~ 都市特攻 ~
「……また、都市が一つ落ちた。
今度は、男根君、か……」
翌日。
アルノーと話している最中に考えた……「人は遠くの未来まで見通せない」という自説が正しいと証明するかのように、新たな都市崩壊のニュースが俺の脳へと入って来た。
今度もやはりテロリスト……と思って詳しく調べてみると、テロリストの襲撃に市長を護り切れないと判断した数名の警護官たちが、職場を放棄して正妻を殺害、脱出艇を奪って市長を誘拐しようと画策し……誘拐される間際の男根君は、警護官によって凌辱の限りを尽くされるくらいならと、市長権限を使って脱出艇ごと自らを爆散させた……とある。
──救いようがない。
その裏切った警護官たちは、人手不足故に急遽応募した物理的・薬学的・電気的な去勢のされていない……言わばナチュラルな警護官であり。
それは目に見える形で忠誠を誓っていない連中だった訳で、精子目的で男子に群がっている有象無象と大差なく……そりゃ不利になったら裏切るのは当然だろう。
「……待て」
そんなニュースをBQCO経由で頭の中に入れながらも、青い空を見上げようと庭に出たところで、ふと一つの事実に気付き……そんな呟きが不意に口から零れ出る。
──女性からの忠誠を、ナチュラルに全否定したよな、俺。
特に何か意識して考えていた訳ではなく、自然とそう考えついてしまったという事実が、いっそう俺の中の差別意識を浮き彫りにしている。
当然の話ではあるが、こう毎日毎日テロリストの話題ばかりだと、そしてたまに添えられる土壇場で裏切る警護官のニュースに触れていると、女性不信が募っても仕方ないのかもしれないが……それでも俺の根幹は20世紀の後半に培われたと自負していたのだ。
級友の影響からか、それともこういう男尊女卑が極まった都市で生きていると自然と身に付くものなのか……理由こそ定かではないにしろ、俺の価値観がこの未来社会に染まって来ているのは紛れもない事実のようだった。
「あ~、市長。
ちょいと今は室内で待機しておいて頂きたいのですけれど……」
「ま、苦戦はない、と思いますが……」
「……テロリスト対処中」
そうして俺が何やら考えながら空の見える室外へと出て来たところで、上部からそんな声が降って来た。
見上げた俺の視界には、ふんどしと見紛うほど面積の少ない純白の下着が三つ……どうやら空を見ようと思っていた無意識の内に、自室を覆う仮想障壁を可視光線を透過するモードへと切り替えてしまっていたらしい。
それは兎も角として。
──コイツらが、真面目、だと?
下着のチョイスについては置いておくにしても、最後の砦であるこの警護官三人娘が俺に「自室待機してくれ」というなんて、どんな非常事態かと俺はBQCOによる検索を実施し……
「……おおう」
珍しく第二都市防衛隊だけではなく第一も……いや、都市内で治安維持に努めている警護官までもを総動員するほどの事態になっていることを知り、俺は思わずそんな呻き声を上げてしまう。
「テロリストじゃなく、都市を相手している最中なんですよ」
「流石に、都市一つ相手にするのはキツい」
「……海中都市『ヒトデ』が物理的特攻」
……そう。
三姉妹警護官が口にした通り、海上都市『クリオネ』が現在相手をしているのは、五角形のような形をした海中都市であり……俺はそのあり得ない事態を前に、頭脳が一瞬だけ停止してしまったのだ。
眼前に展開した仮想モニタには、二つの海上都市が1kmほどを維持したまま、輸送機やら戦闘艦などを繰り出し、戦火を交えている様子がはっきりと映し出されていた。
どうやら海中都市『ヒトデ』は、俺の都市を攻撃するためだけに海上まで浮上し、警護官を繰り出して戦い続けているらしい。
「……何でこんなことに?」
「何が起こっているか」は分かっても、「何故こんなことが起こっているのか」がさっぱり理解出来なかった俺は、思考停止したままただ口からそんな疑問を垂れ流す。
