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~ 終章 ~


「これで、もう、終わり、かな?」


「……そう、ですね。

 あと10分くらい、でしょうか」


 静かにそう告げた俺の言葉に、最愛にしてこの126年間を付き合わせてしまった正妻(ウィーフェ)であるリリスがそう頷く。

 現在、世界最大の都市『クリオネ』は凄まじい数のテロリストから攻撃を受けていて、もう陥落寸前という状況だった。


「まぁ、10分もあれば、上等かな?」


 俺は静かにそう呟く。

 何しろ、もう生への未練なんて何もない。

 子供は数億人を超えており、孫に至ってはその十数倍。

 ほぼ全人類は俺の遺伝子を受け継いでいると言っても過言ではなく……だからこそ、もう何もかもやり切った感がある。

 それでいて、まだ俺の身体も、リリスの身体も老いる気配すら見せないのだから……テロメア延長手術とやらが如何に無茶苦茶な技術かを我が身をもって知ることになるとは思わなかった。


「私としては、もう少しあなたと一緒にいたかったのですが」


 126年間も同じ『自宅』に住み続けたというのに、この正妻(ウィーフェ)はまだそんな未練を抱いているようだったが……まぁ、所詮はただの未練だ。


「……因果応報、だな」


 今、住み慣れた我が都市が都市防衛機能を喪失するほど大規模なテロリストの攻撃を受けているのは、俺の遺伝子手術痕に原因がある。

 要するに3世後の、子孫を持てない我が孫たちが一斉に怒りをぶつけてきているのだ。

 だからこそ俺は彼ら彼女らを批判するようなことは出来ず、ただこうして最期を待つのみとなってしまっているのだが。


 ──だからと言って、他に手はなかった。


 125年ほど昔……男女比が1:110,721と膨れ上がっていたあの時代。

 連邦政府を敵に回した俺たちは、我が正妻(ウィーフェ)の起死回生の策により、世界中を戦乱の渦に巻き込んで、何とか生き残った。

 そんなテロリストたちを鎮めるためには、都市という人を区切っていた仕切りを撤廃し、全世界に俺の遺伝子を放出しなければならなかったのだ。

 何しろ、俺たちがそう決断した時の人口は、3億人程度……要するに、地球圏人口の御凡そ7割が死亡していたのだから、もう本当に文明の存続そのものが限界寸前だったのだ。

 幸いにして、そこから人口は急速に回復……何しろ俺の子供も俺よりは若干劣るものの、俺と似たような精力と、何よりも「男女比を保持できる優秀なY遺伝子」を有していたから、回復は当然とも言えた。


「あなたのお陰で、全人類は救われたというのに」


 我が正妻(ウィーフェ)のリリスがそう唇を尖らせるのは、彼ら彼女ら……こちらに迫りくるテロリストたちがその時代のことをデータでしか知らないから、だろう。

 現在の男女比は凡そ1:2.7……未だに女性の方が多いのは、都市外の住民の間で「女性同士での繁殖行為がある一定数形になっているから」であり……遺伝子手術痕があるとは言え、我がY遺伝子はしっかりとほぼ1:1を確保し続けてくれている。


「果たして救ったと言って良いモノか。

 ……結果が、コレだからなぁ」


 尤も、その所為で3世代後の現在では、俺の遺伝子がほぼ全人類に行き渡ってしまい……結果として、全人類がほとんど新たな子供を産めないという、危機的事態となっている訳だが。

 このような社会情勢になってもなお、この地球圏に俺のY遺伝子を持たない男性が営む都市があることは、人類にとっての福音以外の何物でもないだろう。

 ……男性自体は僅かに数人でしかないものの、それでも人類という種は何とか存続することが可能なのだから。

 あの混乱を乗り切ったすぐ後に、後々の人類のことを考え彼らの都市が残るよう裏から手を回したのは、本当に我が正妻(ウィーフェ)の慧眼だったと思われる。


「今、大雑把に再計算してみましたが……やはりこのままでは地球圏の人口は凡そ0.001%にまで減少してしまいます、ね」


 とは言え、そうして保護した都市の男性は所詮、精力が過小であり女の子しか出来ない……出来たとしても数万人に一人しか男の子が生まれず、このままでは126年前の悪夢が再現する未来しか訪れない。

