~ 登校日 ~
翌日。
俺は相変わらずBQCOによって、仮想空間の学校……連邦府立鼠子金玉学校へと出向いていた。
いつもと何も変わらない退屈なだけのカリキュラムが待つだろう学校生活に辟易としつつ……実際問題として、真っ当な授業すら受けずお茶会と折り紙しかしない下らない時間をどうやって楽しめば良いのか未だに分かっていないのだが……そうして嫌々ながらに足を向けたいつもの教室は、少しばかり雰囲気が違っていた。
「よぉ、クリオネ。
災難だったな」
俺に向けてそう言い放ったのは同級生の睾丸君である。
黒い肌で将来筋骨逞しくなるだろう外観であり、性力も凄まじそうであからさまに捕食者という感じの少年ではあるが……こんな様でも「繁殖能力が俺の30分の1程度しかない」というのだから、見た目詐欺以外の何物でもない。
「だよなぁ、女共の機嫌取りとは言え、街中に晒されるのはなぁ。
もう二度とやりたくねぇ」
睾丸君の言葉に続いてそう言い放ったのは、ローマ人っぽい陰茎君である。
彼の発言を聞いて、ようやく睾丸君が先の「精通祭り」のことを言っているんだと気付かされる。
──まぁ、嫌だろうなぁ。
21世紀の常識を持つ俺でさえ、あの祭りは気が狂っている以外の感想が浮かばなかったくらいである。
この未来社会で籠の鳥とばかりに優遇され、女子を見下している他の男子たちにとっては、凄まじく屈辱的な代物であったに違いないのだ。
何か堂々と脱ぎそうなローマ人っぽい陰茎君がそんな小さなことを気にするなんて……とそんなことを考えてふと自分の中の偏見を理解する。
恐らく、俺の微かな記憶の中にあった古代ローマの彫刻はほぼ全裸で、しかもナニを堂々と見せびらかしていたため、ローマ人全員が露出狂みたいなイメージを抱いていた気がする。
──ローマ人と知り合う機会なんてなかったしなぁ。
しかし、21世紀では何となくナンパばっかりで繁殖のことしか考えていないようなローマ人っぽい外見のコイツも、俺よりも遥かに劣る生殖能力しか持っていないと考えると、生暖かい視線で見てしまうから不思議なものだ。
結局、野郎という生き物の中では「股間にある砲台の性能によって生物学的な優位を決めたがる節がある」ということなのだろう。
閑話休題。
兎に角、勃起祭りやら精通祭りやら……性的なことを揶揄されるお祭りなんて、この未来社会の男子としては非常に耐え難かったに違いない。
「何でそのことを……って、情報は全国レベルで広がるのか……」
俺がふと感じた疑問にほぼタイムラグなしに答えてくれたのはBQCOであった。
しかも、それらのニュース記事の数をピックアップする形であり……俺は瞬時に最悪な気分へと叩き落とされてしまう。
……とは言え、そんなニュースが出回っていることは、考えてみればすぐに分かる話である。
21世紀ですらインターネットは全世界……特殊な一部地域を除き、情報の輪は世界中に繋がっていたのだ。
ただし、言葉の壁があったため、情報の取捨選択は主に報道機関に任されていたし、情報の時間差というのも見過ごせないレベルに大きかったが。
その言葉の壁をBQCOによって突破されているこの未来社会においては、情報というものはもはや、『即座に全世界に広がるもの』と覚悟しなければならない時代なのだろう。
「しかし、人手が欲しいったってありゃ盛り過ぎだろうがよぉ。
正妻に一言くらい言っておけよぉ」
「ああ、うちの正妻もぼやいていたな。
女共なんざ幾ら減っても構いやしないんと思うんだがな……」
そうして俺が要らぬことを考えていた所為だろう。
突然陰茎君がそんな話題を……恐らくは精子量の話を振って来て、それに睾丸君が乗っかって来る。
そんな両者の声に俺を責めるような響きがないのは、「都市運営なんて雑事は正妻がして当然」だと思っていることと……後は、睾丸君の言葉の通り、都市人口なんざ増えようが減ろうがどうでも構わないと本気で思っているから、だろう。
──人は石垣、人は城、なんだけどなぁ。
何かで目にしたその部分しか知らない中途半端な知識ではあるが、人口というものは国防の面においても税収の面においても大事なものである、というのが俺の認識なのだが。
勿論、この未来社会において男子共は、女性たちによって生活が支えられているという認識すらないのは事実なのだが……それでも、男子同士のお遊びに過ぎないとは言え、都市間戦争なんてやっているんだから、その辺りも意識した都市運営をすりゃ良いのにな、とは思ってしまう。
尤も、そんなことを忠告したところで、未来に生まれ育ち、男女間の断絶が極まり切った彼らには理解して貰えるとすら思わないので、口にする気すらないのだが。
加えて、あの精子量が正妻の細工ではなく、何の細工もしていないことを知っている俺としては、あまり詳細に聞かれると絶対にボロを出してしまうに違いない。
「しかし、今日は二人だけなのか?」
だからこそ俺は、早々に話題を変えるべく口を開く。
幸いにして彼らとしても、俺の精子量なんざにはそう興味はなかったらしく、すぐさま話題の転換に載っかかってくれた。
「あ~、婚外性行為はしばらく来ないだろうなぁ。
離婚協議を進めるとか何とか言ってしなぁ」
「陰茎のヤツは寝込んでしばらく休むそうだ。
男根はただサボってるんだろう」
「って、何をやらかしたんだよ、婚外性行為君のところの正妻は……」
そして、適当に振ったその話題であっても、共通の知り合いが存在する以上、盛り上がっていくのが当然であり……
俺たちは電子上の男子校という訳の分からない教育機関で、適当にまた時間を潰すのだった。