量やら身長やらが違うのも、男性側が力の強さを求められそれ以外が淘汰された結果であり、それを考えると何故俺の暮らしていた時代だけが線が細い雑魚みたいな連中がモテたのか小一時間議論したいところではあるが……
──まぁ、女性の好みが変わってなくて良かった、な。
なにせ時代の変遷と共に美女感が変わったので有名な話と言えば、平安時代……1,000年ほど昔は一重まぶたで細目、丸々とした女性が好まれたという。
俺が目を覚ましたこの時代で、女性の好みがそちら側へと移行されなかったのが……もしくは極端な細身が好まれて某グレイのような宇宙人体型が好まれてなかったことは、最大の幸運と言わざるを得ない。
「未来の恋人と言われれば選ぶのも大変でしょう。
まだしばらくは時間がありますので、ゆっくり選んでいただければ……」
要らぬことを脳内で考えていたのを、警護官選びに意識を奪われていると判断したのか……それとも、このリストに視線が向かうことで自分が蔑ろにされていることを嫌ったのか。
未来の正妻が無意識ながらも僅かに唇を尖らしながらそう呟いたことに気付いた俺は、軽く肩を竦めると……未来の家族に向かい合い、今後の都市計画について語り合うことにしたのだった。
2021/09/22 21:11現在
日間空想科学〔SF〕ジャンル1位。
週間空想科学〔SF〕ジャンル1位。
月間空想科学〔SF〕ジャンル1位。
四半期空想科学〔SF〕ジャンル6位。
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