~ 確信 ~
──しっかし、なぁ。
もう一度周囲を見渡した俺は……自分自身の全裸立像が立ち並んでいる狂気の光景を前にした俺は、内心でそんな溜息を零す。
実のところ、全裸を見られてしまっていること自体には、そこまでの羞恥を覚えてはいない。
いや、別に俺自身が男性器を女性相手に露呈することで性的興奮を覚えるとかそういう特殊な人種だという訳ではなく。
理由は酷く簡単であり……
──まだ、この身体が自分のモノって認識が薄いんだよなぁ。
という、未だに抜けきらないその感覚の所為だった。
現実問題として、貧弱で肌も透き通るように薄く、それに加えてナニまでが短小化、幼児化してしまっているこの身体を自分のものと思えるかどうかと問われても……一般的な男子なら当然のように無理だと思われ、実際、今現在進行形でそうなっている俺でさえも、かなり難しいのが現状である。
「けど、アレ見たら政府を敵に回しても構わないって思うくらい、当然だよな?」
「ええ、殿方があんな場所にまで口づけをするなんて……数十年前で廃れてしまった過去の遺物とも言える行為ですのに……憧れますわ」
だから、だろう。
俺の真っ最中の行為について、『お茶会』のメンバーにそう高らかに語られても、そこまで恥とは……いや、やっぱ全裸と違い、自分自身がやらかした行為については流石に羞恥と居心地の悪さを覚えてしまう。
「そもそも殿方が女性を脱がしたがること自体が驚きだよね」
「見て欲しいな、この下着を脱がす時の嬉しそうな顔を。
これが一番印象的だったので、無理を言って最前段に飾ってきたくらいなんだ」
訂正。
やはり自身の性行為を大勢で批評されてしまうのは、ちょっとばかりの羞恥と居心地の悪さを覚えるモノではなく……『生まれて以来、最悪の経験である』と断言しよう。
そう考えると、昔の貴族はよくもまぁ、初夜の際にきっちりことを致したと確認する立会人を受け入れたものである。
閑話休題。
俺がそうして記憶を辿り現実逃避をしている間にも、『お茶会』の面々が語り合う話題はまた別の方向へと迷走していた。
「ですが、このエレクチオンした男性器の雄々しいこと。
全女性が惹き付けられて目が離せないでしょう」
「ああ、本当だね。
歴史的に、殿方の極小化が進んでいる筈だけど……こんなものが入るなんて、何度見ても信じられないな」
まぁ、その辺りの平均的なサイズについて、調べようとも調べたいとも思わないのでBQCOは使わないようにするとして。
取り合えず、まぁ、どうやらこの未来社会では精子作成能力と比例するかのように、男性器のサイズは極小化してしまっている、らしい。
──用不用説、だったか。
生物が使う器官は発達増長し、使わない器官は縮小退化する傾向にある、という学説だったか。
この未来社会では、性行為に男性器を用いない……採取した精子を卵子とを科学技術で受精させて妊娠する手法が用いられているからこそ、使われなくなった男性器は著しく縮小退化してしまったのではないだろうか?
当然のことながら、これらはしっかりとしたレポートに基づく訳でもなく、ただ俺が頭の中で想像した仮説に過ぎない訳だが。
「しかし、その……黒い肌の殿方は、その、比較的大きいと窺ったことがありますけれども……」
「やっぱ、その辺りは人それぞれじゃねぇか?」
そうして話し合う彼女たちに一言だけ……いや、俺の裸像を目の当たりにしている女性たち全員に向けて一言だけ言わせて貰いたい。
──俺の本来のソレは、もっと大きかったんだよっ!
──こんな餓鬼みたいなサイズの砲身じゃなくて、だなぁっ!
現状の倍とまでは言わないものの、1.7倍くらいはあった筈だと、俺は声を大にしてそう叫びたい気分を必死に押し殺していた。
結局のところ、こうして価値観が大きく変動した600年後の未来社会でここ暫く生きていた筈の俺は、未だに20世紀後半の男性社会で語られていた、「男性器こそが男の価値そのものである」という変な価値観から逃れられていないのだろう。
とは言え、今ここでそれを叫ぶことは、純粋に「これは私です」と白状するようなモノであり……流石に自分の全裸立像が周囲に立ち並ぶこの状況で、名乗りを上げる度胸など残念ながら俺は持ち合わせていない。
だからこそ、何とか話を逸らす方向を持っていこうと口を開く。
「そう言えば、何か言ってたよな?
