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~ 悪魔の王 ~


「さて、と」


 現状を把握し終えた俺は、すぐさまB(脳内)Q(量子)C(通信)O(器官)を利用して、海上都市『クリオネ』と海中都市『ヒトデ(エンサム)』、そしてその両者の間に広がっている戦闘領域で戦闘中の全員に言葉を伝える回線を接続し、言葉を発する。


「……都市『ヒトデ(エンサム)』の住民に告げる。

 俺は、海上都市『クリオネ』の市長である」


 俺がその一言を発した、その瞬間だった。

 眼前の仮想モニタでも瞬間で見て取れるように……俺の声が響き渡った瞬間に、両陣営の戦闘行為がピタッと止まったのだ。

 その様子はまるで止めてくれる人を待っていたかのようであり……事実、やりたくもない戦闘を命令されていた両陣営の警護官からしてみれば、まさに文字通りの気分だったのだろう。


「市長の命令に従い、このような自殺まがいの狂気の沙汰まで実行しようとする貴女方のその忠誠心。

 感服に値する」


 自分で喋っていて、少しばかり古風な……時代劇か何かで見た戦国武将の喋り方を意識している感はあった。

 だけど、取りあえずこの無駄極まりない戦闘を止めるためには、俺にはこういう手段しか思いつかなかったのだ。


「あ、あの、あああああな、た、何、を?」


 その後に及んでようやく、俺の近くに仮想モニタが展開され……我が愛しの正妻(ウィーフェ)様の顔が映し出されたかと思うと、彼女からそんな問いがかけられる。

 恐らくではあるが、これほどの緊急事態にもかかわらずこの段階まで彼女が声をかけてこなかったのは、先日のアレ(・・・・・)が効いているのだろうとは推測される。

 要するにだ。

 未だ、俺と顔を合わせるのが恥ずかしいのだろう。

 何しろ我がリリス夫人は羞恥に顔を真っ赤に染め上げていて……そればかりか、俺と全く視線を合わそうとしないのだから。

 とは言え、残念なことに……今の俺は彼女の相手をしていられるような状況ではない。


「俺は、君たちの忠誠を評価しよう。

 今であれば、我が都市は君たちを移民として受け入れる。

 現在、都市面積が足りずに困っていた訳だが……幸いにしてはそちらから(・・・・・)来てくれた(・・・・・)からな。

 心ある女性警護官諸君、俺は君たちのような人材をこそ必要としている。

 頼むから、降伏をしてくれ」


 正直に言って、これは我が正妻(ウィーフェ)にとっては酷い侮辱となるかもしれない。

 何故ならば、都市の実務担当である彼女の頭を飛び越して勝手に降伏と移民とを受け入れたのだから……端的に言っても彼女の面子は丸潰れとなってしまうし、今後の計画についても重大な支障が生じることだろう。

 ……だけど。


「……リリス、後は頼んで良いか?」


「は、はいっ!」


 その後のことは知らないとばかりに、俺は正妻(ウィーフェ)であり恋人(ラーヴェ)ともなったのだろうリリスへと全てを放り投げる。

 無責任極まりないとしか思えない俺のその一言に、面子を潰された筈のリリスは目を輝かせて頷き、瞬時にいくつもの政策を決定し、俺のB(脳内)Q(量子)C(通信)O(器官)へと送り付けて来た。


 ──まずは、都市『ヒトデ(エンサム)』の配備位置、か。


 受け入れる土台すら作っていない現状では、都市同士の連結が叶う訳もなく、適当にどっかに張り付ければ良いだけだと思うのだが……彼女が提出してきた案を見る限り、お互いの都市の形に合わせて土台となるチタンフレームとアクアマテリアルとを貼り合わせ、何とか一つの都市となるよう形を整えるようだった。

 特に都市『ヒトデ(エンサム)』は元の基本が海中都市であるため、海上都市『クリオネ』の直下に潜り込ませる形で結合させることにより、海中からのテロリスト攻撃の防備として利用する、らしい。

 あと、付け加えるならば、海中都市『ヒトデ(エンサム)』は慢性的な電力不足であるものの……市長の自殺まがいの突貫で大多数の市民が逃げ去ってしまったため、即座に電力不足が問題となりそうにないのは不幸中の幸いとするべきか。

 そもそも、外殻の仮想力場と大気清浄システムさえ無事であれば、電力そのものは我が都市の余力分を何とか融通可能なのだから、そうして余剰分のやりくりをしている間に、新たな発電所を設ける……そんな政策順序までもこの配備計画には付属されていた。

 ……この手の計算を瞬時に終わらせこちらに指示を仰いで来る我が正妻(ウィーフェ)の優秀さが恐ろし過ぎて、もはやベッドの上以外では二度と頭が上がらない気がしてならない。

 何はともあれ、咄嗟に思いついたにしては俺の呼びかけは功を奏したようで、今の今まで殺し合っていた筈の警護官たちは、誰一人の例外もなくそのまま戦いを止め、我が海上都市『クリオネ』の方へと進んで行く。


 ──上手く、行った、か。


 その結果を見届けた俺が、安堵の溜息を大きく吐き出した……その瞬間だった。


「貴様ぁっ!

 我が命だけでは飽き足らずっ、私から何もかも奪うつもりかっ!」


「……ん?」


 突如として俺に通信が入って来たかと思うと、俺の眼前に仮想モニタが開く。

 そこには30代半ばほどと思われる男性の姿が……目を血走らせ狂気と恐怖とに顔を歪めた男性の姿があった。

 隣には同年代と思しき女性が控えていて……恐らくこの男性こそがこの海中都市の市長であるヒトデ(エンサム)であり、隣にいるのは彼の正妻(ウィーフェ)なのだろう。


「人もっ、金もっ、土地さえもっ!

