~ 問いかけ ~
仮想現実のスポーツで最も良いところと言えば、競技者間での身体能力を合わせられる、ということだろう。
実際のスポーツでは、身長体重に四肢の長さ、内蔵機能、人種、筋量に至るまで十人十色であり、本当の意味で公平な競争はあり得なかったし、だからこそ20世紀21世紀の時代では、身体能力が優れない、もしくは身体の動かし方を知らない人間はスポーツそのものを忌避するようになってしまっていた。
だけど、この未来社会ではそんなスポーツの持つマイナスイメージなど完全に払拭される。
何故ならば、誰しもが同じ身体能力……同じ性能のアバターに乗っかった上で、身体を動かすことを楽しめるのだから。
「……ちく、しょう」
尤も、そんなお題目を頭の中で幾ら唱えたところで、35戦35敗という実績を前にしてしまえば、口から出て来るのがそんな心からの罵声ばかりになってしまうのは当然だろう。
最初はただの徒競走だった。
次にハードル飛びから高跳びに移り、先ほどは無重力空間キャッチボールとあらゆるジャンルあらゆる競技を試した訳だが……それでもこの鉄面皮の警護官には一矢を報いることすら出来やしない。
「……ふぅ。
随分、動きが良くなってきましたね。
男性とはとても思えません」
それどころか、あれだけ動いたというのに……普段の機械化された身体ではなく、生身である筈のアルノーは、ろくに息すら切らしていないのだ。
俺自身は5度に渡る体力回復……要するに仮想現実であることを最大限に利用し、俺のアバターの状態を競技開始前に戻す裏ワザを使わせて貰った訳だが。
それでも俺は、この鉄面皮警護官を疲労させることすら叶わなかったのである。
「……くそったれ。
せめて、もうちょいとくらい、恥じらいやがれ」
「そんな男性みたいなことを押し付けられても……」
ちなみにではあるが、俺は20戦目辺りからハンデとして、彼女にエロ衣装を……トリー・タマ・ヒヨ三姉妹の着るようなミニスカ制服を、30戦目からは戦績極小のビキニを着せて勝負していた。
それでも、さっぱり勝てないのだから、立つ瀬がないとはまさにこのことである。
──そもそも、羞恥自体がハンデになってないんだよなぁ。
彼女自身が口にしている通り、この未来社会の女性の羞恥心はほぼ20世紀中盤の男性と大差ないレベルまで逓減していった感がある。
何しろミニスカで下着がちらちら見えていたとしても隠すことすら、動きが鈍ることすらないし……ビキニから乳房がまろび出たところで全く無反応なのだから、もうどうしようもない。
と言うか、そういう事態に陥ったことで、俺自身が気を取られ動きが悪くなってしまうのだから、策士策に溺れるとはこのことだろう。
──いかん、ここ数日、思考があからさまにおかしい。
──物事を全て、性欲で考えてしまっているぞ。
久々に触れた女体の所為なのか、単に男性機能を取り戻してから復活した性欲が思考回路に影響している所為なのか、それともこの十代前半と思しき肉体年齢に引っ張れてしまっているだけなのか。
正確な理由は不明ではあるものの、昨日までの俺ならば幾ら負け続けてイライラしているからって、セクシャルなハラスメント行為は自制していた、だろう……多分、きっと。
しかも相手が自分の身を護る警護官のリーダーなのだから、下手を打てば自分自身の生命身体の危機に直結する相手なのだ。
だと言うのに、こんなアホな条件を口にするまで止められない辺り……本当に自分自身が馬鹿になっている自覚がある。
「……あ~、済まなかったな、色々と」
「……何のことでしょう?」
尤も、そうして俺が謝罪の言葉を口にしても、アルノー自身はそれが何のことかすら理解していない……要するに、エロい格好をさせられること自体を、恥とすら思っていない男女間の羞恥の差が浮かび上がっただけだったが。
兎に角、走り回って体力を使い果たしたお陰で、ようやく頭が冷静になってきた。
これだけ疲れ切っていれば、そちらに回す余力がないらしく……エロい衝動すらも浮かび上がらなくなった俺は大の字に寝転び、布地の面積が極小なビキニに包まれた彼女の尻を眺めながら、口を開く。
「そう言えば、警護官たちの間では、どうなっているんだ?
