~ 片道切符 ~
「……策?」
数の差が1:10,000ほどもあり、物資から経済力全てにおいて絶望的なまでの差があるこの状況が、たかが策一つでどうにかなるなんて思えない。
少なくとも、アニメやゲーム、昔で言えば演劇のように世の中は回っていないのだから……それを知っている俺は金髪碧眼の少女に懐疑的な視線を向ける。
そんな俺の反応をまたしても予期していたのだろう。
優秀なる我が正妻は待ってましたとばかりに笑みを浮かべ、仮想モニタを展開しつつ口を開く。
「先ほどのケニー議員との会談を中央政府データベースに流しました。
後は少しばかり多くの方に見てもらえるよう小細工を設け、BQCO経由の検索結果を僅かに偏向する設定も加えました。
なお、情報封鎖に対抗するため、データをクラウド化しておりますので、連邦政府が削除に踏み切っても数日ではどうにもならないでしょう」
彼女の策は……少なくともその目的自体は、非常に簡単なものだった。
あまり頭のよろしくない俺にでも理解できるほどに。
「……テロリストを、味方につける、のか」
……そう。
テロリストの多くは格差の所為で子供が持てずに世界中を恨んでいるような、言わば弱者層である。
たとえ遺伝子手術痕があったとしても、大量に精子を余らせている我が海上都市は、子供も持てないまま果てる予定だった彼女たちを救える唯一の存在とも言える。
たとえ、肝心の都市自体の拡張が間に合わない所為で、凄まじい競争になってしまい、新たな格差を設けているようなところがあるにしろ、だ。
──これで、一気に連邦議員に怒りの目が向けられる。
テロリストたちは現在、散発的に防御力の少ない都市を……要するに若い男子が治める都市を狙い、男子もしくはY染色体を奪おうと暴れ回っている。
それが唯一の我が子を抱ける……唯一の格差を解消する手段だから、だ。
だけどそれが、一つの都市に向いたとしたら?
だけどそれが、協力連携をしたとしたら?
──少なくとも、他の都市を攻撃している猶予などなくなる、な。
地球連邦と名前があれど、所詮は有力な都市がそれぞれ自前の警護官を融通しているだけの、指揮権の一本化されていない集団に過ぎず……我が正妻はその点を突いたのだろう。
どっかの番組で見た、伊達政宗公が南奥州の連合軍を下した戦いの前哨戦だったか?
南奥州の連合軍が迫りくる中、連合軍の一角を担っていた相馬の本国を叩く素振りを見せ、連合を瓦解させたあの戦略に酷似している、気がする。
尤も、我が優秀過ぎる正妻は、自軍の兵士一人すらも消耗させずにそれと同等の成果を得る戦略を立てたようだが。
「……それだけではありません。
連邦の兵士たちも、言わば安月給で雇われただけの、貧困層です」
彼女の戦略をようやく理解した俺が納得した表情を見せた……そのタイミングを見計らったかのように、俺の優秀なる参謀役は更に言葉を続ける。
──一体幾つの計を一手で打つ気だ?
彼女の狙いは敵兵士をテロリストに変えてしまう……武器を持ち前線に立つ兵士たちを寝返らせ、相手の都市の破壊活動を担わせるという、某三国志のゲームで言えば、敵自身の通信網を利用して埋伏から入り、離間・扇動・内通・破壊と四つの策略を同時に満たすという、凶悪極まりない代物だった。
「この戦略で最も効果的なのは、我々が流した情報には嘘偽りなど何一つない、というところです。
連邦政府がいくら否定しようとも、先ほどの会話は事実であり……我々に突き付けられた宣告も、向こうが戦闘の準備をしているのも……ついでに言えば、あなたの精子量データもこの子供の男女比さえも、検索すればすぐに出て来る本当のことなのですから」
彼女の取った戦略は、言わば連邦政府の人間一人一人に選択肢を突き付けて迫っただけだ。
……「人類全体の未来」か「自分が子供を抱く未来」かのどちらかを選べ、と。
「そこまで人類は賢くない、か」
「当たり前でしょう?
