~ 策は成れり ~
そして最終宣告で告げられた期限日。
俺が確信した通り、我らが海上都市『クリオネ』に対し、討伐軍は迫っていなかった。
いや、3日が経過した時点で討伐軍は既に影も形も存在していなかったのだから、迫りくること自体があり得ないと知ってはいたが。
「……やって、くれましたね、リリス」
そうして「連邦軍に圧し潰されるんじゃないか?」という不安を何処かに抱えながら5日間を過ごした俺の前にあるのは、仮想モニタに映るケニー議員の姿である。
彼女は酷く憔悴しており、5日前の余裕は全く感じられない有様だった。
その理由は簡単で……現在進行形で、彼女の治める海中都市『スペーメ』は崩壊中だから、である。
「貴女に教わったことです。
世界中の全てより、愛する殿方のために生きることこそ、正妻の本懐である、と」
対するリリスは平然とケニー議員の憤怒に歪んだ眼光を受け止めたまま、静かな声でそう言葉を返していた。
これも理由は単純で……我らが海上都市『クリオネ』はこの5日間、テロリストからの攻撃を一切受けていないから、である。
──本当に、リリスの狙い通りになったんだよな。
彼女が意図した通り、連邦政府の軍属の女性たちはその殆どが一斉に離脱してテロリストへと変貌を遂げ……自分たちに無体な命令を下したこの未来社会の支配者たちへとその牙を剥いた。
具体的に言えば、87人からなる連邦議員が治める都市に対して攻撃を下したのだ。
その発端となったのは、我が優秀なる正妻が意図的に漏洩させた、連邦政府からの宣告と、俺の精子作成能力……精液重量0.7ml、推定総精子数2億が1日に3発は射精可能という正真正銘事実に基づくデータである。
そして、その精子量のデータを根拠づける、何よりも雄弁な証拠となり得る、市長である俺の精力の証明だ。
──ただし……その代償は大きかった……
先日、『お茶会』で耳にし、その後、彼女の自室にてほぼ全裸と変わらない特殊セーラー服を着せ、下着の着用を禁止したままの正妻を、ローアングルで眺めながら聞き出した話を統合すると……
俺が推測したとおり、あの初夜動画データは撒き餌であり、檄文でもあったのだ。
そして同時に、リリスが昔発表した人類救済計画……俺の精子があれば地球圏全女性を繁殖させ得るという論文も自然と……いや、もしかすると半ば意図的に流出させられ、連邦軍所属の女性たちと、都市外に住む女性たちに爆発的に広がった。
結果、地球圏の妊娠可能年齢でありながら経済的理由により妊娠ができなかった女性たちは、全員が一気にテロリストへと変貌してしまったのである。
──その矛先が、86議員全ての都市に向いた。
そもそも連邦議員になれるような正妻は、大都市を治めており有能ながらも基本的に高齢であり……その夫である市長もまた高齢となっている。
要するに、大きな都市を治め大人数の女性を擁しながらも、市長の精子作成能力が加齢により衰え始めており……都市内には大多数の不満分子を溜め込んでいたのである。
以前、我らが都市に攻撃を仕掛けて来たテロリストの中に、『都市スペーメ愚連隊』なんてのがいたのは、その証明とも言えるのだが。
また、それらの大都市では連邦軍の施設も多く……それらの施設には軍に入って貢献度を高め、優先的に精子獲得権を入手しようと目論んでいた……要するに、子供を未だに持てていない女性が多く。
そんな背景があった以上、86議員が治める全ての都市において、女性たちの一斉蜂起が起こってしまったのは、半ば必然とも言えた。
──もしかしたら……
我が正妻のリリス自身が、以前からこうなることを……地球圏の全てを崩壊させ得る一手を考え続けていたからこそ、この策が成立したのかもしれない。
この男性が極小化しており、女性の地位が男性に付属する社会の中で、婚約破棄を受け社会的地位を全て失墜してしまった彼女が「その手段」を考えない筈がないから、だ。
この未来社会に保護され、サトミさんを失った俺が世界の破滅を願ったように……彼女も社会への憎悪の中で延々とソレを考えていたからこそ、あの宣告を受けた瞬間に、こうして世界を崩壊させ得る一手を打ててしまったのだろうと推測できる。
尤も、コレは何の裏付けも証拠もない、ただの俺の想像でしかない話ではあるが。
「……そういう意味では、見事な策と、言わざるを得ない、でしょう。
確かに、貴女の策は成り、一人の男性を護り切り、ました。
一人の男性のために、人類全ての未来を摘み取った点を考慮しなければ、ですが」
ケニー議員がそう告げるのも無理はない。
86連邦議員を務めていた正妻が護るべき都市は、たったの5日間でほぼ全てが灰燼と帰しており……酷いところでは、衛星軌道上の都市が地球上に落下し、二つの都市を巻き添えに住民諸共全滅という憂き目にあっているのである。
──まさか、生きていてコロニー落としが見られるとはなぁ。
正直に口にすれば、20世紀後半生まれ21世紀育ちの人間としては、リアルコロニー落としを目に出来たのは僥倖と言えよう。
尤もそれは、数多の……男性3名、そして数えきれない女性たちの犠牲を考慮に入れない場合、という注釈が付くのだが。
そして今……眼前でこちらを睨みつけているケニー議員にも、その凶刃は迫ろうとしていた。
「……そうしろ、と……何を犠牲にしても一人の男性のために全てを捧げ尽くすのが良い正妻の在り方だと、教えて下さったのは貴女ですよ、ケニーおばさん」
「ええ、そうでしたね、リリス。
貴女の取った行動で、その点は、賞賛に値します」
俺は知る由もなかったが……我が正妻であるリリスの口ぶりを聞く限り、彼女たち二人の間には、どうやら血縁があったようである。
尤も、ソレは男性の遺伝子による血縁ではなく、女性側の血縁をこそ彼女たちは口にしている、のだろう。
何しろ、同じ都市で生まれた場合、全ての子供が血縁者になってしまうのがこの未来社会の仕組みであるからこそ、そこにはあまり言及しない制度となっているようなのだ。
閑話休題。
俺がそんなことを考えている間にも、ケニー議員の住む海中都市『スペーメ』は現在崩壊の危機が迫りつつあった。
俺のBQCOで検索する限り、既に都市体積の8割がテロリストにより占拠され、仕方なく都市の一部を離脱させて注水させ、何とかテロリストの侵攻を食い止めているのが、彼女の現状なのだ。
如何な連邦議員であろうとも、怒り狂った暴徒を押し留める術など持ち合わせておらず……この通信は、言わば彼女の遺言でもあった。
だから、だろう。
「……尤も、こうなってしまったのは、私の失策でもあります。
相性度95%以上は相性が良過ぎて愛に狂う正妻が現れることを知っていながら、貴女をリストから外さなかったツケが来た、だけですから」
彼女が、突然そんなことを言い始めたのは。
残りあと2話。
2025/08/24 15:17確認時
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