~ 押し入り ~
そうして何気なく学校に行った翌日。
ふと野郎共との会話を思い出した俺は、アラブ系っぽい外見の……先日は離婚協議で学校に来ていなかった婚外性行為君の件を検索してみることにした。
別に級友のことが気になったという訳ではなく……「ただ暇だっただけ」でしかないのだが。
──正妻が、就寝中に部屋に押し入っただけ、とは。
この手の市長と正妻とのスキャンダルは……破局的であればあるほどニュースとして取り扱われ……こうしてBQCOによって簡単に検索できてしまうのが未来社会の現実だった。
そうして調べてみたところ、話題になっている正妻さんは、とある海上都市の市長が発表した精子量を知った瞬間、緊急事態だと判断して部屋に飛び込んだということである。
それに対し、市長である婚外性行為君は、無用な正妻特権の乱用だとして彼女を連邦裁判所に提訴した、と。
──価値観の相違かなぁ?
俺個人の意見としては、同年代にそんな凄まじい繁殖能力を持った存在が現れると、人口流出の危機、ひいては自らの都市存続の危機に繋がる急事態だと判断するのが当然だと思う。
尤も、この時代の男性としては女性が幾ら群がろうが「ただ自分に集る性犯罪者の群れ」程度にしか認識していないため、こういう齟齬が発生するのだが。
どうやらその危機感の齟齬こそがこの正妻さん進退問題の根幹のようだった。
──寝ている最中に部屋に入られたくらいで、なぁ。
21世紀の価値観を持っている俺としては、その程度で離婚騒動に入らなくても良いとは思うのだが……とは言え、問題はそれだけはないのだろう。
恐らくではあるが、前々からこの正妻は都合をつけては市長の部屋に入りがる習性があり、度々注意を受けていて……今BQCOで検索すると、似たような警告を受けていたらしく、それがこの離婚騒動の根幹らしい。
──これが離婚騒動になるんだったら……あの三姉妹警護官とかどうなるよ?
馴れ馴れしくプライベートに土足で踏み入れて来る……そう考えた時に浮かんだのはトリー・ヒヨ・タマの三姉妹だった。
部屋に入って来ることはないものの、俺が怒らないのをいいことに、仮想障壁の上に座り込んだり聞き耳立てたり覗こうとしたりとやりたい放題やっている始末である。
……その代わりに俺も、不可視モードの仮想障壁の向こう側からミニスカートの中身を覗いたりしているので、全く彼女たちを責められる筋合いはないのだが。
そんなことを考えている内に、ふとむらむらとしたものが浮かび上がってきた俺は、BQCOを経由して自分の都市のリアルタイム市街状況を展開、道路上5cmからのビューアーを開く。
某警護官三姉妹が口にした「市長はミニスカ好き」という出鱈目発言によって、この海上都市『クリオネ』では他の都市と比較してミニスカートの比率が異常な程高くなっている。
……そう。
たとえ発端がただの口から出まかせだったとしても、この都市に住む彼女たちは、言わば俺に見られるためにミニスカを穿いているのだ。
だから、俺がこうしてローアングルで眺めるのは、彼女たちの希望に沿った献身的な行動とも言える訳で……
俺がそう自己弁護し終え、世界遺産や名画を眺めるような敬虔な気持ちで、ミニスカートとそれから伸びる足、もしくはチラッと覗ける下着を鑑賞しようとした……まさにその時だった。
「市長っ!
大変です、市長っ!」
突如として、正妻であるリリス嬢が部屋へと飛び込んで来たのだ。
「……ぬふぁっ?」
唯一の救いは、まだ鑑賞モードであり、市民たちへの補給物質採取モードには入っていなかったことではあるが……それでも一人で愉悦に浸っていた時間を唐突に邪魔された俺は、凄まじい奇声を上げてしまっていた。
「の、のののノックっ!
いや、事前連絡くらいっ!」
「そんなのことよりっ!
大変なんです、市長っ!」
慌てた俺は、男女間と言うか人としてのマナーを叫ぶものの……興奮し切った様子の我が正妻は珍しく俺の言葉を聞こうともしない。
──婚外性行為君の正妻も、もしかしてこんな感じだったのかも?
不意に、俺の脳裏へとそんな考えが浮かんでくるものの……当然のことながら俺には、この金髪碧眼で誰よりも優秀な我が正妻と離縁しようなんて選択肢は浮かびもしなかったが。
完全に冷静さを欠くあまり、可視モードとなった仮想モニタを幾つも開いては閉じるという奇行を続けているリリス嬢を眺めながら、俺はそんなことを現実逃避的に考えていた。
そうして十数秒が経過した辺りで、ようやく我が正妻は若干落ち着いてくれたらしく、俺の前に一つの仮想モニタを開き、息を大きく吸い込んで唇を開く。
「……男の子が、生まれます」
そんな彼女の口から放たれたのは……そんな、どう反応して良いか分からない、ある意味では当たり前の一言だったのだ。