救出、作戦だっけか?」
俺がそう何気ない風を装って口を開いた、その瞬間だった。
さっきまで弾んだ声で口々に好き勝手語り合っていた『お茶会』の面々が、一気に俺の方へと振り向いたのだ。
機械化されている所為で彼女たちの表情は窺えないものの、生身であれば恐らく、彼女たちは真顔だったんじゃないだろうか?
そう容易に察せるほど、一斉に振り向いた彼女たちからはとてつもない迫力が感じられた。
「知らないのかい?
クリオネ様が連邦政府から脅迫を受けているって話」
「女性に優しく、しかもあれほどの精子を持つ男性を冷凍刑なんて、人類全体の損失ですわ。
その上、1日に3度も可能だなんて、もう人類の歴史上にしかいない偉人並でしてよ」
「遺伝子に云々って訳の分からない理由を言ったっけなぁ。
とんでもなく濃い精子してるってのは分かるけどよ。
っつーか、検証班が何度あら探ししても編集してないってんだから、もう超人の域だよな、あの市長」
「そんな未来のことなんかよりも、生きている自分たちの方が大事なのは当然だね?
私たちは今を生きているんだからさ。
しかし、一日三度も求められたら、身がもたないな……正妻リリス、最後の方、息も絶え絶えになってるじゃないか」
彼女たちが口々にそう語った瞬間……俺は「今回の戦いに勝利する」という確信を抱いていた。
だって、そうだろう?
この場にいる彼女たちは、全く人気のないクソゲーを延々とやっている、21世紀的に言うとオタク、ナードとかいう連中である。
当然のことながら彼女たちは世間の流れには疎く、流行には最後の最後に乗っかるしかない……この未来社会ではBQCOなんて便利なものがあるので多少21世紀とは感覚が違うかもしれないものの、そういう連中であることに違いはない。
そんな彼女たちが、たったの1日で俺の裸像を手に入れていて、俺たち海上都市『クリオネ』が連邦政府から受けた通達を知っているということは……
──ほぼ、世界中の女性が知っている、ということか……
エロスへの嗅覚は、全世界共通であり……その伝達速度は21世紀でも凄まじいモノがあった。
ましてやBQCOによって、言葉の壁すらも突破し全世界中に、しかもほぼ同時に情報が伝達するこの未来社会である。
その伝達速度は、もう光速並と言っても過言ではないだろう。
それを知っていたからこそ、俺のリリスは初夜の公開なんて暴挙に踏み切ったに違いない。
……言わば、撒き餌。
しかも、活きの良い魚であれば、本能的にノータイムで食いついてしまうほどの、魅力的な餌を、彼女は自爆覚悟でばら撒いたのだ。
この未来社会の女性像的に、男性にリードを奪われ体力の限界まで責められ、泣きながら許しを請う初体験を流出させるなんて、もう本当に正妻としてどころか女性としての尊厳にかかわるレベルだと言うのに、である。
……久々だった所為で、俺自身も少し気合が入り過ぎて、女性への配慮を欠いていたのは重々反省するべきではあるが。
「……死ぬなよ?
上手く生き残れたら、これを使ってくれ」
そんな彼女の覚悟を理解したから、だろう。
俺はすぐさま正妻の顔を見たくなり、この『お茶会』から席を立つ。
これから俺のために戦場に立とうとする彼女たちの、二度と会えなくなるかもしれない彼女たちの顔を、これ以上直視出来なかったのも、紛れのない事実ではあったが。
ただ、まぁ、せめてもの餞別とばかりに、市長名義で発行される海上都市『クリオネ』への移住優先コードをそれぞれに送り付けてやることにした。
「生きて帰ってくれれば、また一緒にゲームくらいしてやろう」と……ソレは、これから始まるだろう史上最悪レベルの混乱の時代に叩き込んでしまう彼女たちへの、俺からのせめてものお詫び、だった。
「ちょ、おいっ、これっ?」
「殿方と、正妻しか発行できないっ?」
「ままままままさかっ?」
「ちょ、ちょっと待っ……」
背後では『お茶会』の面々が口々に騒いでいたものの……俺はそのままBQCOを操作し、仮想現実世界からログオフして現実へと戻って来る。
「さて。
……おしおきの時間だ」
正妻であるリリスの策は理解出来たし、その策が成ったことに確信が持てたのは事実であるが……それはそれ、これはこれ、である。
先ほど決意した羞恥系のおしおきに心を躍らせながら、俺はそのまま立ち上がると、どうせ仕事をしているだろうリリスの部屋へと足を向けるのだった。