~ 徹底抗戦 ~
「では、あなた。
……徹底抗戦の準備をしましょう」
我が正妻自身に、そんな正気とは思えない発言で「5日間の爛れまくった性活」を否定された時の、俺の心境を100字以内で答えよ。
その発言を聞いた時、そんな国語の問題が浮かんで来た程、俺は混乱の極みにあった。
……だって、そうだろう?
こちらの人口は12,000人である。
地球連邦政府の人口は11億人……尤も、国民皆兵の時代でもあるまいし、そもそも全員が連邦政府職員という訳でもなく、まぁ、実際は1%も動員出来やしないのだろうけれど。
それでも、約1:10,000が約1:100になった程度である。
そもそも我が海上都市『クリオネ』の市民たちが兵士として総動員に従ってくれて、更に俺の地獄への道行きに、しっかりとお供をしてくれるという仮定の上に成り立っている数字でしかない。
──絶望的なのは、分かっているだろうに。
現実がある程度見えている俺の、訝し気な視線に気付いたのだろう。
我が優秀なる正妻は少しだけ微笑みを浮かべたまま、口を開く。
「まず、最初に連邦政府の全てを敵に回す必要はありません。
連邦政府職員は、地球圏人口の1割程度……その中でも軍属は3割にも満たないでしょう」
実際の職員割合はこうなっていると、金髪碧眼の正妻は俺の眼前に仮想モニタを開き、データを見せつける。
尤も、そのデータがたとえ真実を語っていたとしても……そんな割合を聞いたところで何の慰めにもならないほど、元々の数に差があり過ぎる訳だが。
「だが、装備も予算も違い過ぎる……」
「ええ、それは間違いありません。
ですが、命令されて働くだけの兵士と、市長を護るため身命を賭ける警護官と、果たしてどちらの士気が高いでしょう?」
当然の突っ込みを入れた俺の回答に返って来たのは、そんな……とても未来社会とは思えない精神論だった。
──は?
聡明で判断の速い我が正妻とは思えないその言葉に、俺は思わず返答を躊躇ってしまう。
だって、そうだろう?
俺が物心ついた20世紀後半でさえ……いやむしろ20世紀後半の日本で戦後教育を受けて来たからこそ、精神論で物量を覆すなんて愚行中の愚行だと断言できる。
それをこの未来社会で、俺よりも遥かに聡明なこの金髪碧眼の少女が口に出すのだから、やはりこの徹底抗戦はよほどの無理があるのだろう。
「待て、それは、流石に……」
そもそも、負けたところで「俺一人が冷凍刑に遭う」だけでしかないのだ。
俺の精子作成能力が少しばかり高いとは言え、この海上都市『クリオネ』に暮らす12,000人と心中するなんて冗談じゃないし、運良く1人1殺を達成できたとしても、その場合は俺一人に対し24,000人の犠牲者が出てしまう計算になってしまう。
俺なんかにそんな価値はない……未だに21世紀の価値観から逃れられない俺がそう言葉を発し、我が正妻を押し留めようとしたところで、気付く。
眼前に佇むリリスが、完全に覚悟が決まったような眼光を放ちつつも、何故か微かな微笑みを浮かべていることに。
「生憎ですが、あなた。
私にはあなたの方が大事です。
私はこの都市の市民にどれだけ犠牲が出ようとも、あなた一人を選びます」
恐らくこの正妻は、俺が告げようとした言葉を察したのだろう。
その上で、俺が言葉を発する前にそれを封じようとしたに違いない。
そのため、多少発言が過激になるのは仕方のないことだったのかもしれないが……
それでも……
──馬鹿、な。
それでも、彼女が発した言葉の意味を理解した瞬間、俺は口をただ開閉するだけで、何か言葉を発することすら出来なかった。
彼女は……我が優秀なる正妻は、徹底抗戦の愚かさと犠牲とを完全に理解した上で、必要な犠牲として我が都市の市民12,000人を計上してしまっているのだ。
だけど、その事実を前に呆然と立ち尽くす俺に向け、リリス夫人は首を左右に振り、さらに言葉を続ける。
「いいえ、違います、あなた。
私は勝つつもりでいますし……そもそも、もう戦いは始まっておりますので」
そう告げた彼女が展開した仮想モニタには、地球上の……場所ははっきりとは分からないものの、何処かの湾港に停泊している艦隊の姿があった。
ふと気になった俺が意識を向けると、その仮想モニタは自然とズームアップし……その艦船に輸送機やら武器弾薬やらが積み込まれている作業の様子が見てとれる。
──そういう、ことか。
ケニー議員が告げた5日間の猶予というのは、あくまでも「最終通告を突きつけるまでの猶予」でしかなく……彼女自身も海上都市『クリオネ』が大人しく市長を明け渡すなんて思ってもいないのだ。
だから、俺たちとに最終通告を突きつけたその時から……いや、もしかしたらそれ以前から大規模戦闘の準備を始めていた、のだろう。
いや、むしろ連邦政府側が準備を終えるまであと5日間を必要としている、と考える方が正しいのかもしれない。
──卑怯、とは言えないか。
俺がそう考えるのは、自分自身が相手側なら間違いなくそうするから、である。
リリスの言葉通り海上都市『クリオネ』の側が士気が高く、徹底抗戦を唱えているならばその抵抗意思ごと力づくでなぎ倒すのが最も効率的な戦略だから、だ。
そして……単純明快なパワーゲームだからこそ、突き崩すのは容易ではない。
圧倒的な物量を前にしては、奇策・詭道の類など力ずくで突き崩されて終わってしまうのが明白なのだから。
要するに連邦政府側は俺たちを真正面から完全に叩き潰そうとしていて……それに対抗する術など、我が都市にはない。
やはり戦闘など無謀過ぎると、俺が我が正妻を窘めようと、眼前の仮想モニタから視線を外した、その時のことだ。
「当然のことながら、我々も無策で潰されるのを待ちなどしません」
俺の不安と懸念とを見透かしたかのように、我が優秀なる正妻が堂々とした態度でそう言い放ったのだった。