~ 宣告その1 ~
「……海上都市『クリオネ』に対する武力制裁?」
BQCOから伝わったその情報を口にした瞬間、眼前にいた正妻の顔は、正直、直視するんじゃなかったというレベルに歪められていた。
──え?
恐らく込められていた感情は、憎悪と殺意だったのだろう。
尤も、11万人に1人という正妻ともなれば、瞬時にその負の感情を隠し切るくらいの顔芸は出来るようで……瞬き一つした直後には、彼女の顔は毎日見るのと全く変わらない微笑みに取って代わっていたのだが。
「……中央政府からの横槍です。
ここ数日間、現在のテロリストの活発化はあなたにあるとして、横暴極まりない要求を突き付けてきているのです」
俺に向けてそう告げた正妻リリスの声は酷く感情的であり、語った内容に酷い偏向が感じられたので、ひとまず置いておくとして。
具体的な文章に目を通してみると、現在起こっているテロリストの横行による治安悪化やら、警護官の独占による都市防衛力の低下云々と、書いている内容そのものはそう間違っているようには思えなかった。
ただし、問題は……
「現市長の精子を用いることを禁じる、か」
「そうです、そんな横暴が許される筈もないですのに。
それを理解していながら、何故っ!」
中央政府から突き付けられたその一文を俺が口に出すと、リリスはそう声を荒げて抗議の言葉を口にする。
尤も、彼女が憤っているのはその通告そのものではなく、その通告を無視した時に俺の身に課される処罰の方だと思われるが。
──この要求が受け入れられない場合、武力により貴都市を制圧し、市長クリオネの身柄を拘束、冷凍刑に処す、か。
その余りにも一方的な内容にどう言葉を連ねて良いか、俺が少しだけ表現を探していた……ちょうどその時だった。
俺たちの前に突如仮想モニタが勝手に展開され……そこに一人の中年女性の姿が映し出される。
「お久しぶりですね、クリオネ君。
出来れば、このような形でお会いしたくはありませんでしたが」
「……貴女、は」
記憶を漁ってみると、俺が北極から連行された時に顔を合わせた女性議員……確か、ケニー=W=スペーメと名乗ったか。
あれ以来全く通話一つすることもなく、半ば忘れ去る寸前だった女性ではあるが……彼女自身が連邦の重役に就いているとか何とか聞かされたような覚えがあった。
「87人の連邦議員の1人っ!
どの面を下げて、この場に顔を出せたのですかっ、Wケニーっ!」
俺がうろ覚えだった内容は、優秀なる正妻様直々に補ってくれた訳だが……そんな彼女は憎悪と敵意を剥き出しにして眼前の仮想モニタを睨みつけている。
まぁ、文字通りこんな宣告を叩きつけて来た敵の親玉なのだから、彼女の反応がそう間違っているとは思わないが。
「嫌われたものですね。
……ですが、正妻としては正しい反応ですよ、リリス」
そんなリリスの反応も、正妻ケニーは笑ってそう受け流すだけだった。
その反応は年上女性の……母親や祖母のような余裕が感じられ、俺としては自らの正妻の肩を軽く叩いて感情を鎮めさせることしか出来やしない。
「……それで、大都市の正妻様が、一体どのような御用でしょうか?」
「そうです。
男性のプライベートスペースに許可なく回線を開くなど、幾ら連邦議員と言えども横暴が過ぎます」
一応、保護して貰った恩……あの当時はただの恨みしかなかったとは言え、この未来社会に生きる道しるべをもたらしてくれたのは間違いなく彼女であり、俺はそれなりの礼儀を守りながらそう訊ねてみる。
隣で威嚇を続けている我が正妻は、口調こそ丁寧ではあるものの剥き出しの敵意を隠そうともしていないが。
「分かっているのでしょう?
今日は海中都市『スペーメ』の正妻としてではなく、地球連邦の議員として赴かせていただきました。
再度の通告を無視されたが故に、連邦議員としての非常時特権を使わせていただいただけですよ、リリス」
物言いは穏やかではあるものの、問答無用の雰囲気でそう言葉を叩きつけて来る眼前の中年女性は、確かに連邦議員として国家を……地球圏全体を動かすエリート中のエリートなのだろう。
何と言うか、うちの正妻であるリリスが綺麗に歳を取った後、みたいな様相を漂わせている。
「では、まず宣告を伝えます」
「……遺伝子手術痕が云々ってヤツか」
この女性が出て来るまでの間に、連邦政府から送られてきた通告はその辺りまで目を通していた。
市長クリオネの精子には遺伝子手術痕があり、3世代後の子供は期待できないことは明白である。
しかしながら、当市長の精力は旺盛であり、先を見通す知性のない市民が群がっており、現在の治安維持に不安が生じている。
そのため、市長クリオネに対し、精子供給の即時停止を要求する。
……というのが連邦政府の言い分であり、先の「精子提供の即刻停止」へと繋がっている訳だ。
──言っていることは、まぁ、間違ってはいない。
未だに実感はないが、俺の遺伝子に手術痕があるのはどうやら本当のようだし、その所為で3世代後の子供に奇形が生まれやすくなるという問題があるらしいのは、流石の俺でも理解はしている。
「そうですか、では連邦政府の要求も理解できていますね?」
俺の表情が理解の色を示したのを見てとったのだろう。
ケニー議員は俺に向けてそう訊ね……そうしてこちらが言葉に出すよりも早くこちらの気持ちを察し、先んじて言葉を叩きつけて来る辺りも、うちの正妻にどことなく似ている訳だが……他都市の正妻の瞳からは。残念ながら俺に対しての情など欠片もなく静かで冷酷な光しか浮かんでいなかった。
「ですから、受け入れられる訳がないでしょう、こんなのっ!
こんなのは、死ねと言っているようなものですっ!」
そんなケニー議員の言葉に対し、我が正妻であるリリスは、声を荒げ目を見開いて、そう言葉を返したのだった。