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~ 痕その5 ~


 ──テロメア、延長、手術を受けた?

 ──いつ?

 ──どこで?


 我が正妻(ウィーフェ)の口から出た衝撃的な事実を耳にした俺の脳裏には、そんな疑問が浮かび上がってきたものの……その答えなんて考える必要すらない。


 ──この数日間の、休暇、か。


 何を話していたのかは忘れてしまったものの、5日ほど前、唐突に彼女が動きを止め、その直後に「休暇を欲しがった」あのタイミング……彼女はあの時にテロメア延長手術を決意したに違いない。


 ──待て。

 ──待て待て待て待て。


 彼女が有給申請してきたあの時、健康診断で脳の血管が切れたか程度にしか思わず、二つ返事で許可を出してしまった俺は確かに考えなしで、大いに反省しなければならないのだが。

 それでも俺の記憶が正しければ、この金髪碧眼の正妻(ウィーフェ)が硬直していたのはたったの(・・・・)5秒足らず(・・・・・)だった筈である。

 彼女の言葉が正しいならば、その5秒で……僅か5秒の間に、彼女は俺に付き合って人生を(・・・)捨てる(・・・)決断をしたことになる。


 ──いや、人生どころか、自らのDNAそのものを放棄した、のか。


 遺伝子が云々なんて難しくてさっぱり理解出来ていない俺と比べるまでもなく……彼女はその辺りの問題や将来的なリスクまで何もかもを理解した上で、3世代後を全て放棄し、遺伝子的欠損を持つ俺に付き合って人生全てを……いや、己の人生どころか子々孫々に続く筈だった自分の血筋全てを放棄する決断を下し。

 加えて、人並みの寿命すらも放棄し……人生の長さすらも俺に合わせる決断を、僅か5秒の時間で下してしまったのだ。

 

「……お前、は……」


 20世紀や21世紀の頃からも……そしてこの未来社会で解凍されてからも、ただその日その日を適当に過ごし、何となく日々を生きることしかして来なった俺にとって、この金髪碧眼の才女の生き様はあまりにも眩し過ぎて……

 直視すら、出来やしない。


「……何か?」


「……いや、負けたよ。

 完敗だ」


 正直に言おう。

 今まで俺は、この眼前で完璧に覚悟完了した少女のことを、役柄として正妻(ウィーフェ)だとは考えていたけれども……人生の伴侶として受け入れるまでの覚悟は実のところ存在していなかった。

 勿論、婚約者から正妻(ウィーフェ)へと意識が変わった時点で、彼女と関わり合って生きていく事実を受け入れはしていたものの……恐らく頭の何処かでは一歩引いていたのだろう。

 40代も近いおっさんだからとか、この子供みたいな身体は自分の本当の姿じゃないとか、若い娘さんを付き合わせるのは云々と、そういう言い訳を並べ立て、彼女のことはあくまでも「ビジネスパートナーである」と割り切っていた感はある。

 ……この時代の、同じ男子たちと同じように。


 ──だけど、もう、無理だ。


 崖から墜落してしまった俺を追いかけて、ろくに躊躇わずに崖へと飛び込むような……21世紀のドラマなんかの主人公のように全身全霊を賭けて愛してくる彼女を、どうして切り捨てられる?

 悲しいかな、そこまで誰かを愛した記憶もなければ、そこまで必死になって一人に入れ込んだこともない……適当にしか生きてこなかった俺は、リリス嬢の全身全霊に(ほだ)されてしまった、らしい。


「……あの、何か?」


 ただ、そこまでの覚悟を見せつけた当の本人は自分が凄まじいことをしたなんて全く思ってもいないようで、俺の口から飛び出た降参宣言を聞いてただ首を傾げるだけで、その意味を全く理解してはくれないらしい。

 尤も、それも仕方のないことだと思う。

 この時代の女性たちは、こうして男性一人に全ベットしても報われない……そんな生き方が当然であり、人生を捧げたところで何か見返りがあるとすら思ってもいないのだから。


 ──口で言って分からないなら、か。


 態度で理解してもらおうと思っても仕方ない。

 ……何度も何度も覚悟を見せつけられていた筈なのに、俺自身が全く分かってもいなかったのだから。

 言葉で理解してもらおうと思っても仕方ない。

 ……何度も何度も彼女が口にしていた筈なのに、俺自身がまともに受け取って来なかったのだから。

 であれば、俺のすることは一つだけ……ただ行動(・・)によって、彼女に敗北してしまったことを心の底から理解させるのみ、である。

 俺は真っ直ぐ前に一歩を踏み出して、1メートルほど離れていた彼女との距離を7割ほど縮めてみせる。


「ああああ、あな、た?」


 金髪碧眼の正妻(ウィーフェ)は、俺の行動にただただ戸惑った声を上げるだけで、それは二人の距離がゼロメートルに……俺の腕に抱かれた時も同じだった。

 それは、その小さな唇に触れた時も同じであり、彼女の身を護る最後の衣類が失われた時も同じであり……

 

 そして、俺の腕の中でリリス(Miss.)がリリス夫人(Mrs.)となった後も、あれだけの覚悟を見せつけていた筈の彼女は、ただ狼狽え顔を真っ赤にし鼻血を噴き出し、更には7度も意識を失うなど……正直、男女が愛し合うとは思えない大惨事の様相を見せていたものの。

 それでも、彼女が俺から逃げ出すことだけはなかったのだった。


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― 新着の感想 ―
今更ですが、この章の題名は有名エロゲから?
や、やった……!
何も言えない…リリスが、二人が尊すぎる
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