そもそもの話、男同士で喧嘩する場合は仮想現実内で戦争すれば良いのであって、現実空間で都市全体を巻き込んで物理的に襲い掛かって来る馬鹿が何処にいるという話である。
現実問題として眼前にいるのだから、救いようがないのだが……
「向こうの市長が、合併を断られてぶち切れってさ」
「テロリストに殺されるくらいならと、特攻を……」
「……気が、狂ってる」
俺の呟きに対し、三姉妹警護官たちがそれぞれ答えてくれたのだが……残念ながら理由を聞いてもさっぱり意味が分からなかった。
BQCOによる翻訳機能とか、三姉妹の説明力とかじゃない、もっと恐ろしい現実問題である。
──考えてみれば……男子の意見は、だいたい通るよな、ここ。
……そう。
恐怖でおかしくなったとは言え、男子が「都市の物理的特攻」なんて狂気の沙汰を強行に実行しようとしていても、その凶行を止める人はないのである。
唯一意見を口に出来るのは正妻となるのだろうが……残念ながら真っ当な政治的視点を持つ正妻であっても、この男尊女卑が極まった社会の中では、男子の意見を翻す権限があるかと言われると非常に怪しい。
それは数日前に精子を提供したばかりの俺が正妻リリスを押し倒すという、この未来社会では狂気の沙汰とも思える行為を実行した時、彼女が抵抗の言葉をろくに口にしなかったことからも見て取れる。
──近代社会において、独裁政治が消えた理由、か。
要するに気が狂った指導者が国家を道連れに自殺を図ろうとした場合、独裁国家では止めようがない。
民主制は一つ一つの政策決定に時間がかかり過ぎるのが難点ではあるが……気が触れた独裁者による国家的無理心中みたいなのは防げるからまだマシ、という理由で20世紀辺りから取り入れられた政治システムだった筈、だ。
要するにこの未来社会は、600年もかけて男尊女卑が極まった挙句、統治システムが時代を逆行してしまったのだ。
……何をやりたいのか、さっぱり訳が分からない。
「幸いにして、私たちはまだ攻撃命令出てないんだけどね」
「30年モノの都市の割に、すっかすかなんだよなぁ」
「……男子の命令だろうと、自殺行為には付き合いきれない」
ついでに言うと、我が海上都市『クリオネ』が「向こうの都市全てからなる特攻を受け止めて、まだ三姉妹を前線に出さないほどの余裕が何故あるのか?」という疑問が頭を過るが……その答えも彼女たち自身が口にしていた。
特にタマの口にした答えが全てなのだろう。
都市に住む市民たちはあくまでも子供欲しさに男子に群がっているのであって、男子の権威や存在などに無条件の忠誠を誓っている訳ではないのだ。
──幸いにして、死者はほとんど出ていない。
この時代の戦闘は、基本的に各々が仮想障壁を張る関係上、そうそう死人が出ることはない、らしい。
……ろくな装備も持っていないテロリストたちは兎も角として、都市警護官の正規品レベルとなると携行用の兵器では仮想障壁のエネルギー源を枯らすのにはなかなか手間暇がかかるのだ。
勿論、都市のエネルギーを用いた電磁誘導砲の直撃を食らえば話は別であるが……
──その辺りは、お互いに分かっててやってる、らしい。
向こうの都市の警護官だって気が狂った市長の無謀且つ理屈も立たない八つ当たりのような特攻に付き合って死ぬほど馬鹿じゃないし、我が都市の警護官だってそんな理由で同業者を殺したいとは思わないだろう。
だからこそ、お互いに腰が引けた撃ち合いを続け、だからこそエネルギーが切れた相手に対し積極的な追撃を仕掛け、必死にトドメを刺そうとはしていないのだ。
──中世ヨーロッパの戦争がこんなんだっけか。
騎士同士が衝突し、相手を馬上から落としてまずやることは身代金交渉だったか。
だから延々と戦争しているというのに怨恨もそこまで募らず、決定的なダメージを与えられないからこそいつまで経っても戦争が終わらなかったとか何とか。
──まぁ、だったら解決策は簡単だな。
ここまで事態の背景が分かりさえすれば、この事態を解決する答えなんざ、あまりよろしくない俺の脳みそであっても簡単に思いついていた。