~ 宣告その2 ~
「ですから、受け入れられる訳がないでしょう、こんなのっ!
こんなのは、死ねと言っているようなものですっ!」
ケニー議員に反発して放たれたリリスの苛烈な言葉が真実かどうかは兎も角として、彼女が懸念していることは俺にも理解出来ている。
これほど地球圏の女性たちが子供も持てない……精子そのものが絶望的なまでに枯渇しているこの未来社会で。
これほどまでに女性たちが俺の精子を欲しがっている実情がありながら、それの提供を止めるなどという暴挙が、実際に許されるのだろうか?
俺が胸中で抱いたそんな疑問を察したらしく、金髪碧眼の我が正妻はこちらへと振り向くと口を開く。
「……絶対に無理です。
精子提供を停止した時点で警護官の8割超が離職し、12,000人の住民は暴動を起こすでしょう。
テロリストも活発化しているこの状況でそのような愚行を行えば、市長の生命すら危ぶまれ……いえ、確実に失われることになります」
リリスの言葉はあくまでも憶測だとは思われるものの……憶測とは思えないほど確たる断言がされていて、俺は頷かざるを得ない。
実のところ俺は、これまでこの未来社会で生きてきて、女性たちの忠誠はあくまでも子供を産ませてくれる男性に向けられていることも、子供すら持てない女性たちが如何に追い詰められているかも知ってしまっている。
だからこそ、我が正妻の言葉は嘘偽りなどないと分かり……今回連邦政府が突き付けて来た宣告が、決して受け入れられない、まさに『死の宣告』であるという事実を理解してしまうのだ。
「ですが、他の男性たちもあなた方の所為で同じ状況に立たされているのです。
いえ、実際に命が失われ数多の都市が崩壊の危機に晒されております」
だが、そんな我が正妻の言葉を、連邦政府議員はそう無慈悲に断じる。
言われてみれば確かにその通りではあるものの……俺にも生存権というモノがあり、死ねと言われてそれを受け入れる訳にもいかない。
そもそも、だ。
「それは、殿方が女性を顧みない現状があるから、でしょうっ!
そうして女性を虐げた挙句、警護官に逃げられ、市民に逃げられ、テロリストに殺されるのは、ただの自業自得というものですっ!」
俺の言いたいことを察したのか、それとも一度は正妻候補から失墜して「人類救済計画」などというものを企て、今の社会に疑義を持っていたからこそ、かもしれないが。
我が正妻は俺がこの未来社会で生きている間、ずっと胸中で抱いていた言葉を、そのまま口にしてくれた。
尤も、表現と口調については、多少以上に過激であったが。
「それでも殿方が次々と命を落とす現状を、我々は良しとは出来ません。
そして現状の政府には、残念ながらこの事態を解消する術はありません。
少数都市の警護官に対し、補助金を多額支出し、待遇を良くして流出を僅かばかり食い止めるのが精一杯なのです。
そもそもの原因は、貴女方があのような精子データを迂闊に流出させてしまったことでしょう?
我々は、その責任を取って欲しいと訴えているだけです」
それに対するケニー議員の言葉は実に簡単だった。
彼女たちはこの騒動を食い止める力がないと……個々人の自由意志に基づく都市移動と職業選択の自由には干渉できないと言い切ったのだ。
とは言え、真実のデータが俺のちょっとした操作遅延によって流れ出たことについて、命を奪われるほどに責められる筋合いはない。
「今回の騒動は、連邦政府データベースから新生児の男女比が流出してから加速しました。
その責任をこちらに押し付けるのはただの責任転嫁では?」
「では、遺伝子手術痕は?
あのような重要データを隠蔽したまま住民を募集したのは詐欺以外の何物でもないでしょう」
俺がそんなことを考えている間にも、2人の正妻同士による口論は続いている。
リリスの言葉は事実であり、あの件は俺も呆れ返ったものではあるが……ケニー正妻もそれに負けず瞬時に反論する辺り、11万人に1人の人材とは本当に頭が切れるようである。
「それも数日のことっ!
既に我が市長は勇気を出して遺伝子手術痕の存在を公表しましたっ!
それ以降の移民は自由意志であり、個々人の自由意志に異を唱えることなど、連邦政府と言えど許されないと、先ほど口にしたばかりではないですかっ!」
当然のことながら、我が正妻はそれへの反論をコンマ2秒で開始する。
俺としては別に勇気を出した訳でもなく、ただ移民があまりにも過熱し過ぎていたので「出来れば冷却したいなぁ」程度の意思だったのだが……この場でそれを指摘するのが正しくないことくらい、あまり頭が切れない俺でも流石に分かる。
「その結果、人類全てが死に絶える道を選ぶつもりですか?
遺伝子手術痕があり先が見えない市長クリオネと、その他の男子大多数の命。
連邦政府は、大多数の男子を選ぶことにした。
……ただそれだけです」
しかしながら、それに対するケニー議員の反論は痛烈だった。
確かに俺の遺伝子に手術痕があり、3世代以降の子孫が望めないのは紛れのない事実である。
である以上、俺個人よりもその他大勢の男性を選んだと言い切られてしまったならば、もう反論の言葉などありはしない。
「……大上段から一方的に、ですか」
それが分かって言えるのだろう。
金髪碧眼の我が正妻はそう悔し気に告げるだけ、だった。
「ええ。
……それ以外に人類が生き残る道がないのですから」
そして、自分たちが……連邦政府が強引で暴虐な選択肢を選んだと理解しているのだろう。
ケニー議員は少しだけ後ろめたい表情を浮かべたものの、己の言葉を否定することはなかった。
「5日間の猶予を与えます。
……それまでに賢い選択を。
優秀な貴女たちならば、それも理解出来るでしょう?」
結局。
ケニー議員は高圧的かつ一方的にそう告げると、話は終わったとばかりに眼前の仮想モニタが瞬時に消え失せる。
その場に残されたのは凄まじく重苦しい空気であり……俺は眼前の正妻に対し、かける言葉もなくただ立ち尽くすことしか出来なかった。
当たり前の話ではあるが、地球全体から死刑宣告を受けたようなものなのだ。
──抵抗しても、勝てる訳、ない。
その現実が俺から抵抗の意思も反抗する意思すらも奪っていた。
事実、俺たちの手元にあるのは、多少拡大したとは言え、たかが一海上都市である『クリオネ』と、市民12,000人程度。
方や地球連邦政府の総人口は11億であり、圧倒的に後塵を期している。
兵器などの生産力、エネルギー資源の量に至っては言うに及ばず。
そして何よりも我が海上都市で暮らしている女性たちはあくまでも子供が欲しいから住んでいるのであって、俺に絶対の忠誠を誓っている訳ではなく……ここまで不利な地獄への道行きに付き合ってくれる筈もない。
一応なりとも戦略シミュレーションゲームをプレイし、数多の戦略を練って来たからこそ、現状がどれだけ絶望的であり、1:10,000という戦力差は何をどうしても覆せないことが理解出来てしまうのだ。
だからこそ俺は、抗う気すら起こらず……俺の脳みそは既に、残された5日間を最愛の正妻と悔いの残らないほどに愛し合って終わりを迎えることしか考えてしなかった。
……だけど。
「では、あなた。
……徹底抗戦の準備をしましょう」
ケニー議員が立ち去ってから3分ほどが経過した頃……我が正妻は、完全に正気とは思えないその言葉を言い放ったのだった。
2025/08/20 6:57確認時
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