 俺の手元には、何一つ残らない、残さないっ!

 ……貴様は、悪魔だっ!」


 青年と呼ぶには少しばかり歳を取り過ぎているその男は、その血走った目で俺を真っ直ぐに睨みつけ、そう叫ぶ。

 俺自身としては、このヒトデ(エンサム)という名の市長が何を言っているのか分からず、ただ戸惑うばかりだった。


 ──人、金?

 ──土地までも?


 分からないことは素直に聞けば良い……という訳で、相変わらずのB(脳内)Q(量子)C(通信)O(器官)に問いかけてみると、答えはすぐに理解出来た。

 加齢からか、それとも別の要因かは分からないものの、精子作成能力に衰えが見え始めたこの海中都市『ヒトデ(エンサム)』では現在、警護官を含め、過度な人口流出が大きな問題になっている、らしい。

 その所為で数々の補助金がカットされてしまい、更には人口流出の所為で税収が大幅に減少、資金繰りが難しくなり……検索ついでに頭の中に入って来た情報を見る限り、どちらかと言うとコレは海中都市『ヒトデ(エンサム)』側の放漫財政が原因のようだったが。


 ──これが、今回の特攻を仕出かした理由、か。


 人が失われ、金もない……その状況でテロリストが多発しているとなれば、己の身を護れないと悲観し、遠回しな自殺を実行したのも、まぁ、理解出来ないことはない、かもしれない。


 ──土地については……自業自得なんだがな。


 今回の攻撃に腹を立てたとは言え、先ほど俺自身が「この海中都市を自都市内に組み込む算段」を立てて承認したのだから……B(脳内)Q(量子)C(通信)O(器官)で繋がっている以上、俺の都市で決定したことは、向こう側からも見えて当然であり、これについては言い訳のしようもない。

 俺がそんなことを考えている……未だにB(脳内)Q(量子)C(通信)O(器官)を使って検索をかけた時には、どうしても若干のタイムラグが発生してしまう訳だが。

 ……その所為だろう。

 パシュ、という小さな音と共に俺が振り向いて見ると……先ほど立っていた筈のエンサム市長が大地に伏して動かなくなっていた。


「……え?」


 彼の手の中には、小型の拳銃……携行型の電磁加速砲が握られていて、彼が一体何をやらかしたのかは、少々頭の回転が鈍い俺でも理解出来た。

 恐らく、警護官に逃げられ、市民に逃げられ、資金源も失い、土地まで奪われることになった彼は、将来を悲観し、その命を自ら断ったのだろう。

 ……俺としては、ペスルーナ元市長と同じく、海上都市『クリオネ』内で大人しく暮らしてくれれば、命までは奪おうとは思わなかったのだが。

 なお、B(脳内)Q(量子)C(通信)O(器官)によると、男性自身であろうとも自殺は(・・・)止めようがない(・・・・・・・)、らしい。

 仮想障壁の出力を停止し、脳を破壊する威力の武器を至近距離で叩き込まれれば、如何に都市全体に保護されている男性であろうとも生命活動は止まるし、蘇生すらも叶わない。

 勿論、頑張れば脳死状態のまま身体を生かし精子を搾り取ることも可能とのことではあるが……流石にそこまで男性の尊厳を失わせることは、この未来社会においても許容されていない、ようだった。

 尤も、そういうお題目の裏で、精子不足に悩む連邦政府がその『許容されていない行為』を強行していたとしても、俺は全くもって不思議とは思わないのだが。


「あああああ、エンサム市長ぉおおっ!

 貴様が、全て貴様がぁあああっ!

 人を甘言で釣りっ、地獄へと誘うっ、悪魔の王めっ!

 地獄へ落ちろぉおおぁあああああああああっ!」


 そして、残された名前も知らない正妻(ウィーフェ)は、俺に向けてそう怨嗟の声を上げると、そのまま市長エンサムの命を奪った携行型の電磁誘導砲を咥え……


「ま、待て、おい?」


 俺がそう叫ぶ間もなく、眼前で未亡人となった名前も知らぬ正妻(ウィーフェ)は、一瞬の躊躇いもなく引き金を引いてしまう。

 全身から力の抜けた女性の身体が重力に引かれて、床へと叩きつけられ……恐らくは人では(・・・)なくなった(・・・・・)ため、床上5cmの仮想障壁に弾かれることなく、ごとりという大きな物体が床に叩きつけられる音が響き渡った。


「……あの、あなた?

 攻撃してきたのは、向こう側です。

 その、あまりお気に、ならない、方が……」


「……ああ。

 分かっては、いるよ」


 ことの顛末を見終えた俺に、正妻(ウィーフェ)であるリリスが気を使ってそう声をかけてくれたものの……流石に衝撃的過ぎる絵面だった所為で、俺も上の空で返事をしてしまう。



 結局のところ。

 この事件は被害妄想の男性による突発的な事件として処理され、当然のことながら俺自身と、そして海上都市『クリオネ』に対しては何のお咎めも下されなかった。

 ただ……あの正妻(ウィーフェ)が叫んだ「悪魔の王」という呼び名は、この一件で世間に定着してしまうこととなったのである。



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― 新着の感想 ―
とうとう、クリオネ君の呼び名が決まってしまいましたね。 リリス奥様はまだ若いのに、大変なことに巻き込まれてしまって大変ですね。 改めてこの小説の世界は、男性の生殖機能が重要にみられる世界であること…
これ夫婦心中の演出だったんじゃね?
そういう意味では相手方が都市の自爆ないし自壊を選択しなかったのは意外。あとは辞められたとしても警護官の倍率自体は高そうなのに補充が利かない理由は前話で出た信頼性の問題?
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