~ 破綻の兆しその2 ~
「それよりも……市長。
このままでは、連邦政府が破綻しますが、どういたしましょう?」
優秀極まる正妻にそう告げられた時の俺の心情を推測せよ。
……国語の問題なら、30点くらいは配点される筈だ、なんて一瞬だけ現実逃避をした俺だったが、流石に政府が破綻するなんて話を聞かされて、長々と現実逃避していられるほど俺の神経は図太くない。
「……どういう、ことだ?」
俺のその問いに、リリス嬢はしばらく虚空を睨みつけながら、指を右往左往させ……そんな動作を3分ほど続けた後、ようやくこちらを振り向き、口を開く。
「まず現在、我が都市で生まれる新生児の男女比が1:1であると仮定します。
その場合に想定される未来ですが……現在、精子量は足りておりますので、そう間を置かずに海上都市『クリオネ』上に暮らす女性5,000人全員が妊娠することでしょう。
……この比率で男児が生まれるなら、全員が即時に妊娠を希望することは間違いありません」
最初にそう語りながら金髪碧眼の我が正妻が差し出した仮想モニタに映っていたのは、海上都市の模式図とその人口だった。
その模式図を眺めていると、『人口5,000人』という文字の下部がスライドして、男児2,500人出生とテロップが出て来る。
──これ、もしかしてさっきの3分で作ったのか?
まず最初に俺が驚いたのはその事実だった。
勿論、俺の知っている21世紀とこの未来社会では作成ツールの使い勝手も随分と違っていて、比較対象にすらならないのは分かっているのだが……こんな仕事用パワポ資料っぽいのを見せられると、会社で作成させられた報告用資料を思い出し、つい自分と比較してしまうのである。
っと、今はそんな懐古に浸っている場合ではなく、彼女の言葉を聞くべき場面だろうとすぐさま俺は意識を切り替え、話の続きに意識を向ける。
「その場合、連邦政府が支出している男性育児費用の補助金をほとんど我が都市が独占することとなります。
何故ならば、現在の連邦政府下……地球圏内における去年度の男児出生数は72しかありませんので」
彼女の言葉を聞いたところで、俺はさり気なくBQCOを起動し、検索してみる。
──現在の連邦政府人口が11億人ほど。
──男子の人口は凡そ1万人程度で、平均寿命を100年と仮定すると……1年で男児が100人ほど生まれる計算、か。
ただし、この計算もあくまで仮定であって……未来社会においては男女比が開き続けている現実を考えると、恐らく現在の年間男児出生はそれより下がっている筈だから、年度ごとのばらつきはあるにしろ、彼女の告げた72の数字はそう大きく離れていない。
そこにいきなり男児が2,500生まれる訳だから、現在の男児数がいきなり35倍近くに膨れ上がる訳であり、しかも10月10日ほどで次の子を望む女性がいることを考えると……確かに男児補助金制度が破綻するのは目に見えている。
「ただし、あくまでもこれは我が都市が移民を受け入れない場合です。
実際は現在も移民の受け入れは行っております。
そしてこの出生率データが世間に広まってしまえば、移民希望者は止まらなくなるでしょう」
次に告げた彼女の話もよく分かる。
男児を産めば凄まじい……確か三姉妹警護官と雑談していた時に「七回分の人生くらい、働かなくても遊んで暮らせる」だったかの額が手に入るとか何とか。
子供を産めば、1/2の確率で宝くじレベルの金額が支給される訳だから……そりゃ誰もが移民を熱狂し、子供を求めるに違いない、か。
──しかも、精子は有り余っている。
こればっかりは体質でしかないので、他の男子を責めても仕方ない訳だが……21世紀では普通だった筈の、俺の睾丸が作り出す精子量は他の男子の30倍超。
加えて、性欲も21世紀の一般男性とそう大差ない俺は、他の男子たちが月に一度の射精が限界なのに対し、一日に一度の射精が可能である。
つまりが、精子量で考えると他の一般市長と比して900倍の効率を誇る訳だ。
そうして膨れ上がった人口が、1:1の比率で更に男子を産んでしまう。
「と、なる訳で……連邦政府の政策方針上、男子出生一時金を取りやめる訳にもいきませんし、そうして支出が増えると恐らく地球レベルでのインフレーションが発生することでしょう」
彼女が、政府支出の増加による影響について、財政破綻とは言わず、インフレーションを結論付けているところが21世紀と違うとしみじみ感じるが、まぁ、時代によって常識も変わるということだろう。
「恐らく年次インフレ率は170%から300%程度に収束する筈ですが、問題は社会規律と変化です。
我が都市に暮らす女性のみ男児に恵まれ裕福となり、他の都市の女性たちは恵まれず、高額な税を納めてつつましく暮らすしかない未来が訪れ……
……恐らく、都市制度そのものが崩壊することでしょう」
続けてリリス嬢が告げた内容こそ、彼女が「この未来社会が破綻する」と告げた原因そのものなのだろう。
──格差の拡大。
それこそ、今までの人類史上において、幾度となく問題視され、戦争・犯罪・内乱・暴動を引き起こした……社会秩序崩壊の元凶そのものなのだから。