~ 同級生殺しその1 ~
久々に顔を出した連邦府立鼠子金玉学校の、自分の教室を見渡してみれば、見知らぬ顔ばかりが並んでいて……俺は違う教室へ来てしまったのかと思わず首を傾げてしまっていた。
「……なん、だ?」
しかも、教室内の男子全員……と言っても6人程度だが、こちらを睨みつけているものだから、居心地悪いことこの上ない。
その怒気に一切の心当たりがなかった俺は周囲を見渡し……全員が全員見知らぬ顔ばかりではなかったことに安堵の息を零していた。
「……よっ、久々だな」
俺がそんな声をかけた先に居たのは、あの都市間戦争以来顔を合わせることのなかった級友強姦魔君だった。
正直、コイツの兄貴を戦争中とは言え、公衆の面前でぶん殴ってやった訳だから、少しなりとも気まずさはあるものの……周囲全員から敵意を向けられている今は、顔見知りという事実に少しだけ安心する。
──となると、見知らぬ顔ばかりなのは、違う曜日だから、か。
コイツの兄貴をぶん殴って以来、強姦魔君とは顔を合わせておらず、恐らく通う曜日を変えたんだろうなぁとは思っていたが……いつもと違う曜日に来ると、ここまで違う面子ばかりとなるらしい。
理由はどうあれ、少なくとも俺はちょっと喧嘩した後の気まずさよりも、この異質な空間内に顔見知りがいる事実の方が大きかったのだ。
だけど。
「よくも、まぁ、のこのこと顔が出せるな、クリオネぇ!
お前は自分が何をしたのか分かっているのか、この人殺しっ!」
当の強姦魔君の口から放たれたのは、そんな全く心当たりのない、意味不明の怒号だった。
コイツの声によって周囲の男たちも俺を睨みつけ……いや、全員顔が引きつっているのと、半分は俺から遠ざかろうと後ずさっているのを見る限り、悪意を向けられているというよりは脅えられていると言った方が正しいのかもしれない。
「……何の、ことだ?」
とは言え、理解出来ないことは素直に聞く。
この動作に全く躊躇いがないのは、俺が社会人をやっていた証拠だろう……ちゃんと出来ていたかどうかについては、記憶が朧げな所為であまり自信がないけれども。
そして何より、コイツら全員に凄まれたところで、所詮は軟弱な野郎共……21世紀人の1/30の精力しかない貧弱な坊やばかりであり、凄まれたところで全く怖くない辺りが、俺が素直にそう訊ねられた最大の理由だった。
「自分が何をしたのか理解もしていないのかっ!
陰茎が死んだだろうっ!
お前の所為でっ!」
俺の問いに対する強姦魔君の答えは、そんな因果関係が全く理解できない無茶苦茶な理論だった。
実際問題として、俺は陰茎君とリアルな戦争をした記憶もなければそもそも言葉を交わした覚えすらなく……仮想現実でしか顔を合わせたことすらない相手を、どうやって殺せば良いんだろう?
「……色々と突っ込みたいんだが。
まず、殺す相手を仮想現実から出す方法を教えて欲しい」
某一休さんの屏風の虎の逸話を思い出した俺は、別に韜晦するつもりもなく素直な気持ちでそう問いかける。
だけど残念なことに、俺の意図は全く通じなかったらしい。
「ふざけんなっふざけんなよっお前っ!
自分の罪がまだ理解出来ないのかっ!」
「そうだそうだっ!
人殺しっ!」
「陰茎君に悪いとは思わないのかっ!」
元々俺に敵意を抱いていてもおかしくない強姦魔君が顔を真っ赤にして怒鳴ると、俺の態度に怒りを抑え切れなくなったのか、周囲の男たちも口々にそう同調し始める始末である。
──やべぇ。
──話が通じない。
もしかしてこの未来社会では「仮想現実で実際に人は殺せません」とかいう当たり前の教育は為されないのだろうか?
いや、万に一つの可能性として未来技術によりVRMMOデスゲームが実装されていて、その技術を用いれば仮想現実内でも人が殺せるような仕様が……
──ないな。
BQCOを使って検索したところ、そんなアホなゲームは存在しないし、存在したところで「貴重な男子がプレイすることはあり得ない」という回答が返って来て、その当然の検索結果に俺は安堵の溜息を零す。
しかしながら、その場合……一斉に「人殺しっ!」なんて叫んでいるこの男子校生たちは、一人残らず真面目に「仮想現実内で人を殺した」俺の罪を糾弾していることになってしまう訳で……
「……絶対、BQCOを用いての睡眠学習に失敗してるだろ、コイツら」
正解に言うならば、外付けの知識はあっても根本的な知恵を鍛えていないから、論理の整合性よりもその場の気分を選んでしまっているのかもしれない。
考えてみれば21世紀のインターネット上でもどう考えても理に適っていない意見に対し、もの凄い勢いで「いいね」がついていたような……
またしても俺は、人類の知性は600年程度では全く進化しなかった実例を目の当たりにしてしまったようだ。
「分からないようだから、俺が教えてやるよっ!
お前の罪をなぁっ!」
そうして俺が要らぬことを考えていた所為だろう……話を続けても埒が明かないと悟った強姦魔君がそんなことを言い始めてくれた。
俺はこれ幸いとばかりに眼前の、少々気が短すぎる少年の話に耳を傾けることにした。
「お前は捏造された精子データを元に各都市から労働力を奪っているっ!
その結果として、陰茎の都市から警護官が逃げ出したんだぞっ!」
級友の口からそんな純度100%の言いがかりが飛び出て来た時の俺の心境は、一体どう言い表せば良いのだろうか?
今まで散々「女なんて精子に群がる寄生虫」みたいな扱いを続けておいて、現実として良い条件を提示された女性が都市を見限って離れ、その所為で都市経営に支障が出てしまっただけで、良い条件を出した都市の方を責めるのだ。
──今までの自分たちの言動を顧みてくれよ……
俺が内心でそう大きく嘆息したのは、仕方のないことだろう。
尤も……21世紀においてもブラック企業とやらは従業員を死ぬ寸前まで酷使しておいて給料すら払わず、その従業員が逃げ出したところで退職代行業者を責めたり逃げ出した従業員を責めたりするばかりで、自分たちの提示した待遇の酷さについて顧みることが全くなかった、なんて事例もある。
反省できないというのは、人を加害して平然としている人類の……俗に言う人でなし共が持つ、時代を超えて共通した致命的欠陥なのかもしれない。