~ 警護官 ~
「都市作成は順調です。
現在、基礎であるチタン合金製のフレームと人工有機ケーブル、発泡アクアマテリアルの構築が10%に達しましたので、仮設核融合炉の建造に入りました。
下水処理施設・水浄化施設が完成した段階で地上部の作成に取り掛かります」
婚約者であるリリス嬢が都市計画を作り上げてから2週間ほどが経過しただろうか。
今日も今日とて金髪蒼眼の少女は俺の元へと足しげく通い……凡そ3日に一度のペースで俺にこうして進捗を伝えてくれる。
それは有難い……現状の俺にとって有難いのは間違いないのだが。
──都市建造なんて、たった3日で変わるものじゃないだろうに。
正直なところ、俺は婚約者の話を適当に聞き流しながらも、内心でそう考えていた……が、流石にそれを口にするほどの人でなしには成れそうにない。
大体、俺自身は暇で暇で仕方なく……病院では筋トレ以外にやることがないのが現状なので、来客そのものは大歓迎とも言える。
事実、今までの来客と言えば、この病室のシーツを取り替えに来るロボットと、部屋洗浄のためのロボットと……あとは二度ほど顔を見にケニー議員が来た程度である。
──BQCOは、なぁ。
──何と言うか、情報量過多で気持ち悪いんだよな。
俺が暮らしていた時代でもインターネットというツールは存在したが、恐らく老人連中はインターネットに触れたとしても今の俺と同じように「情報量が多すぎて何を見て良いかすら分からない」という状況に陥っていたんじゃないだろうか?
そうしてろくに思い出せもしない昔に思いを馳せて逃避してしまうほど、俺にとってBQCOという最新の検索システムは気持ち悪く使い慣れない代物だったのだ。
何が一番気持ち悪いって、記事を読んでいる最中に雑念が浮かび上がるだけで検索がぶっ飛んで行って変な記事を開いてしまうこと、だろう。
主にそれで目にするのはエロい記事であり、そちらに目を向けたところで、うちの息子は未だ反応すらせず、悲しい気持ちになるだけだったのも、俺が遠い昔に思いを馳せる理由の一つだったりする。
──それはそれとして。
──そろそろ普通に会いに来てくれても良いんだけどな。
俺の隣で延々と都市計画について語る未来の正妻の話を聞き流しつつもその美少女と言っても過言ではない横顔を眺めながら、俺は内心でそう呟く。
婚約者ってのを作った記憶がないため、どのくらいのペースで顔を合わせれば良いのか今一つ確信が持てないものの、友人として考えるなら、もう用事がなくても遊びに来てくれても構わない程度には仲良くなったつもりなのだが……。
ちなみに入院中の身では勝手に外出も許されていないため、彼女のところへ俺の方から押しかけていくことは出来なかった。
ついでに言うと、この病院はどういう人員配置をしているのか美人看護婦……看護師になったんだったか、その手の類の人間すらおらず、病院に監禁されているも同然の俺は心の底から暇で暇で仕方なかったのだ。
「そういう訳で、そろそろ退院と引っ越しの準備を進めたいと思います。
もう3日ほどで自宅の外側は完成する予定ですので」
「……3日」
気付けば婚約者の少女がそんな話を振って来ていて、話を半ば聞き流していた俺は一瞬だけ戸惑うものの……その話の流れよりも市役所と同規模の広大な自宅の外側がたったの3日で完成するという、この600年後という未来の、ふざけてるか魔法を使っているとしか思えない、異様な建造速度の方に意識が向いてしまう。
尤も、そう疑問を覚えた直後にBQCOが検索をかけ、その不思議さも消えていたが。
──液体金属による全自動の骨組み形成。
──自在力場による型枠形成と硬化樹脂による建造物構築。
──要するに、3Dプリンタだ、これ。
俺が知っている時代でも、拳銃程度なら家庭用の3Dプリンタで造れると耳にした覚えがあった……現物は見たことなかったような気がするが。
この600年後の未来で行われているはその大規模版だ。
液状金属に電流を流して硬化させることで骨格とし、その外側に力場によって自在に型枠を汲み上げた上で、硬化樹脂を用いた外側を作成。
後は抗重力装置とファンデルワールス力を用いて壁に張りつけるロボットで外面の塗装を終えれば完了……という凄まじい省力工事が行われているという知識を、一気に脳内に流し込まれてしまった俺は頭痛に少し眉を顰める。
これこそ俺がBQCOに馴染まない理由なのだが……まぁ、今はその便利さに感謝するべきなのだろう。
俺はすぐさま首を振って頭痛を吹き飛ばすと、未来の正妻との話を進めるべく口を開く。
「引っ越し、か。
俺は何をすれば良い?」
「男子登録のデータ修正や退院の各種手続きにつきましては正妻権限を用いて私の方で進めておきます。
あ、あ、あなたは、その、警護官を雇う手続きを進めて下さい」
相変わらず仕事はテキパキとこなす癖に、「あなた」という単語一つ流暢に話せないリリス嬢を微笑ましく思いながらも、俺は彼女から振られた話題を聞いて思わず溜息を一つ零していた。
