~ お茶会への招待 ~
眼前に迫る右脚を紙一重で躱すと共に、俺は大きく前へと踏み込んだ。
近接短打すら考えてない完全に寝技狙いが見え見えの俺の突進は、何度も相対している『白兎』にとっては読みやすい選択だったのだろう。
俺のタックルを迎え撃つのは、右脚を放った無理な体勢から『白兎』が強引に放った左の裏拳だった。
「……その程度っ」
だけど金属製の義体に身を包む今、蹴りを空かされた遠心力を利用しているとは言え、拳一つで止まるほど俺のタックルは甘くない。
「甘いっ!」
とは言え、金属製の頭蓋を伝った衝撃によって、俺の動きが一瞬だけ精彩を欠いたのは事実であり……その僅かな隙を狙ったらしき『白兎』が突然取った後方宙返りによって、虚を突かれた俺の身体は完全に動きを止めてしまう。
直後、俺の顎を『白兎』の踵が突き上げ……サマーソルトなんて格ゲーの魅せ技でしかあり得ない動きによって俺は完全に意識を断ち切られたのだった。
「……負けた、ぜ、畜生」
「二匹のドジョウを狙いたい気持ちは分かるけど、狙いが単調になって来てるね。
もっと攻撃を上下に散らして狙いを隠さないと……」
と言う訳で、本日も暇を飽かし「物理的処置済みの全身機械化警護官の体験ゲーム」をやっていた俺ではあるが、今日は珍しく対戦相手だった『白兎』に「先ほどの戦いの悪かったところ」を聞いていたりする。
本来ならば勝敗が決した時点でお互いが何も言わずにログアウトするか、もしくは次戦へと取り掛かるのだが、今日は何故か『白兎』の方から話しかけて来たのだ。
──参考に、なるにはなるんだが……
──畜生。
正直、真正面から戦ってぼろくそに負けた相手に教えを乞うほど悔しいものはなく、俺は内心でそう毒づきながら彼女のアドバイスに耳を傾けていたのだが……まぁ、どうせ暇な身である。
それに、ただの辻ゲーマーに負けたのではなく、そろそろこの『白兎』とも対戦回数を重ねて来ており、今や相手の義体性能はほぼ熟知しており、性格もほぼ理解した所為で動きがほぼ読め……正直、あの男子校の同級生よりも親しいくらいである。
尤も……
──素顔すら知らないんだけどな。
この「物理的処置済みの全身機械化警護官の体験ゲーム」は義体での対戦を行う性質上、相手の顔も本名すらも知り得ない実情があった。
いや、やろうと思えば、ただ男子特権を使うだけで女性のプライバシーなんて紙切れ以下の効果しかなく、相手がどこの誰々なんて瞬時に分かるのだが……ネット区間で相手の個人情報を盗むのは、流石に人としてのマナー違反だと俺は考えているので、それだけは自重している。
「で、何か用なんだろ?」
「……ああ、『クリ坊』。
キミともそれなりに長い付き合いになってきたからな。
我々の……『お茶会』に招待しようと思って、うん」
彼女はそう告げると、BQCO経由で俺にとあるURL……正確には仮想空間の四進数からなる座標値とアクセスコードなのだが、BQCOを通せば、21世紀人の俺の感覚的にそういう表現になってしまう……その仮想現実空間の座標値とアクセスコードとを手送ってきた。
「……なるほど?」
「まぁ、同じゲームのプレイヤーでのオフ会みたいなものだよ。
別に素顔や本名を晒す訳じゃなく、ただの交流の場だからさ」
何となく詐欺に遭ってる感は拭えないものの、残念ながらこの場は仮想現実空間。
そもそも金銭的な詐欺の場合、個々人レベルの詐欺では被害に遭ったところで市長として都市行政規模の財産権を持つ俺には全くダメージにすらならないし……
性的な被害の場合、多少のセクハラは21世紀人の俺にとってはご褒美としか映らない上に……万に一つ彼女たちが仮想現実空間内に閉じ込めようとしても俺には市長権限があり、一般市民レベルで仕掛けられるブロックなんざ、瞬間で振り払えてしまう。
ついでに言うと、仮想現実で繋がっている場合、別に自分の都市の市民でなくとも、男性権限を用いれば相手に電気的処置を仕掛けられることはBQCO経由で知っていた。
──まぁ、ぶっちゃけコイツに勝つ方法を模索している時に気付いたんだけど。
流石にソレは性差を利用した人道を無視したレベルのチート技であり、そんなんで勝利しても嬉しくもなんともないので封印した経緯があるのだが。
それは兎も角。
「ようこそ、私たちの『お茶会』へ」
「……おおう」
ゲームを中断し、その仮想現実のアクセスコードを利用した俺は、仮想現実特有の視界のブレに一瞬だけ立ち眩んだ後、周囲を見渡して思わずそう唸ってしまう。
何故ならば、眼前には文字通りのお茶会……洋風の四阿であるガゼボとかいう建物に、小さなテーブルとイスと、ティーセットが並んであった訳だが、俺が唸ったのはそんな理由ではなくて。
「私たちの『お茶会』へ、ようこそおいで下さいました、『クリ坊』さん」
「めっちゃ演技するじゃん、婆」
「だよなぁ、何度も殴り合ってるってのに……いや、聞いてないぞ、コイツ」
「……うわぁ」
そこに全身機械の義体に身を包んだ3人が並んでいることも……まぁ、この3人が揃っている時点で非常に違和感が大きかったものの、それ自体はそこまで驚くほどではなく。
俺を心底驚かせ、そして引かせたのは……ガゼボの外側に整然と咲き並ぶ一面の花畑が、全て金属で造られていると思しき非常にメタリックな輝きを放っていたから、だった。