~ 同級生殺しその2 ~
俺が600年もの間、進化出来なかったらしいブラック企業経営者的精神について考察を巡らせている間にも、強姦魔君が俺を糾弾する言葉は続く。
「そうして防衛能力を失ったアイツの歩行都市に、テロリスト共が押し寄せて来たんだっ!
『遺伝子共有連盟』なんて名乗っているテロリストがなぁっ!
追い詰められたアイツは、己の身に迫る絶望的未来に耐えられず、市庁舎を巻き込んだ自爆を選ばざるを得なかったのだっ!」
この同級生が口にしていることが事実かどうか、残念ながら俺に確かめる術はない。
とは言え、さっきの演説を聞いている最中に俺の脳裏を走った凄まじい既視感が、見知らぬ一個人が掲載していた「地上歩行都市『陰茎』が崩壊した理由」とやらと非常に類似している、と教えてくれたものだから、彼の演説が十分な信頼性を担保しているとは言い難かった訳だが。
ただ、その演説を聞かされた俺の感想としては……俺と同じ程度の知識しかないのに、亡くなった陰茎君に感情移入しまくった挙句、身勝手な義憤に駆られて、ただぎゃーぎゃーと喚いているだけ、としか思えない。
──そうすると、もう此処に用はない。
学校なんて下らない場所にわざわざ足を運んだのは、陰茎君についての情報を仕入れたいからであって……こんなクソ面倒なだけの、クラス会のつるし上げみたいな陰湿な茶番劇なんざにわざわざ付き合わされるため、ではないのだ。
「分かったか、自分の罪深さがっ!
だったら謝れよ、ほらぁっ!
お前の嘘が俺たち全員の命を脅かしているんだからさぁっ!」
「そ、そうだっ、謝れよっ!」
「お前の所為なんだからなっ!」
ただ……こうして一方的にとは言え、正義の側に立った自分に酔っているのか、それとも同級生の死に怯えているのか……視野狭窄に陥ったアホ共が言いたい放題言ってくれるのを見てしまうと、どうもこう、反発するものを覚えてしまうと言うか。
──悪い癖と、分かってはいるんだが……
俺自身は未だ21世紀から零れてしまった前時代の遺物に過ぎず、この時代の男共とは全く意見が合わないのは重々承知の上であり……一度はその所為で戦争まで引き起こしてしまった身である。
だからこそ、俺は「自分の正義を貫こう」とか「コイツら腑抜けた男子共を教育してやろう」などと偉そうなことは考えないようにしている訳だが……
──ただ、まぁ、一つだけ……
それでも、「コイツらが少しばかり良い人生を送れれば良いかな?」程度の感覚と……後は一方的に責められ続けた所為で、一言くらい意趣返ししたい気分も背中を押してくれて。
俺はついつい一言余計なことと理解しつつ、口を開いていた。
「それらは全部、お前ら自身が女性を大事にしないからだぞ?」
……そう。
この時代の野郎共は、自分に寄って来る女性があまりにも多すぎる所為で、彼女たちに養ってもらっているという本質的なところを見失い……だからこそちょっとばかり精子作成能力が勝った男が現れただけで、重要な役割を担っていた女性にまでさっさと逃げられてしまうのである。
しっかりと信頼関係を構築していれば……勿論、男女間のそれとは言わないものの、雇用関係としてだけでも「上が自分たちの仕事を見てくれている」「自分の働きに正当に報いてくれている」と分かれば、女性たちもそうそう他の都市へは行かない筈、なのだ。
何しろ都市間移住にはそれなりに大きな金がかかる。
しかも、今まで都市に貢献し続けてきた『蓄積』も全て投げ捨てることになるのだから、都市から女性が逃げるというのは、重大決心が伴う一大事に他ならず……俺みたいなのが出て来ただけでほいほい逃げられること自体がおかしい。
──そりゃ、少しばかりは例外もいるだろうけれど。
どんな時代、どんな国だろうとも、新天地を求めて飛び出す類の……言わば人生を乾坤一擲に賭ける類の人間は必ず出て来るものだ。
そんな例外個体は置いておくにしても……陰茎君の陸上歩行都市とやらにどれだけの人口がいたのかは分からないけれど、都市防衛すら叶わないほどの人材が一気に抜けてしまうなんて、都市側に余程の問題があったと考えるべき、だろう。
ましてやテロリストたちの動きが活発化している中で……こればっかりは自分に多少の原因があるのは否めない訳だが……そんな中で警護官の人手すら失って死にたくないならば、待遇改善を図り彼女たちを引き留めるくらいは当たり前のようにするべきではないだろうか?
「い、言うに事欠いてっ!
自分の過失を棚に上げてっ!」
「陰茎君がどれだけ精子を搾り取られるのを苦痛に思っていたかっ!
それでも彼はっ、必死に市長としての義務を果たそうとしてっ!」
「それをあたかも俺たち男子に問題があるようなっ!
責任転嫁も甚だしいっ!」
だけど、俺の誠心誠意、本心からの忠告は、そんな怒声と罵声に埋め尽くされて消えてしまう。
確かにずっと寝てばかりだった陰茎君とやらが義務を果たすために苦労していたのかもしれないが……俺が言いたいのはそういうことじゃなかった。
──理解すら、してもらえない、か。
分かってはいたものの、この時代の男性にとって女性という存在はインフラや防衛、ひいては自らの生活を担ってくれる基盤などではなく、自分に寄生するだけのただの性犯罪者でしかない、ということなのだろう。
その事実に大きな溜息を吐き出した俺は、これ以上の語る言葉も、説得する義理すらもなく……そのまま教室を去ることとする。
「にっ、逃げるのか、この人殺しっ!」
「罪をっ、罪を償えっ!」
「お詫びの言葉もないのかっ!」
……背にそんな罵声を受けながら。
何が面白いって、ここまで全員が激高していながらも、俺の半径10m以内にはあの強姦魔君ですら入って来なかった点だろう。
一度、強姦魔君の兄貴であるファッカー野郎をぶん殴ったことが抑止力として働いているらしい。
もしくは、ここまで義憤に駆られ俺に暴言を叩きつけていたにも関わらず、彼らは自分自身が傷つくことを一切許容していなかった、ということなのかもしれない。
「……あの様子じゃ、危ういかもなぁ」
21世紀のブラック企業あるあるではないが、社員が過労で倒れるもしくは離職すると、他の面々にソイツの負担が科せられてしまい……ただでさえ限界値で働かされていたところに、さらに労務が増え、しかも待遇が変わらないものだから別の社員も限界を迎え……結果として会社そのものが崩壊してしまった、という事例を耳にしたことがあった。
同じように、彼ら男子校生も女性を一切大事にする気がないから、俺の都市へと移民を申し出た警護官が出た時点で、彼女が担っていた労働は他の女性に振られてしまい……結果として超過労働が横行する事態になってしまうのが目に見えている。
しかも待遇が変わらない……変えようという発想すらないのだから、そりゃ脱走者が加速度的に出てしまうのは当然だろう。
「……また、誰か死ぬかもなぁ」
連邦府立鼠子金玉学校からログアウトした俺は、ベッドに大の字で寝転んだままそう小さく呟きを零す。
あれだけ叫んでいた当の強姦魔君がテロリストに拉致されたという情報が入ってきたのは、その翌朝のことだった。
2025/07/16 20:05確認時
総合評価:14,560 pt
評価ポイント合計:8,438 pt
評価者数:957 人
ブックマーク:3,061 件
感想:343 件
レビュー:1 件
リアクション:6,329 件