──警護官。
要するにボディーガードである。
個人的にボディガードと言うとあの映画そのものや、某筋骨隆々の未来からのサイボーグというイメージがあるが、この時代では女性が警護官となっている。
何しろ肝心の野郎そのものが10万人に1人という有様なのだから……弾除けとして女が数万人死のうが野郎1人が助かれば良いという発想になるのは仕方ないことなのだろう。
とは言え、この時代で生まれ育ってない俺としては、女性に護られるという立場が今一つ腑に落ちないのだが。
「基本的に連邦政府で登録されている警護官を選べば間違いありません。
彼女たちは勤務前に伝染病の簡易検査も行いますし、電子的・薬学的・物理的のいずれかで性衝動をカットしており警護対象に性衝動に起こさない処理がされておりますので、安心できます」
にこりと笑ってそう告げるリリス嬢のその笑顔は、歳の離れたおっさんの俺でも頬が緩むほどには可愛らしかったが……言っていることは凄惨極まりない話だった。
──物理的に性衝動のカットって。
──犬猫じゃあるまいし。
だが、要するにそういうことなのだろう。
10万人に一人を護るためならば、10人程度の生殖機能を失わせる程度、ただの誤差に過ぎない……という訳だ。
しかしながら、薬学的ってのは何となく分からなくはないのだが……電子的って一体何をやらかすんだろう?
「選ぶ際には、BQCOを用いて検索すればすぐさま出て来ると思います。
基本、男性に就く警護官は3交代体勢で10名ほどとなりますが、今は5人程度を探せば良いと思います」
そんな俺の内心の葛藤に気付くことなく、俺の未来の妻は淡々と基本的な情報を述べ続ける。
彼女が伝えてきた情報を受け、俺の無意識が『思念型どこでもグーグル先生』とでも言うべきBQCOで検索した瞬間、政府登録してある警護官の情報を搭載したページが眼前の空間モニタに展開される。
──おぅふ。
その登録数は、正妻を選ぶときの比じゃないレベルの数で溢れていた。
それはそうだろう。
何しろ正妻とは都市運営を司るエリート中のエリート。
俺の感覚では東大のどこか超高難度学部へと一発入学してハーバード大学へ留学するような……要するに現実味のない世界レベルのエリートが揃う面子だったのだ。
警護官はそういうエリートではなく、野郎のために命を張れる覚悟を持ちさえすれば……注意書きに書いていたが、警護官過程の教育を受けさえすれば成績は関係なく登録だけは可能ということらしく……そうして誰も彼もが男性を求めて登録した結果としてこの凄まじい登録件数が実現した訳だ。
勿論、登録情報にその個々人の戦闘能力やら年齢やら身長体重やらが載っているのだが、まぁ、情報量が多すぎて相変わらず訳が分かりやしない。
「ちなみに私にも……未来の正妻にも警護官が三名就くのです。
こちらはケニー議員に紹介していただいた方々で……あ、こちらになります」
そうして俺が選ぶのに困っていることに気付いたのだろう。
リリス嬢がそう告げると、自らで空間モニタを展開し、指先を使ってその空間モニタを俺の前へと向けてくる。
──うげぇ。
そうして彼女が見せてくれた警護官の画像データを目にした俺は、正直に言ってただただドン引きしていた。
画像に映っていた三人は三人共が鋼鉄っぽい四肢を取り付け、身体は頑丈そうな全身鎧を身に纏い、腰にはライフルや拳銃、仮想力場ナイフなど人間に用いればあっさりと肉片へと変貌させるのに必要にして十分な兵器を身に付けていたのだ。
何よりも、『四肢を取り付けて』いる……要するに戦闘力を高めるため、本来の四肢を切り落して金属製の義手義足を装備しているのである。
──そんなシューティングゲームあったよなぁ。
あまりにも俺の常識では非人道的な彼女たちの姿に、俺は思わずそう現実逃避的な感想を抱くことしか出来なかった。
……いや、それだけじゃない。
「……物理的、性衝動カット済み」
画像データ内で、下腹部……恐らく子宮当たりからポップアップのように注意書きが出ているのを、思わず俺は口にして告げてしまう。
「ええ。
警護官として護衛対象の男性を襲わないよう、子宮の全摘出手術を行っております。
また、性的欲求を全て失わせるため、小脳虫部の一部を除去することで性的興奮の前段階を抑制するようにしております」
俺のその呟きを聞きつけた婚約者の口から語られた内容は……女性の人権とかそういう類のモノを完全に放り投げた、俺の想像も及ばない非情な未来の現実だったのだ。
2021/09/21 20:49現在
日間空想科学〔SF〕ジャンル1位。
週間空想科学〔SF〕ジャンル1位。
月間空想科学〔SF〕ジャンル1位。
四半期空想科学〔SF〕ジャンル6位。
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