自分の子供すら授かれないのに、人類全体の未来について語るなんて、理想主義者か性質の悪い煽動者のどちらかです」
恐らく、リリスがこの戦略を思いついたのは、彼女自身に不遇だった時期が……婚約破棄を受けて底辺近くまで墜落した時期があったから、だろう。
だからこそ、一兵士の気持ちが分かるし、一テロリスト未満の一般市民の気持ちが分かってしまう。
その逆に……
「連邦政府は、この事態を予期……」
俺としては、この優秀なる我が正妻と同じくらい優秀な人材が揃っているだろう連邦政府は、当然のように「彼女の戦略を予想し対策を練っているのではないか?」という疑問を抱いた訳だが。
それに対する彼女の応えは非常に簡単なものだった。
「して、いないでしょう。
ケニー議員たちは、底辺女性の気持ちなど知ろうともしませんので……」
リリスのその言葉で、俺は彼女の調略が成功してしまうことを予期してしまった。
──それほど、人類は賢くない。
21世紀ですら誰も彼もが自分のことと、もしかしたら家族のこと子供のことくらいを見据えるだけが限界で……将来のこと人類全体のことなんて、お為ごかしにしか過ぎないのが実情だったのだ。
そして、今までこの未来社会で俺が見て来たことは……600年の時間が過ぎ去り科学技術が凄まじく発達しても、人間はそう進歩していない現実だったのだ。
で、あればこそ。
「……世界中が、大混乱に陥る、ぞ」
俺は彼女の策略が地球全体に広がる未来を予想し、そう呻く。
実際問題、地球連邦という治安維持部隊が内部崩壊を起こした場合……世界中がどうなるかなんて、容易に想像出来る。
──大崩壊。
法の支配から……法を実質的に強制している武力から解放された全ての女性たちは、一斉にテロリストとなって全ての男性に襲い掛かるだろう。
ただでさえ半数以上の女性たちは、精子が枯渇したこの社会において、貧富の格差によって子供すら持てず、仮想現実の中で夢でも見ていろとばかりに都市外に追いやられているのだ。
下手をしなくても、テロリストは倍どころではなく増え、都市の崩壊は今以上に進み……その過程において傲慢でありながら無力な男性たちは暴力により駆逐され、ほぼ死滅してしまうのではないだろうか?
「ええ、知っています。
ですが、私は連邦政府に唯一勝てる、この策を選びました」
自分自身の予期した未来図に俺が慄いているその横で、そんな最悪の未来への片道切符を選んだ少女は、事も無げにそう告げる。
全く何一つ……後悔どころか罪悪感一つ感じていないその口調を聞いて、俺が顔を上げたその先に……優秀過ぎる我が妻がこちらを見つめていた。
「私は、どんな手段を用いてでも、あなただけは護ります。
この海上都市の市民12,000人が尊い犠牲として散ろうとも。
生まれ育った都市がその過程で崩壊しようとも。
全世界の11億人の人間が巻き添えに死に絶えたとしても。
そんなものよりも、あなた一人の方が大事なのですから」
彼女のその言葉を前に、俺はもう何も言えなかった。
自分自身のため、全身全霊を賭けてくれている女性に、たかがヒモに毛が生えた程度の種馬の分際で何が言えるというのだろう?
その所為で、この未来社会の全人類が巻き込まれる最悪の事態になったとしても、だ。
「……分かった。
地獄へでも奈落へでも、共に行こう」
だから、俺は最愛の正妻に、微笑みながらそう告げる。
少なくとも、俺は地獄へ落ちるだろう。
そして、もし人類が生き延びた未来では、世界最悪の犯罪者として……いや、以前に吐き捨てられた罵声を信じるならば、悪魔の王だったか。
最悪の魔王として、語り継がれるに違いない。
「あ、あの?
あな、た……?」
それでも。
それでも俺は、この腕の中の少女を否定することも、拒絶することも出来なかったのだ。
この回を最終回としても良かった気がする今日この頃。
一応、終わりまであと5話です。