 それならば、俺の損傷したY染色体を用いての、10万人に1人くらいは生まれて来る、真っ当な子供を期待した方がマシだと思うのだが……そうした未来予想図が今リリスが語った人類の激減である。

 俺とリリスの二人が120年超を使って成し遂げた「人類救済計画」は、結局のところただの時間稼ぎに過ぎなかった訳であり……そうして生まれて来た子供たちが子供を持てない未来を悲観し、俺たちに牙を剥くのも、まぁ、仕方がないことだろう。


「ははっ。

 この様子じゃ、後世で、また魔王呼ばわりされるだろうな」


 人類が死滅しないようにした陰ながらの功労者である、我が優秀なる正妻(ウィーフェ)の提出してきた仮定に、俺はそう笑うしかない。

 126年前の大混乱での俺の二つ名とされていた「魔王」は、最近再燃したらしく……現在、我らが都市に襲い掛かっているテロリストとなった我が子、我が孫たちが世間では『勇者隊』なんて呼ばれている辺り、世間様のネーミングセンスは何ともシュールなものである。

 

 ──考えてみれば、腹を抱えて笑ったのはあの時が最後だったか。


 俺は、我がことながらその事実に溜息を一つ吐き出すと……もう少し上質な笑いはないものかと周囲を見渡す。

 そうして目に入ってきたのは、海上都市『クリオネ』で暮らしていた126年間、最初から最後までこの一軒家くらいの、代り映えのない自室でしかなかったが。


 ──結局、同級生で生き残ったのは、アレム先生と、睾丸(コロダニ)の2人だけ、だったか。


 あの時代の……大混乱の直前からは通わなくなってしまった学校ではあるが、それでも混乱期が収束した頃に生きていた同級生は、たったの1人。

 陰茎(カッツォ)男根(リンガ)婚外性行為(ズィナー)強姦魔(レイパー)陰茎(コンチィ)……当時のデータをB(脳内)Q(量子)C(通信)O(器官)を使って拾って、ようやく思い出せるほどの、記憶にすら残っていない級友たち。

 彼らはある意味、俺という災厄に呑まれて死んでいったと言っても過言ではない。

 そう考えると……災厄の魔王と呼ばれている俺の最期はもっとこう、魔王らしく派手に散るべきではないだろうか?


「もっと派手に飾り立てるべきかな?

 やはり真っ黒なマントを身にまとい、「よく来たな、勇者たちよ」って高笑いして出迎えるべきとは思わないか?」


「……おやめください。

 以前の相談で、テロリストたちを防ぎ切れないと判断した時、苦しまないよう自爆して果てることに賛成して頂いたでしょう?」


 半ば自虐の入った、それでも俺の精一杯のジョークを、正妻(ウィーフェ)であるリリスは無下にもそう却下する。

 彼女とは126年間を共にした訳だが、非常に残念なことに、どう頑張ってもジョークのセンスだけは相いれなかった。

 ま、不満があるとすればそれくらいで……それ以外は俺の我儘を延々と叶え続けてくれた、某ネコ型ロボットよりも遥かに優秀な存在だった訳だが。


「こうなってしまえば、とっくに寿命を終えた方が良かったかな?

 あの三人娘や、ユーミカさんみたいに」


 そうして過去を思い出した所為、だろう。

 ふと俺の脳裏に、あの大混乱を共に生きた女性たちの姿が過っていた。


「……いえ、長生きした分、あなたと一緒に居られましたので、私としては何も問題はありませんでした」


 一瞬だけ我が優秀なる正妻(ウィーフェ)の口調が苦々しいものになったのは恐らく、引退するまで30年もの間、海上都市『クリオネ』の上下水を担ってくれた女性の姿ではなく、酒の勢いでついうっかり恋人(ラーヴェ)にしてしまったトリー・ヒヨ・タマの存在を思い出したから、だろう。

 恋人(ラーヴェ)としてやりたい放題やらかした彼女たちは、正妻(ウィーフェ)であるリリスと何度も何度も衝突を繰り返し……あの時走った胃の激痛も、今となっては良い思い出か。

 他にも、『お茶会』のメンバーたちはあの後、何故か(・・・)戦闘には加わらず、海上都市『クリオネ』への移住を希望して来て……全身機械化された警護官として働き、引退後にそれぞれ子供を儲けていた。

 生憎と正体をばらしてしまった所為で、あの日以降、全力でゲームを楽しめなくなってしまったのは、誤算と言えば誤算だったのだが……それでも、まぁ、たまに子連れの画像データが送られてきたり、それなりの交流はあったのでそう悪くない付き合いだったと思う。

