~ 17万倍 ~
17万倍。
要するに我が海上都市『クリオネ』が求めている移住者募集に対し、その17万倍の女性たちが応募してきている、ということである。
転売連中が集まったアイドルのライブよりも遥かに凄まじい倍率で、もう正直意味が分からない。
──ってか、何なんだこの倍率。
そのあり得ない数字を前に、一度は首を傾げた俺は、BQCOを用いてこの数字がどういう計算で算出されたのかを確認してみる。
まず、本日の移民応募数が125名。
現在の海上都市『クリオネ』は人口5,000人で現在拡張中なのだから、全体の比率としては2.5%でしかなく、専門的な知識がないので断言は出来ないものの、そうおかしな数字ではない、ような気がする。
我が都市で平均的な居住区である2階建てのアパートが1軒で大体5~8人……面倒なので6人と仮定すると、凡そ21ものアパートがたった一日で建てられた計算になる。
尤もこれは、21世紀に置き換えると凄まじく感じられるものの、ビルですら一晩で建つこの未来社会の科学力を考えると、そこまでおかしくない数値でしかない。
と言うか、BQCOを用いて空から見てみると、道路や水道の配管、基礎から建物本体、建物内の電気水道の配管類と……今ざっと数えるだけで100を超える建物が現在進行形で建てられいるのが分かり、この数字に対しての疑問は消え失せる訳だが。
──加えて、転出者が3%強……170人ほどか。
正確には、『クリオネ』にいた女性2,000人の1%だから20人、『ペスルーナ』3,000人の5%だから150人で、170人という計算になる。
それに先ほどの125名を足して295名分の枠が空いている、と。
──で、移住希望者は……
それに対し、移住希望者の延べ人数は51,103,242……あくまでも延べ人数であり、1人が何度も応募してきている可能性があるので、正確な人数にしてみると現在よりは遥かに少ない数に落ち着くだろうが、それでも5,100万人。
「いや、おかしいだろ?
地球連邦圏の人口の半分じゃねぇか」
繰り返すがあくまでも延べ人数であり、本来の応募者はそこまでの人数ではない、筈なのだが……
──気が狂ったように応募して来ているヤツがいるな、これ……
気が向いたのでBQCOを用いて検索してみると、一番応募回数が多かった移民希望者は、海中都市『スペーメ』に住む女性で年齢が53歳、応募回数は16,721回……もうボットか何かじゃないかと疑いたくなるレベルの暴挙である。
「……病めば、こうなる、のか?」
20世紀だか21世紀だかのフィクションで、病んだ少女が男に向けて何度も何度も何度も何度も無言電話をかけるとかいうのを見た記憶があるが……もしかしたらソレは実際の事件だったかもしれないが、そんなフィクションとしか思えない、いや、フィクションだと思っていたいような行動をリアルでやらかしてやがる。
とは言え、この未来社会においては資産家もしくは才能のある人以外では、子供を持つためには都市に認められる必要がある。
特に……俺が唯一名前を知っている海中都市『スペーメ』のように、市長が高齢化してしまっている都市の場合は、目に留まる何かがなければ、妊娠どころか精子を手に入れることも叶わないのだろう。
そう考えると……大量の精子を持て余している俺が優良物件である事実は消えないのかもしれない。
──昨晩のアレで、妊娠受け入れ可能者数がまた数万は増えた訳だが。
どうやら正妻との性行為であっても、そしてきっちりと本来の目的で放出した筈の2回分……それ以外も1回あったが、それらの精子はどうやら全数とは言わないものの、大部分が回収されてしまうらしいと、今俺は身をもって理解させられた。
「……鵜飼の鵜かよ。
いや、当て馬って言うんじゃないのか、コレは……」
一度は飲み干した魚を……正確に言うと上の口で飲み干した訳ではなく、魚は比喩でしかないのだが、それは兎も角。
そうして自分に向けて放たれた男性の染色体を、どういう手段かは分からないし知ろうとも思わない……考えるとドツボにハマりそうなので具体的な描写は考えないことにするが……兎も角、ソレの大部分を回収されてしまい、他の女性の妊娠に使われてしまうのである。
そう考えると、この時代で男性と肉体関係を持てた女性も楽ではないらしい。
尤も、方法は兎も角、そうやって男性から精子を得ることこそが、恋人という存在が、都市の特権階級として暮らせる、その代償かもしれないけれども。
あと、当て馬と口にはしたものの、アレは牝馬を発情させるだけで触りもせずに別の牡馬に寝取られてしまう訳だから、比べるのが可哀想なほど哀れな存在だった。
閑話休題。
「結局、都市開発が進まない限り、応募率が落ち着くことはないのかも、なぁ」
何しろ俺の精子は文字通り余るほどあるのだ。
昨晩のあれこれを思い出した所為か、今もまた凄まじい勢いで痕付きの遺伝子が作成されている自覚がある。
ただし……
「……今晩どころか数日間は、無理かもなぁ」
俺の顔を見ただけで顔を真っ赤にして逃げ出す正妻の姿を思い返し、俺はそう溜息を吐き出す。
俺は昨晩童貞をなくしたばっかりの餓鬼じゃない筈なのだが、肉体の年齢に精神が引っ張られているのか、それとも単に男性の本体は睾丸にあるという学説が正しいのか……早くも自分が正妻の身体を欲しがっていることを自覚する。
いやむしろ、最愛の正妻ではなくても……「女性であれば誰でも構わない」レベルで性欲が暴走しそうなほど高まっている感覚まである。
──この際、アイツらでも……って考えそうで怖いなぁ。
俺の眼前に展開されている仮想モニタでは、俺のそんな思考を読み取ったのか、トリー・ヒヨ・タマの三姉妹が相変わらず自宅の仮想障壁に座り込んでいる姿を、ローアングルで映し出してくれる始末である。
流石に、正妻に手を出した翌日に浮気するほど脳みそが性欲に支配されていないとは思いたい訳だが……冗談抜きでこの精子が地球圏内の治安に直結しそうですらあり、その所為で「言い訳」と「大義名分」とが揃ってしまった現状だと、ついつい性衝動と聞こえの良い言い訳とに流されそうで……正直、俺の理性がいつまで保つか心配になってきてしまう。
──いかん。
──自重しろ、俺。
俺は眼前の仮想モニタをぶった切ると、BQCOを用いてスポーツに励むことにした。
何もやることがないからこそ、思考が性的な方向に走ってしまうのだ。
「せめて、3年くらいは、なぁ」
残念なことに誰だったかは覚えていないものの、20世紀の偉い歌手が「3年目の浮気くらい大目に見ろよ」と言っていたような記憶がある。
だから、まぁ、せめて……俺もそれくらいは我慢してみようと思うのだ。