~ 痕その1 ~
「……やべぇ、また都市が一つ崩壊してやがる」
級友である強姦魔君がテロリストの魔手から保護された、その翌日。
朝目が覚めた俺は、寝ている間に起こった出来事を把握するため、ニュースくらいは見ようと考え、寝ころんだままBQCOで検索をかけ……またしても都市の一つが崩壊したニュースを目の当たりにして、そんな呟きを零してしまう。
今回の事件も新興都市で起こっており……どうやら警護官が不足しがちな新興都市にとって、警護官を手あたり次第かき集めている俺の存在は致命的らしく、防御力が著しく低下したところをテロリストに狙われて都市機能が崩壊に陥っていた、というのが今回の事件の概要のようである。
ちなみに最終的には、「前犠牲者の強姦魔君がどんな目に遭ったのか」を知っていた市長が未来を悲観し、市長権限で海中都市の防御膜を破棄。
狙われた市長と、自業自得のテロリスト共、そしてただ巻き込まれた市民たち……それら全てを道連れにして海中都市は魚の餌へと帰した、ようだった。
──だから、もうちょっと女性の待遇を良くしろと……
今回の被害者は名前も知らない相手なので少しは気が楽なのだが、それでも貴重な男子がこう次から次へと死んでいくのを目の当たりにしてしまうと、俺としてはやはり女性の待遇をもっと何とかした方が良いと思うのだが……
そもそも、我が海上都市『クリオネ』は、給与面や業務量としては他の都市とそう大差ない待遇でしかなく……確実に他の都市と差があると言えば、他の男子と比べて30倍もの豊富な精子量と、俺自身が彼女たちをあまり差別しない程度、でしかない。
である以上、待遇を平均以上に上げか、もっと彼女たちの働きを認めてあげる程度で、警護官の女性たちが逃げ出すような事態は、格段に減るのではないだろうか?
「しかし、連邦政府もいつまでも放っておかないだろ、これ……」
幾ら何でも男子が絡んだ事件事故が発生し続けているのだ。
現実問題として、ここ数十年の間人口は一定値をキープし続けていて、そこまで人口に困ってない現状を考えると、女性が幾ら死んだところで「ただの数字」程度に扱われてしまうのは明白だろう。
だけど……貴重な男子の死は未来の子供の数に直結しており、社会全体においても大ダメージになり得る事態なのだ。
そうして俺が何とはなしに連邦政府の政策について意識を向けた所為だろう。
──う、ぉ?
俺の疑問に対し、BQCOはすぐさま検索結果を寄越してくれる。
そこには、この緊急事態に対し地球連邦政府が打ったと思しき幾つかの政策が列記されていた。
──第一案、海上都市『クリオネ』に対し、精子量情報の修正を要求。
──第二案、海上都市『クリオネ』に対し、荒唐無稽の噂話の訂正を要求。
──第三案、海上都市『クリオネ』に対し、警護官の引き抜き条件是正の申し入れ
当然のことながら、正妻が休んでいる以上、これらの再三の要請は全て無視されており……今後は強制執行を視野に入れた政策案を検討中、とBQCOが連邦政府の方針を伝えて来る。
流石に、未だ補助金漬けである発展途上のこの海上都市において、連邦政府からの通告を無視してやっていける筈もなく、そもそも彼我の経済力・武力差は歴然であって、戦争どころか一方的に潰されて終わるだけの存在でしかなく……こうして再三の要求が来ているのを無視して良い筈もない。
「……やっべぇ」
ソレを認識した瞬間、俺の口からはそんな呻き声が零れ出ていた。
当然のことながら正妻リリス嬢が実務を担当していたとは言え、法的に言えば、海上都市『クリオネ』の責任者はこの俺なのだ。
だから、この手の通告が来ていた事実を「知らなかった」では通用しない。
問題は……だからと言って何かが出来るかと言えば何も出来ないという点だろうか?
「……情報修正ってどうやるんだ?」
恐らくBQCOを経由してノウハウを検索しながらやれば、出来ないことはないだろうけれど……既に凄まじい反響を呼んでいて移住希望者が天文学的な数に上っているこの状況で、今さら精子量の情報を修正したところで意味はないだろう。
「噂話の修正については、やり方すら検索できん」
そもそも噂話なんて人々が各自で情報交換を進めていく上で形になっていくものだろう。
その軌道修正なんて情報戦……21世紀でもインターネット上で何やら情報戦が行われていると聞いたことはあるのだが、そのやり方なんて分かる訳がない。
大体、BQCOによって誰がどの発言をしたのかしっかりと確認できるこの時代においては、適当に掲示板で呟けば良いというモノでもないだろう。
「すると、三つ目は……出来る訳がないだろうっ!」
海上都市『クリオネ』の警護官募集要項に応募している女性の内、直前までの実務歴のある警護官を選択し、重要な役職に就いていたモノを除外するよう雇用条件に書き直せば良いのだが……口で言うは易し行うは難し。
優秀な正妻であるところのリリス嬢が組んだ採用条件で現在は進行しているのだ。
俺なんかが下手にいじってしまえば、今よりも遥かに状況が悪化する恐れがあり……俺が迂闊に触れて良いものではないと考えてしまう。
結果として、俺はただ連邦政府からの通達を前にしたまま、ただ胃を痛めることしか出来ず、そうして眼前の仮想モニタを眺めている内に、またしてもテロリスト襲撃の第一種警報が流れ始め……
「いい加減にしやがれ、クソ野郎っ!」
俺はそう吠えると、八つ当たり気味に海岸沿いの電磁加速砲を市長権限で動かし、テロリスト共に向けて実弾をぶっ放す。
生憎と素人が制御した射線では、ろくに命中もせず……当たったところで単発では輸送機の仮想障壁によって阻まれてしまうという何とも残念な結果に終わってしまった訳ではあるが。
まぁ、少しだけ気は晴れた。
「あの、市長?
もしかして電磁加速砲の操作をなされたいのでしょうか?」
「いや、八つ当たりしただけだ。
防衛はお前に任せるっ!」
俺が衝動的に訳の分からないことを仕出かしたというのに、警護官のリーダーたるアルノーは一切俺を責めることなく、非常に不利になるにも関わらず電磁加速砲の操縦権を渡しかねない訊ね方をしてくる始末である。
こと戦闘において自分の技量も判断も信頼出来なかった俺は、警護官のリーダーにそう叫ぶと、戦闘の様子を写した仮想モニタを縮小化し、政府通達を映し出した仮想モニタを眼前に持ってくる。
「……どうしたもの、か」
そうして、考えても考えても結論が出ない現状に、俺が胃を抑える。
俺自身は、自分が都市の長であるなんて自覚、欠片も持ち合わせていないと思っていたのだが……どうやらこの海上都市に対し、知らず知らずの内に「都市の窮地に責任を感じる程度」の愛着は湧いていたらしい。
全く何の解決にもならない、今さらながらのその事実に俺が溜息を一つ吐き出した……ちょうどその時だった。
「あの、あなた?
何かお困り、でしょうか?」
愛しの正妻であるリリス嬢が、長かった休暇をようやく終えてくれたのか、ふと自室のドアから顔を出していたのだった。