その、遺伝子手術痕について」
態勢と視線の先は兎も角としても、それは今日俺が彼女に対して一番聞きたかったことだった。
……いや、実のところ、俺の瞳の奥にある微かな恐怖を悟られたくなったからこそ、こういう態勢でその問いを口にした訳ではあるが。
「……えっと。
少々の反響はありましたが、そう大きな問題にはなっておりません。
離職を望んだ者は僅か2名に留まっております」
その問いに対する警護官リーダーの答えは、酷く明確で……恐らく彼女もその問いを受けることを予想していたのだろう
そして、アルノーの声色から察するに、彼女自身は遺伝子手術痕に対して何ら悪感情を抱いていないのも分かる。
もしかしたらその強靭な精神力で声色を隠しているだけかもしれないものの……生憎とビキニの隙間から見える尻の皮膚と筋肉からは、彼女の内心は窺えない。
とは言え、もしも真正面から彼女の顔を見ていたところで、この分厚い鉄面皮は俺に感情を悟らせない訳だが。
「いい、のか?
3世代後に、その……」
そんな彼女の答えに若干の安心感を抱きはしたものの、もう少しだけ警護官リーダーの内心を探るべく俺は続けてそう問いかける。
顔を見せないことで瞳の奥にある不安を悟らせないようにしていた俺ではあるが、そう問いを発した声色に若干の震えが混じっていることは隠し切れなかった。
数日前であれば平然と問いかけていただろう俺の声がそうして不安を宿しているのは、ここ数日の間に彼女たち都市住民の生活を……いや、彼女たち全員が子供を抱くという未来を自分自身の双肩、もとい双玉にかかっていると自覚してしまった所為、だろう。
「確かに、そう言われておりますが、その、私は実例を目の当たりにしたことはありませんので、何とも。
それに正直……今日明日に死ぬかもしれない警護官に、数十年後の話をされても困ります」
俺の不安を察したのか、それともただ会話の続きを口にしたのか。
我が海上都市の警護官リーダーは、身体を張る仕事をしている人間としては、至極当たり前だと思しき、そんな答えを俺に返していた。
──あ~、あ~、あ~。
考えてみれば当たり前の話である。
テロリストたちが3日後に射殺されている自分を想像出来ず犯行に走るのを散々見せられたように、人間というものは想像できる未来の範囲が限られているのだ。
大体俺だと3年くらい……いや、未だ自分の遺伝子を受け継いだ子供が生まれる事態を想像出来ていないのだから、10ヶ月後も怪しいか。
我が優秀なる正妻だと100年後の視野を持っていそうな気もするが、あんな特殊例は兎も角として、一般市民の場合は俺とそう大差ないだろう。
そして、彼女たち警護官……命懸けの仕事に就いている彼女たちは、そんな一般市民たちよりももっと刹那的で、もっと人生展望のスパンが短くなってしまうに違いない。
「……まずは、我が子、か」
結局のところ、俺が告げた言葉こそが、海上都市『クリオネ』に住む全ての市民たちの……いや、この未来社会を生きる殆どの女性たちの考え方に違いない。
それほどまでにこの社会では、男性が不足しており……女性は我が子すら持てないほどに追い詰められ、だからこそあれだけの勢いでテロが発生しているのだから。
「ええ。
大体の市民はそれを望んでいると思いますし、それを叶えられるのは市長だけなのです」
誰とはなしに口にした俺の呟きを、アルノーはそう肯定する。
その言葉を聞いて、再び自分の役割を認識させられた俺は、もう一度視線を彼女の褐色の尻へと向け……性欲がじわじわと湧き上がる速度をもっと早めるべく努力する。
──男なんて所詮、ただの、種馬、か。
──しかし、良い尻してるな、うん。
自分を護ってくれている警護官の……要するに自分自身の命綱である筈の、アルノーの尻を眺めながらそんな失礼なことを考える自分を少々嫌悪しつつ。
元も、実際問題としては、この未来社会では俺の好色に満ちた視線がバレたところで何一つ苦情どころか、失礼にすら当たらず……むしろ都市中の女性たちから褒めてもらえるんじゃないだろうか?
……結局のところ。
この未来社会の女性たちは、少なすぎる男性というどうしようもない現実を前に追い詰められ過ぎていて……移住希望者の倍率や彼女たちの言葉を聞く限り、どうも遺伝子手術痕という問題は、俺やリリスや連邦政府が思っているよりも遥かに小さく受け止められているんじゃないだろうか?