~ 痕その3 ~
「物流部門のチェック……地下物流の平均速度確認、2-64と7-22回線の接合部に滞留を確認。
バイパスを設ける工事を計画、概算工事費算出……承認。
上水の流速流量チェック。
問題なし、電力……漏電箇所発見、補修を修繕部に依頼」
俺が見守る前で十数分間ほど……我が正妻たるリリス嬢は途切れることなくBQCOを経由した情報を確認、そのすべてに遅延なく回答を突き付けるという、人間を超越した手腕を披露してくれた。
──優秀、なんて、ものじゃねぇ。
──脳みそ、どうなってんだ?
現状を把握し、問題点を洗い出し、解決策を提案……そうして1件につき5秒ほどで終わらせるそのサイクルを、十数分間絶えることなく続ける。
あまりにも凄まじ過ぎるその手腕を間近で見せつけられ続けた俺の感想は、もはや賞賛を通り越して罵倒に近くなっていた。
それでも、この優秀な人材が俺の正妻だという得難い奇跡には、存在しているかどうかすら定かではない神に感謝をしたくなってくるほどである。
──逃がした魚は大きかったな、ファッカーの野郎。
先日、戦争の最中にぶん殴ったクソ野郎の顔を思い浮かべながら、俺はこれほどに優秀な女性が妻である事実に、優越感を覚えていた。
ちなみにBQCOが検索したところによると、当の本人は弟の惨状を目の当たりにして、テロリストの容赦ない殲滅を宣言。
その記者会見中にテロリストの襲撃を受け、ありったけの罵声と卑語を叫びながら正妻に避難させられ、その最中の爆発音にビビって腰を抜かすという……この未来社会においては非常に珍しい、ハプニングだらけの会見放送をやらかしてくれたらしい。
本人に自覚はないだろうけれど、あのクソ野郎には間違いなくコメディアンの才能があると思われる。
偉そうにした直後に痛い目に遭う系の……自業自得系道化師としての才能ではあるが。
「さて、お待たせいたしました。
喫緊の案件は一段落しましたので……保留していた案件を済ませたいと思います」
「……お、おお」
そうして俺が顔見知りの舞台劇を……正確にはそんな彼の様相について、世界各地の女性たちの反応を眺めている間に、我が優秀なる正妻は溜まっていた仕事を終わらせたらしい。
こちらを真っ直ぐに見つめるその視線が、全く照れ臭さや恥じらいを含まない……何処となく覚悟完了した様子であることに気付いた俺は、少しだけ姿勢を正し、金髪碧眼の少女へと向き直る。
「……っ、その、実は。
実は、この海上都市『クリオネ』への移民超過をすぐさま解消できる手段に心当たりがあります」
そんな俺の眼前で、我が正妻は酷く言い辛そうにしながらも、我らが都市における最大の問題を解消する手段があると口にする。
「……おぉお?
そんな簡単な方法があるなら、何故……」
俺としては、逆にこの状況を解決する手段があるならばそれを選ばない理由が分からず……だからこそ、金髪碧眼の少女が告げた言葉の意味を理解するのに、数秒もの時間を要していた。
そして、当然のように脳裏に浮かんだ「その疑問」を問い質そうと口を開く……いや、口を開こうと下、その時だった。
「ですがっ!
ですが、あなたにとってこの方法は……非常に屈辱的なことであり、お勧めは致しません。
知りたくもない事実を、知る……ことになります。
それでも……それでもあなたは、この手段を、選びます、か?」
俺がその問いを口にすることすら許さないとばかりに、彼女は声を荒げ……呆然とする俺が我に返らないように、矢継ぎ早に言葉を続けた。
そんな彼女の様子が、我が正妻の俺への配慮を逆に教えてしまっている。
どうやら彼女が俺に何も言わさなかったのは、俺の心情を慮ってのこと、らしい。
──相変わらず、男に甘い時代だよなぁ。
21世紀も1/4が過ぎた頃なら兎も角、20世紀の後半ではむしろ、野郎はいばらの道を突っ切ってなんぼ、みたいな時代だったのだが。
それを考えると、この時代の野郎共は一体どれだけ甘やかされれば気が済むことやら。
とは言え、20世紀21世紀を生きて来た俺の感性は、女性に甘やかされるばかりの生き方を許容できるほど、腑抜けてはいない。
「……知らないと、何とも、判断出来ないが」
だからこそ俺は、真っ直ぐにこちらを見つめている正妻の碧い眼を正面から見据え、臆することなくそう告げる。
彼女が一体何を俺に隠しているのかは分からないものの……この金髪碧眼の才女が俺に何か隠し事をしているとすれば、それは恐らく俺自身の身体か心か、それとも名誉を守るためなのだろうと信頼できたから、だ。
もし何か問題があったとしても……彼女が正妻である限り、解決できないことはないに違いない。
なんてことを考えながらではあったものの、知ることからは逃げ出す気は全くない……そんな俺の覚悟が伝わったのだろう。
海上都市『クリオネ』の実質的な支配者である少女は、ゆっくりと口を開く。
「……良いですか、あなた。
心を強く、持ってください」
彼女が口にした前置きに、俺は知らず知らずの内に喉を鳴らしていた。
海上都市一つの経営を卒なくこなし、テロリストの殲滅すらも眉一つ動かさずに命じることが出来る、この優秀過ぎる正妻様が、ここまでもったいぶるほどの何かが、俺にはあるというのだから。
そして……
「あなたの、染色体全数、検査の、結果……分かった、こと、なのです、けれど……
……遺伝子の、手術痕が、確認され、まし、た」
金髪碧眼の少女は、胸中に弾丸を叩き込まれたかのように胸を抑えながら、痛ましい表情を俺へと向け、血を吐くようにそう告げたのだった。