~ 治安の悪化 ~
俺自身が元凶と言われれば全力で否定したい事実ではあるが……「この未来社会の治安が俺の影響によって非常に悪くなった」というのは別に何の根拠もない流言飛語の類ではないらしい。
その辺りの因果を聞かされた後だと、昨日仮想現実内でとは言え顔を合わせた「強姦魔君がテロリストたちに拉致されてしまった」というニュースを耳にしてしまうと、少しばかり自責の念を覚えてなくはない。
──実のところ、直接の責任なんてないんだけどな。
俺と正妻であるリリス嬢が意図せぬ形で公開してしまった俺の精子数のデータ……それと、噂レベルで流れている「俺の遺伝子で生まれる子供の確率は男女比1:1である」という情報。
それらによって、現在の都市生活……「高額の税を納め、男子を最上として崇める形で男子の精子を授かる」という、歪だったとは言え、それなりに成り立っていた未来社会の秩序が壊れてしまったことは紛れもない事実だった。
──本当は、俺の所為って訳じゃないんだけどな。
実際問題として、テロリストの発生件数そのものはそう変わっていないのだ。
現状に不満を覚えた女性が暴力に身を委ね、都市を襲うなんてのは、21世紀でも普通に発生していた強盗と同レベルの犯罪でしかなく……こう言っちゃ悪いがただの日常茶飯事でしかない。
変わってしまったのは、都市側の防衛能力である。
俺の精子量に希望を抱いた……要するに都市で警護官として働いていても子供すらろくに持てない、そんな労働環境だったからこそ、一縷の望みをかけて海上都市『クリオネ』への移住を願う女性たちが増えてしまったのだ。
結果として、人員が流出してしまった都市は、防衛能力が低下し……今まで何とか撃退出来ていた筈のテロリストたちの攻撃を食い止め切れず、市長が心中させられたり拉致されたりと、深刻な被害を被ってしまっている。
「よくよく見てみると、あちこちでも被害が出ているんだな……」
空中都市でテロ被害、海上都市でテロ被害、衛星軌道都市でテロ被害……どれもこれもそう大きな被害ではなく、防衛戦力が低下した所為で今まで水際で食い止められていたテロリストによる被害が都市本体にまで出てしまった、程度の事件ではあるが。
言われてみれば確かに、これらの被害は間接的とは言え俺に……海上都市『クリオネ』にあると言われてもおかしくない。
何故ならば、我が都市が拡大するに併せ、正妻が最初に行ったのは警護官の拡充だったから、である。
──先見の明があるというか。
──やや強引過ぎるのが少々問題だが。
リリス嬢としては、自らの都市が……そしてそれの根幹たる俺の身の安全のみが大事だったのだろう……対象者の自由意志に従った形とは言え、何の遠慮も容赦もなく他の都市から警護官を引き抜き、海上都市『クリオネ』の防衛に回してしまっている。
だけど、問題が大きくなり過ぎていることから察するに……恐らく現状は、我が正妻としても予想外の事態なのだろう。
彼女がお休みに入ってしまったが故に、AIがあらかじめ決めていた点数表に基づいて移民希望者から点数が高い人材を……警護官を例にしてみてみると、経験が豊富で戦闘能力に長けた人材であれば優先して雇用するようになっている。
結果として、都市警護の要となっていた筈の人材を、情状酌量の入る余地もなく、ただ機械的に引き抜いてしまい……引き抜かれた都市では治安が非常に悪化、ついには市長が拉致される事態にまで発展してしまった訳だ。
「あ、見つかったのか。
……早いなぁ」
そんな考察をしている間にも、拉致された強姦魔君は見つかり、保護されたらしい。
当たり前の話であるが、地球圏に暮らす人々には、個々にBQCOが埋め込まれており、リアルタイムで各々の位置情報が中央政府のデータベースに挙げられているのだ。
男子にしてもそれは同様であり……誘拐して見つからないなんてこと自体、あり得ない。
唯一の手段として、位置情報を政府に教えている装置……即ちBQCOを破壊するという方法があるにはあるのだが……それは21世紀で言うところの、今後の人生全てんいおいて「スマホとインターネットと電話、保険と医療機関、行政機関に銀行口座の全てを放棄する」行為に等しい。
──リアルタイムの健康チェック機能に、外付けの知識も兼ねているから、それ以上か。
それら全てを失う覚悟をして初めて、人類はBQCOから自由になれる訳で……そんな決断が出来るヤツなら、犯罪なんて起こす筈もなく。
結果として、瞬間で市長の居場所どころか、犯人の名前、年齢容姿体格、住所に今まで使った仮想現実のあれこれまで全てが筒抜けになる時代である。
当然のように犯人は位置を特定され、男性資源独占禁止法第一条と第三条、第五条の違反によって、その場で全員が射殺された、とのことだ。
尤も……
「保護されたからと言って、男子が無事とは限らない、か」
俺がそう呟いたとおり、保護された強姦魔君は酷い状況だったらしい。
まぁ、あの性格だから連行される際に虚勢を張って暴言を吐きまくり、殴る蹴るの暴行を受けたことは想像に難くないし……そして、女性たちが精子を求めている以上、テロリストたちの性の対象となってしまったことも、至極当然のことに違いない。
市長権限でもそう細かいことまでは調べられなかったものの、全身に殴打痕、心身の激しい衰弱に深い精神的外傷、更にはそれらに伴って精子作成能力に重大な欠陥が生じている、とある。
──因果応報、か。
女性をモノとしてしか扱わなかったから、女性からモノとして扱われる。
21世紀に生まれ育った俺としては、仕方ないことだなぁなんて考えてしまうのだが、この時代の男子としては、女性なんて自分の都市に住まわせるものかと考えるアホが出て来てもおかしくはない。
そんなことを考えた所為でふと気になってBQCOで検索してみると、ただでさえ多かった警護官の応募数が更に20%ほど膨れ上がっていて……各都市での女性への当たりがますます強くなったんだなと容易に推測される。
結果として……
「……また都市が幾つか落ちるな、これは……」
都市全体の防衛力低下が更に加速し……またしても男子の身に危険が迫ることになるのが予測できる。
とは言え、これも揺り返しでしかないのだろう。
男性が女性を軽んじ過ぎた結果として、男性が女性に護られるに値しない存在になってしまっただけなのだから。
また男性がある程度減ると、女性を……最低でも警護官を大事にしようとする風潮が生まれ、都市の防衛力が強化されるに違いない。
──そろそろ、だよなぁ。
何となく混迷を始めた社会情勢を前に、俺は内心でそう呟く。
正妻であるリリス嬢がお休みとやらを取ってから既に数日が経過しており……そろそろ仕事に復帰してくれる筈、である。
一応、都市政策そのものは彼女が休む前にAIに組み込んだ条件付けで進んでおり、大きな錯誤はないと思いたいものの……ここまで情勢が急変してしまった今では、正妻本人でなければ下せない判断も多数存在している筈、だった。
「……早く、戻って来てくれないか、なぁ」
俺は沿岸部でまた発生したテロリストと警護官たちとの戦闘を眺めながら、何となくそう呟いていた。
どうやら俺自身も「自らの身の安全が保障されていないかもしれない」という不安に、若干の心細さを感じていたらしい。
正妻である金髪碧眼の少女が復帰したのはその翌日。
……またしてもテロリストが襲撃してきた頃のことだった。