 そんな彼女たちの孫も、このテロリストに参加している辺り、若干遣る瀬無いものがある訳だが。


「そろそろ、限界です。

 もう、警護官はアルノー一人しか残っておりませんので……」


「非殺傷を指示したのは、流石に少しやり過ぎたか。

 しかし、彼女もよく126年間もこんな俺に付き合ってくれた」


 アルノーが未だに現役なのは、単純に脳一つという身だから、である。

 彼女は「人間の老化は内臓から迫りくる」という学説と「脳に通う血液の品質を最高級に維持した場合、脳の健康寿命は肉体よりも長い」という学説……その二つが正しいことをその身をもって証明してくれていた。

 ちなみに、生身にすら戻らず子供を産んでもいない彼女の忠誠が未だに続いているのは、仮想現実での逢瀬が未だ月に一度ペースで続いているからに他ならない。

 けど、それもここまでであり……今、彼女のシグナルが停止した。


「じゃあ、終わるとするか、リリス。

 人類の今後については、これから来る勇者たちに任せよう」


「……ええ、あなた。

 それくらいはやってくれるでしょう。

 ……遺伝子手術痕を回復させる新技術、残念ながら完成には至りませんでしたから」


 ……そう。

 結局のところ、俺たち二人は126年間の間、目前に迫りつつある人類絶滅の理由を根絶させるため、それなりに頑張ってはきたのだ。

 残念ながら、我が最愛の正妻(ウィーフェ)が告げた言葉通り、たったの126年間では何ともならなかったのだが。


「……勇者なら、それくらいは成し遂げて欲しいものだ。

 っと、そろそろ時間のようだ。

 じゃあ、リリス……終わりとするか」


「そうですね。

 後は彼らに託すことにしましょう。

 願わくば、私たちの126年間が無駄にならないと嬉しいのですけれど」


 そうして終わりの時を迎えた俺は、隣に佇む正妻(ウィーフェ)に向け、最後に一つだけ残った未練と、ここまで付き合ってくれた感謝を込めてそう告げる。

 俺の常識的にも、この時代の常識的から考えても、非常に長く連れ添ってくれた彼女も、俺の声にそう答え、笑顔で頷き返してくれた。


 ──126年か。

 ──思ったより、長かったな。


 奇しくもあの時……ケニー議員に向けて「地獄の底までも共に歩む」と最後に宣言した……まさにその通りになってしまった事実に、少しだけ失笑を零していた。

 尤も、彼女が残した最後の予言「そう(・・)長い間(・・・)ではない(・・・・)」だけは見事に外れ……俺たちの最後はこうして彼女の予想に反して126年間も後になってしまったのであるが。


「この、126年間……悪くはなかった、な。

 お前が正妻(ウィーフェ)で、本当に良かったと思う。

 ……愛している、リリス」


「……最期にっ、そんなっ、いきなりっ。

 い、いえっ、私も、愛して、おります、あなた」


 最後に少しだけ笑うことで覚悟が決まった俺は、ここ十年ほどは触れていなかった彼女の手を握りしめると、今際の際まで口に出来なかった告白を口にし……彼女も顔を真っ赤にして涙を浮かべながら、俺の手を強く握り返す。


 そして、正妻(ウィーフェ)であるリリスが眼前の仮想モニタを操作して自決システムを発動させ、この自室は瞬時に致死性のガスに包まれ。

 俺と彼女とは重なり合ったまま……126年間の長い夫婦生活を終えることとなったのだった。



 後に彼は、地球人口の99.9%を減らすこととなった事件の元凶とされ、「現代の魔王」という二つ名と共に後世に残されることとなったのである。



これにて、この物語は終わりです。

後は、あとがきとなります。


2025/08/27 06:54確認時

総合評価:15,222 pt

評価ポイント合計:8,952 pt

評価者数:1,010 人

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― 新着の感想 ―
完結お疲れ様でした 主人公としては存分に生き抜いたと人生を締めくくれるが破滅の先延ばしまでしか出来なかったか、残り0.1%の人類は果たしてどうなってしまうかな でも、後世に語り継がれてるんだよね!な…
名作ですね。 ありがとうございます
サクッと二人にとっては大円団。 記憶に残る名作でした。 ありがとうございました。
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