~ 訃報 ~
「……さて、ようやく落ち着いた」
テロリストのダブルヘッダーなどと言う、ハードなアクション映画ですらやらないような出来事に遭遇し、そして一夜が明けたその翌日。
仮想現実空間内で大型蟻の大量虐殺というルーティーンを終えた俺は、ベッドの上に寝転んだまま、静かに息を吐き出すとそんな呟きを零す。
実のところ、昨夜は三姉妹のコントを聞かされている間にすっかり忘れてしまっていたものの……やはり俺は、「自分が何故北極の海に沈んでいたのか」という疑問から目を逸らすことは不可能だったのだ、
──と言っても、手掛かりはないんだよなぁ。
昨日、一瞬だけだったとは言え、BQCOを用いて中央政府のデータベース内を漁ったので理解はしているが……俺の過去に類する検索結果は残念ながら『該当なし』という非情なモノだった。
そもそもカルテを調べようにも過去の自分の名前すら覚えておらず、冷凍保存されたきっかけは病気だったような覚えがあるものの、その病名すらも覚えておらず。
こんな曖昧な……と言うか、手掛かり一つない状況で検索したところで、欲しい答えなんて浮かぼう筈もない。
「……北極の都市の情報は……」
海底から引き揚げられた俺が暮らしていたあの北極の廃棄都市……名前も知らないあの施設についてならば、検索は可能である。
とは言え、何年前に市長の男性機能が停止し、何年前に市長が死亡、その後は年々人口の減少が続き、人口が10人を割った時点で連邦政府からの補助金が停止し、宇宙歴何年に事実上都市としての機能を失った……等という歳の歴史を知ったところで、何の意味もありゃしない。
「くっそ、何か手掛かりは……」
そうして瞬間で行き詰った俺は、藁をも掴む思いで、BQCOを通じた検索の、敢えて精度を落とすことで、情報を頭の中に溢れさせてみた。
正直なところ、そこまで成果を期待しての行動ではなく、「思考の隅っこに引っかかるものがあれば」程度の気持ちだったのだが……
「……ん?」
直後に引っかかったのは、大陸にある歩行都市『陰茎』の崩壊という非常にショッキングなニュースだった。
──何が、あった?
寝ころんだままさほど脳みそを使わずに検索を行っていた……21世紀で言うところの、布団の中で寝転んだままスマホでネットサーフィンみたいな感覚で検索をしていた俺は、そのニュースに慌てて飛び起きると、本腰を入れて情報を頭に叩き込む。
……だけど。
「くそっ、政府のデータベース以外、デマばかりじゃねぇか」
BQCOで検索をかけたところで、中央政府のデータベースは確定している事実しか出さないので、大陸にある歩行都市『陰茎』の崩壊という情報以外は引っかからず。
それ以外の情報を検索しても「市長死亡」とか「正妻も同時に死亡」とか、「警護官12名殉職」とか「都市の歩行機能喪失」とか……その程度の真偽すら定かではない情報しか拾えない。
それらのニュース等は、地球圏各地の女性たちが類推や憶測混じりで莫大な量の情報を垂れ流し続けた結果であり……それらがいちいち引っかかるものだから、何が真実で何が嘘かさっぱり理解出来やしないのが実情だった。
都市崩壊の原因について、テロリストの襲撃説から始まり、正妻による無理心中説とか、精子作成能力の低減に苦心していた市長が自死し、止められなかった警護官が後を追ったなんて情報までもが横行しているものだから、もう信用出来る出来ない以前の問題である。
ついでに言うと、飛び起きたところでBQCOの性能が変わる訳でもなければ記憶力に影響がある訳でもないので、実のところ俺が飛び起きた行為には、「気合が入ったような気がする」以上の意味はなかった訳だが。
「……もう少し情報が知りたい、な」
陰茎君はずっと寝てばっかりで殆ど話したことがないとは言え、一応は同級生に当たる少年である。
どう考えても同年代ではないし、彼が死んだところで俺自身に何か影響がある訳でもないのだが、それでも知っている人間が死んでしまうと多少の動揺は避けられないものだ。
正直な話、俺自身が現在進行形で動揺しまくっていて、自分の過去を調べるどころではなくなっている自覚がある。
ここは一体落ち着いて、ゆっくりと検索を進めるためにも陰茎君に何があったのか、正しい情報を仕入れる必要があるだろう。
「……学校に、行くか」
そうして悩みに悩み悩み抜いた俺が出したのは、そんな結論だった。
当の陰茎君との唯一の関りだった……そもそもこの未来社会では、男子同士の関りなんてあの変な名前の学校だけしかない訳だが。
取り合えず、ここで寝転んだまま進まない検索結果にイライラするよりも、少しはマシな情報が手に入るに違いない。
そう決断した俺は、そのままベッドに横になって……BQCOを使っていつもの連邦府立鼠子金玉学校へと意識を飛ばしたのだった。