~ 自宅選定その2 ~
「すみません、こちらを忘れておりました」
3日後。
婚約者であるリリス嬢がアポもなく突如として訪れ、挨拶もすることなくベッドに寝たままの俺に向けて開口一番にそう告げるや否や、空間モニタを開き始めた。
そんな彼女の挙動があまりにも先日の雰囲気と異なり、何処となく「優等生らしくない」違和感を覚えた俺は、その原因について考えを巡らせるものの……
──ま、婚約者だからな。
──普通に会いに来てもおかしくない、か。
すぐさまそう肩を竦めると、抗議の声を呑み込んで彼女の作業が終えるのを静かに待つこととした。
全く実感が湧かないどころか、有能な中学生を騙している気がしてならない「婚約」ではあるが、それでも一応は俺の婚約者である。
こちらとしても入院中……リハビリ中の上、まだこちらの文明に慣れている訳ではなく、ただ筋トレしか趣味の無い身であり、「よほど嫌なヤツ以外」との但し書きはつくが、暇つぶしに来てくれるのは誰だろうと大歓迎なのだ。
尤も、こちらの常識で考えると彼女の行動は非常識ギリギリなのだろう。
3日後と言うのが……翌日は人としての常識を疑われるレベル、2日後も限りなく厚かましく、3日後が許容できるギリギリ。
優秀な筈のリリス嬢が、必死に準備を行っているその慌て具合を見る限り、どうやら幾ら正当な理由があったとしても女性が男性に短いスパンでアポイントメントを取るのはあまり良くない風潮があるように思える。
──もしくは本気で大事なことを忘れてて、今思い出した、か。
──それでテンパってマナーも忘れて俺のところに押しかけて、今になって慌てている、のが真相ってところっぽいが。
何となく彼女が慌てふためいている背景が見えてきた俺は、そんな婚約者が必死に表情を取り繕いながら体裁を整えている姿を生暖かい目で眺め……次に彼女が口を開いた瞬間、先ほど「この時代の男女間のアポイントメントのスパン」についての考察を、すぐさま撤回する羽目に陥ることとなってしまう。
「あ、あ、あなたの、自宅……ええと、都市機能の中心地という意味ではなくて。
わわ私たちの、その、自宅について、決めるのを完全に抜かっておりました。
その授業では、都市作成については、習っていたのですが……」
「……それは、大事だな」
……そう。
要するに彼女は俺の都市……と言うのも実感が湧かないのだが、俺が治めることとなる都市の計画ばかりを立て、俺の住む場所の存在を完全に忘れていた、らしいのだ。
俺の感覚で言えば、頑張ってキャラクターメイキングで外見ばかりを気合入れて造ったものの、肝心のステータスを一切設定していなかった感じだろうか?
生憎と安月給で働く身だったので、自宅を持とうなんて考えたこともなかったから、そういう例えになってしまうのは否めない。
ちなみに、俺自身としては新たに都市を一から構築する現状にすら実感が持てず、都市の中心地という意味での庁舎なら兎も角、そこに自分が住むということを全く実感出来ていなかった。
早い話が、未来の正妻の間抜け具合を欠片も笑えない有様であり……似たもの夫婦とからかわれても反論の余地がない有様だったのだ。
「何か、ご希望がありましたらお教えください。
それらを全て叶えた部屋をデザインして見せます。
……出来ると、思います」
「……う~ん」
婚約者が目を血走らせて……恐らく「自宅の存在を忘れていた」失点を必死で取り返そうとしているその形相から目を逸らしつつ、俺は内心で自宅について思いを馳せる。
……だけど。
──そう言われてもなぁ。
幾ら考えたところで良い案なんて浮かぶ訳もない。
何しろ俺はこの時代の科学技術……庶民の生活水準すらまともに理解していないのだ。
それでも必死に欲しいモノを思い浮かべてみると、マッサージチェアが欲しいとか大画面で映画を見るシアタールームが欲しいとか総ヒノキ張りの大きな風呂が欲しいとか、枯山水の日本庭園が欲しいとか、ビキニ姿の美女で溢れるプールが欲しいとか、まぁあまり現実的でない案ばかりが浮かんでくる始末である。
そんな安直で叶いそうもない夢しか浮かばない、貧乏性の自分を嗤いながら肩を竦めたところで、リリス嬢が慌てた様子で以前見た都市全体計画像を展開しつつ口を開く。
「ああ、言い忘れていました。
庁舎の最上二階を自宅と考えておりますので、面積は凡そ5千平方メートル、延べ床面積にして1万平方くらいを、予算として1億UC程度を考えております」
「はぁ、なるほ……はぁっ?」
どうせ聞いても分からないだろうと、彼女の話を適当に聞き流していた所為で反応が少し遅れてしまったのだが……幸いにして面積の単位が同じだったこともあり、彼女がどんな無茶を言っているのか理解してしまったのだ。
──5千平方メートルって……
──市役所レベルの面積だぞ、おい。
具体的な数字はさっぱり覚えていないものの、それらの数字が自宅としては非常識極まりないレベルの面積だということだけは理解出来る。
幸いにして予算である1億UCの方はその額の大きさが全く理解出来なかったが……それも恐らくは考えるだけで嫌になるような気が狂ったとしか思えない額なのだろう。
たかが俺の自宅程度に、都市の年間運営額の8%も費やすつもりなのだから考えるだけでも胃が痛くなってくる。
「……流石に、広すぎない、か?」
「いえ、男性の自宅としては平均程度でしかありません。
都市の中心部となる施設ですので、むしろその程度は必須だとも言えるでしょう」
困惑する俺を説得するようなリリスちゃんの言い分は、聞いてみれば分からなくはない論理だった。
未だに自覚はないものの、俺は都市の中心部に住む市長になるらしい。
つまりが俺の住む場所は市庁舎となると考えると……まぁ、それくらいの面積が必要というのは間違いない、のだろう。
「し、しかし、その……自宅としては、その、広すぎないか?」
その意見を耳にすることで理屈では分かったとしても未だに納得できないのは、俺が安アパートでしか生きたことのない、根っからの貧乏性だからだろう。
人間一人、六畳一間があれば暮らしていけるという感覚の俺としては、5千平方メートルは幾らなんでも異常としか思えない世界だった。
だけど……本当に狂っていたのは次の彼女の台詞の方だった。
「ですが、恋人の方々も一緒に住まれると流石に狭く感じると思います。
勿論、途中で階層の追加なども可能なのですが、その場合は工事費が多額となりますので、今の内にしっかり計画を練っていた方が……」
「……ふぁっ?」
今度こそ、俺の口から出てきたのは某スレで使われるような変な声そのものだった。
「こ、恋人と、共に、暮らす?
正妻も、一緒に?」
「ええ?
当たり前でしょう?」
どう考えても厄災を招くとしか思えない家族計画に俺は戸惑った声を上げるものの……肝心の婚約者の口から零れ落ちたのは、それが当然だと思い込んでいる、自分の言葉に何の疑問も持ってない声そのものだったのだ。
2021/09/13 21:25現在
日間空想科学〔SF〕ジャンル1位。
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四半期空想科学〔SF〕ジャンル7位。
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