~ 翌朝 ~
「……あああああああああぁぁぁぁ、ふぎゃっ、ぁぁぁぁぁ……」
「……どうしてそうなる?」
目を合わせて硬直すること3秒間、その直後、全裸のまま顔を真っ赤にして俺の部屋を逃げ出していく正妻を見た俺は、小さくそう呟くことしか出来なかった。
どうやらこの時代の女性にとって……しかも人生の一時期を不遇に過ごした10代半ばくらいの女性にとって、21世紀的な愛情の示し方は刺激が強過ぎて毒にしかならなかったらしい。
体力と言うか羞恥の限界を迎えて一睡し……もしかしたら気絶していただけかもしれないが、それを確かめる暇すらなく……リリスは目が覚めた途端にあの有様で逃げ出してしまったのだから。
──そんなに全力で逃げなくても、なぁ。
何しろ、ベッドや俺自身の様々な汚れは寝ている間に微細泡によって完全に洗浄されてしまい、痕跡一つ残っていないのだ。
俺がこの手で脱がした衣類の類は、どうやら部屋の全自動選択システムが収納してしまったようで……もしかしたらその手のフェチ向け設定があって、設定すれば回収を止めることが可能かもしれないが、残念ながら俺にそんな性癖はなく、そんな設定は存在すらしらなかったため、結果として彼女の衣類はこの室内に残されていない。
BQCOで記憶されている昨夜のこの部屋の映像……防犯のためにそんなのも中央政府データベースには一時的に保存されているらしいが、その映像を存在しなかったのなら、本当に昨夜の行為は夢だったんじゃないかと思うほど、俺の手元には何の痕跡も残されていなかった。
「そんなに全力で逃げなくても、なぁ」
逃げ去って行った正妻であるリリスの振りまいて行った残り香に、俺は未練がましく先ほど胸中で呟いた言葉を再び口から零す。
……どうやら俺は、余韻に浸ることすら出来ず全力で妻に逃げられたことについて、若干の精神的打撃を被っているらしい。
と言っても、まぁ、別に虐待した訳でもなく、ただ愛し合っただけでしかないので……多分ではあるが、3日くらい経てばそれなりに落ち着いてくれること、だろう。
「……さて、と」
俺は適当な衣類を……黒のTシャツと短パンという完全部屋着を身に付けると、BQCOを起動する。
未だにBQCOから脳みそへと直接知識をぶち込む方式は慣れないので、仮想モニタを眼前に展開し、検索を開始したものの……
──やっぱ、凄まじい、な。
対人関係……特に異性関係では免疫がなさ過ぎてポンコツ過ぎる我が正妻ではあるものの、彼女の仕事に関する性能そのものは疑うべきもない。
むしろ、異性関係の耐性がゼロのところにR-18のあれこれをやらかした我が身をこそ反省すべきなのだろうが、感情の昂りはまぁ仕方ないことだとして。
優秀なる我が正妻様は、ああして逃げ去った直後ですら、昨日言っておいた仕事を現在進行形でこなしている、ようだった。
「……遺伝子手術痕、か」
自分自身の身にそんなものがあるという自覚は未だにないものの、この未来社会の科学力でそう判明しているのであれば、疑う余地すらないのだろう。
そして、その真実は瞬く間に世界中に広がっている。
「……合併申請の取り消し、か」
その所為か、先日合併申請を出してきた5都市……こちらから保留・却下した2都市を除き、残りの3都市のうち、2都市から合併申請の取り消しが出て来ている。
尤も、既に物理的に合併してしまった海上都市『ペスルーナ』は分離しようとは言って来ていないようだが……それでも、元『ペスルーナ』市民だった女性の内、5%ほどが退去申請を上げているようだった。
ちなみにではあるが、元々海上都市『クリオネ』に住んでいた女性の退去申請率は僅か1%……こちらは精子量云々騒ぎの前から一緒にゲームをやった連中が殆どであり、手術痕の情報による影響が少なかったと推測される。
──引っ越し費用を減免とする、か。
それに対し、我が正妻であるリリスが打ち出したのは、彼女たちを経済的に援助するそんな政策である。
ある意味、市民の減少を後押しする悪手だとしか思えない一手ではあるものの、今回ばかりはそれほど大きな問題にはならないらしい。
「……これで、移住希望者が172,452倍か」
一時期は天文学的数値にまで上昇していた人気の我が海上都市『クリオネ』であるが、この遺伝子手術痕の情報公開によってそれほどの数値にまで落ち着いてきている。
──いや、待て。
──まだ、十分多くないか?
当然のことながら、3世代後の子孫に影響するという事実を知って申請を取り消した女性はたくさん存在しており……それ以上に、移住が叶わない現状を見越して一斉に数百も応募していた、言わば応募過激派がこの騒ぎに水を差され、身を引いたからこその倍率低下だと思われる。
加えて、退去申請を提出した女性の分、受け入れる数が増えたのも、理由の一つだろうか。
……だけど。
「それでも、17万倍ってなんだよ」
未だ凄まじい倍率を誇る移住希望者に対し、俺は天を仰いでそう呟きを零したのだった。
2025/08/09 08:47投稿予約時
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