~ 破綻の兆しその3 ~
──格差の拡大。
当然のことながらこの未来社会において、男女差というどうしようもない性差は置いておくにしても、女性たちの間にも格差というものは大なり小なり存在していたに違いない。
そもそも、男性の持つ生殖能力にも遺伝子にも性癖にも個人差があるのだから、その結果によって発生する精子提供を受ける女性の間にも格差が出来てしまうのは、ある意味で仕方ないことだった筈だ。
だけど、言っては悪いがそれは団栗の背比べ……必要納税額やら精子の提供を受ける速さなど、今まであったのはその程度の問題だった。
そこへ、俺が現れてしまった。
一般男性の30倍以上の精子を有し、通常男性の30倍の速度で射精可能な……900倍の生殖能力を誇る男である。
それに加えて、待望される男児出産率が1:1ともなれば……いや、俺の21世紀人的頭脳で分かりやすく言うならば、11万人に1人程度しか当たらなかった宝くじ売り場の中に、2人に1人が当たるという訳の分からない売り場が唐突に表れてしまった形である。
──そりゃ、破綻する、な。
そんな宝くじがあれば、誰だって買いたいに決まってるし、誰だってその売り場に押し寄せて来るし、売ってくれないともなれば『殺してでも奪い取る』なんて選択をとってもおかしくない。
「当然のことながら、移民制限なんて行うと暴動が発生します。
そうでなくとも精子を強奪しようとするテロリストも増えるでしょうし……
不法移民の不法入国も増え、空から人が降って来るなんて日常茶飯事となり……下手すれば溺死覚悟で海を泳いで渡って来る移民まで発生するかもしれません」
俺と同じ危惧をリリス嬢も抱いていたようで、そんな未来図を俺に告げて来る。
俺としても、「だよなぁ」としか思えなかったので、理解を示すため彼女に一つ頷いて見せる。
「なので現在、将来見込まれる人口増と都市拡大計画、そして人口の受け入れを全自動で行えるよう、中央政府に申請を行いました。
また、不法移民が確実に増えることが見込まれるため、必要になるだろう警護官の増員と防衛兵器の追加購入も申請しております。
こちらが海上都市の予定発展図であり……多少の誤差はあるでしょうが、1年後には人口30万を突破する計画となります」
「……30万」
現在の都市人口が5,000人程度だった筈なので、たったの1年間に人口が60倍になる見込みである。
正直、こんな事態になっていなれば「冗談はよせ」と言いたくなるレベルの発展ではあるが……
「勿論、これでも増えるだろう移住希望者と比べれば、圧倒的少数にしか移住を認められません。
しかしながら、どうしても受け入れる住居作成が間に合わず……現在も他の都市ではあり得ない速度で建築が進んでいるのですが……」
「……だろうなぁ」
俺は眼前の仮想モニタに映し出された海上都市『クリオネ』の未来図を眺めながら、そんな気のない返事を吐き出すことしか出来なかった。
実際問題として、彼女が差し出してきた一年後だろう我が都市の形は、面積も形も……そして海上都市周囲に張り巡らされた防衛設備も含め、もはや原型を欠片も留めていなかったため、現実感がなかったのもその理由の一つだった。
──いや、現実感がないのは今さらか。
未来社会に目覚め、5,000人余りの女性たちが俺の精子を求めて群がってきているというこの状況自体、未だ俺には現実感がないのだから。
「私としましてはこの都市拡大計画を公開し、資産・技能・素行・年齢の点数が高い順に受け入れを進めていくと共に、それらの条件も公開することで移住条件を可視化することで暴動やテロリスト発生を抑止しつつ、都市拡大に最大限努める方向で進めたいと思いますが……
市長としても、それでよろしいでしょうか?」
「……ああ、問題ない」
その碧眼でこちらを真っ直ぐ見つめながらリリス嬢が告げて来た政策プランに、俺は一も二もなく頷いていた。
というより、正妻が優秀過ぎて他に言えることがない、と言った方が正しいだろう。
そもそもこの俺の名を冠する海上都市の運営は彼女に一任していて、いちいち俺に伺いを取る必要もないのだが……まぁ、名目上というか性別上、俺が市長となっているのだから決定権は俺が持っていないといけないのかもしれないが。
そうして彼女の緊急事態とやらが終わった……この段階になって彼女はようやく自分が俺の部屋へと押しかけて来た事実に気付いたらしい。
緊急事態の伝達を終えて大きな安堵の溜息を吐き出し、我に返って周囲を見回し、男性の部屋にいる自分に気付いて顔を赤らめ、直後に婚外性行為君の一件を思い出したらしく、蒼褪めて震え始める様子は、見ていてかなり楽しいものだったが。
その後、彼女が選んだ選択肢は部屋に居座ることではなく、素早い退出という分かりやすいもので……
「す。済みませんでした、市長。
突如、男性の部屋に押し掛けるなんて礼儀に反しておりましたね。
で、では、本日はこれで失礼し……」
その時だった。
ふと、俺の部屋……市庁舎の最上階にある一角の、そこに建てられた家屋から彼女が身を踊り出した、その瞬間。
彼女の身体が突如、硬直したのだ。
「……ん?
リリス?」
またヤバい妄想でもして電流でも喰らったのかと心配した俺が声をかけるものの、彼女の身体は倒れ込むわけでもなく、時間停止モノAVにでも出る挑戦をしているかのように動きをただ止めただけである。
そして5秒ほどそのままの姿勢を取ったままだったかと思うと、息を大きく吐き出した彼女は、振り向く様子もなく口を開く。
「……済みません、市長。
10日……いえ、1週間ほど、お休みを、その、いただいても……よろしい、でしょう、か?」
我が正妻が震える声で告げたのは、そんな人としては当たり前の要求だった。
「……あ、ああ。
問題ない、ぞ」
元々リリス嬢は働き過ぎで過労死しかねないと思っていた俺は、彼女が唐突にそう言いだしたことに驚きはしたものの、すぐさまそう許可を出す。
──もしかして、健康診断的な何かが来た、とかかな?
現実問題として、彼女の勤務状況はいつ脳の血管が千切れてもおかしくない過酷なものであり……この未来社会においては、血圧の異常上昇や脳血管のリアルタイム診断くらいできることだろう。
だからこそ、俺は彼女がそう言いだした意味をあまり考えず、すぐさま許可を出したのだった。
彼女の真意に俺が気付いたのは、8日後。
……もう何もかもが手遅れになった時点でのこと、だったが。
今回の連続更新はここまで。
次回更新群で最終回に辿り着くか、もしくはラスト一歩手前で区切るかな?ってところの予定です。
2025/05/18 20:11確認時
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