~ 破綻の兆しその1 ~
「……覚えている限り、だけどな」
別に隠すつもりがあった訳ではないのだが、何となく明かすのを躊躇われていた「俺が600年前の人間である」という事実について、もう隠し切れなくなったと悟った俺は、観念して自らの身の上話を語っていた。
尤も、俺自身の記憶が未だに曖昧だということは伝えても、若干伝え辛いこと……既に俺が40近い年齢だと言うことや、俺をこの時代に復活させたサトミさんが中央政府の手によって消されてしまったこと、そして俺自身が連邦政府を恨んでいること等は伝えていない。
一つ目については、俺の中では、40近いおっさんが20前の少女と恋愛するなんて犯罪だという認識が未だに残っていて……この未来社会においては男性は希少過ぎていて、40代だろうがそこまで忌避されるとは思えないのだが、それでも、だ。
二つ目三つ目については、もう薄れかかっている復讐心の扱い方を、俺自身もまだ消化し切れていないからである。
正直、俺の胸の中に渦巻く怒りはまだ燻っているとは言え……この未来社会は既に行き詰っていて、もう俺が何かをしなくても滅びを迎えるのは時間の問題となっている。
ついでに言うと、眼前の正妻を含め、既に何人も顔見知り以上が増えてしまっていて……俺自身がくたばるならまだしも、俺の復讐心を満たすためだけに彼女たちが死ぬなんてことになってしまえば、それなりに俺の心が痛むのは間違いないのだから。
──まだ、許した訳じゃないんだけどな。
それでも、立場的なものがあるとは言え、一途に慕ってくれる正妻を地獄への道に引きずり込むほど、俺の性根は邪悪じゃなかった、という話だろう。
「……なるほど、分かりました」
俺の身の上話を黙って聞いていた……いや、恐らくはこの時代の人間らしく、聞きながらも整合性を取るためにBQCOで検索を続けていたようだが、そんな金髪碧眼の正妻は、俺の言葉を聞き終えてそう一言だけを呟いた。
「……いや、それだけか?」
「……他に、何かありますか?
あなたは今ここに生きていて、私の目の前にいるのでしょう?」
流石に「騙したなぁ、騙してくれたなぁああ」とか「嘘だっ!」なんて反応が返って来るとは思っていなかったものの、それでもある程度否定的な言葉が返って来ることを覚悟していた俺は、我が正妻のあっけらかんとしたその返事に目を瞬かせてしまう。
──彼女が人間としてできているのか。
──それともこの時代の男尊女卑が酷過ぎるのか……
尤も、その問いへの答えはBQCOを用いても出そうになかったが。
何故ならば、我が正妻であるリリス嬢が11万人に1人という人類の上澄み中の上澄みであり、比較しようにも21世紀でそんな上位種みたいな人類と出会えた記憶なんて生憎と存在せず。
そして、これほど極まった男尊女卑も、この未来社会においてはただの常識でしかなく……そもそも男尊女卑なんて感覚的過ぎる問題は、容易に比較対象出来るものではないのだから。
「……ああ、そう、だな」
だから俺は、彼女からの真摯な……と言うよりも、俺の出自など何の問題とも思っていないその声に、少しだけ狼狽えながらそう頷くことしか出来ず……
結果として、俺がリリス嬢と婚約してからずっと心の隅にわだかまっていた「自分の出自を秘密にしていた」話は、こんなに簡単に決着してしまったのである。
──まぁ、そんなものか。
俺がそれなりに若ければ、そういう想像と現実とのギャップに苦悩するようなことがあったかもしれないが、俺ももう人生経験推定40年付近の元おっさんである。
自分が苦悩していたことを躊躇いの上ようやく打ち明けたところで、他人から「ああ、そうなんだ」程度に流されることを何度も経験していれば、自分と他人との間に埋め難い価値観の相違があるなんてこともいい加減慣れて来る。
尤も、そうして流されたような感覚そのものはあるものの、一つ一つのエピソード記憶は浮かんでこないのが、どうもこうもどかしいものであるが。
だけど、次の瞬間。
そんなわだかまりやもどかしさなんかは、銀河の彼方へと吹き飛んでしまっていた。
「それよりも……市長。
このままでは、連邦政府が破綻しますが、どういたしましょう?」
「……は?」
何故ならば、正妻の口から、俺の感傷なんてゴミクズのように吹き飛ばすほどの爆弾発言が飛び出て来てしまった、からである。