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~ 人員余剰 ~


「……何か、あったのか?」


 そうして涙を流し続けたユーミカさんの様子があからさまに変であり……どうもただ手料理に感動しただけとは思えず、俺は思わずそう訊ねていた。

 実際のところ、この未来社会において、男子の身分では警護官一人一人の情緒にまで踏み込むのは正しいとは言えない風潮がある。

 当たり前の話ではあるが、警護官は男のために身を挺すのが仕事である。

 彼女たちの一喜一憂を気にしていては数千数万人にもなる適齢期の女性たちの生殖を担う身としては明らかに間違っている……というのが最近になって俺にも分かり始めていた。

 だが、そんな社会的建前なんて目の前で泣いている女性がいれば吹き飛んでしまうのが20世紀生まれ21世紀育ちの男子という存在なのだ。


「い、いえ。

 私は、こんな、市長から、手料理などを、戴く、資格など……」


 そうして嗚咽を漏らし続けるユーミカさんから粘り強く情報を聞き出したところ、要するに彼女は仕事で役に立っていないのを引け目に感じている、という話らしい。


 ──そりゃそうだろうなぁ。


 何しろ、彼女の専門は上下水関係であり、ただ婚活に焦って警護官に飛びついたずぶの素人……要するに40代寸前になって他の業種に飛び込んだ中途採用サラリーマンみたいなものである。

 今都市拡張に伴って我が正妻(ウィーフェ)であるリリス嬢が選んでくる警護官たちはエリート中のエリートばかりであり、言わば業界の上澄み連中。

 中途採用がそんな中に放り込まれたら、そりゃ無力感に苛まれても仕方ないだろう。


「しかも、私はっ、ついていけずっ、妊娠申請をっ、提出してっ、しまいましたっ。

 こんな私にっ、名誉あるっ、市長の警護官である資格なんてっ!」


 俺が聞きの体勢に入ったのが良かったのか悪かったのか、ユーミカさんは恐らく号泣の本質的な動機だろう、その言葉を吐き出してくれた。


「……何で、妊娠したら、警護官の資格がないんだ?」


 とは言え、聞いたところでそれを俺が理解できるとは限らなかったが。


「……え?」


「ん?」


 警護官最年長の彼女が驚きに目を見開いた時点で、俺は自分がまた非常識なことを口にしてしまったのだと理解し、すぐさまB(脳内)Q(量子)C(通信)O(器官)を使って検索をかける。

 仮想現実であろうと瞬時の接続が可能な未来社会で最も有意義な科学技術は、俺の無理解をすぐさま教えてくれる。


 ──妊娠した警護官は要人警護の任務にはつけないと法で決まっている、か。


 詳しく調べてみると、これは女性の本能的な行動に起因するらしい。

 考えてみれば当たり前の話であるが、妊娠中の女性は本能的に自分のお腹……要するに我が子を守ろうとするものである。

 同時に、警護官という仕事は身を挺してでも男性を護らなければならない。

 社会的に見ると、11万人に1人という男性の方が女性警護官よりも希少価値があるから、である。

 警護官の訓練を積んだ女性だと反射的に身を挺して男性を庇う行動が取れるようになるらしいが……それでも妊娠中だけはコンマ数秒だけ反応が遅れる傾向にある、ようなのだ。

 この辺りは俺が冷凍保存されてからの600年超の間……正確には女性警護官なんて仕事が生まれてからの間ではあるが、そうして研究された成果なので異を唱えるつもりはない。

 けれど、だからと言って顔見知り……こうしてたまにではあるが、仮想現実で顔を合わせる飯友達と会えなくなってしまうのは残念なものがある。


「あ~、警護官を続けるのは、厳しいのか?

 その、俺直属ではないにしろ……」


「可能ではありますが、やはり私ではお役に立てないでしょう。

 治安維持のための警護官も、都市『ペスルーナ』との併合に伴い、余剰気味となっておりますので……」


 何とか友人を引き留めようと絞り出した俺の問いに、ユーミカさんは俯いたままそう言葉を返す。

 彼女の回答を耳にした俺は、まず一つの疑問が脳裏を過っていた。


 ──何故、併合したら警護官が余るんだ?


 とは言え、先ほど常識外れの問いを投げかけ、間の抜けたことになってしまったばかりの俺はその問いを口にはしなかったが。

 幸いにして俺のB(脳内)Q(量子)C(通信)O(器官)はそんな疑問への回答をすぐさま寄越してくれる。


 ──技術発達により、警護官の配置は人口当たりで法的に義務付けられている。


 正確には、人口当たりの警護官を達成していないと中央政府から補助金が下りない、ようなのだが……多すぎると自費が増え、少なすぎると補助金全カットという世知辛い仕組みのようである。

 しかしながら、そんな背景があるものの一度雇った警護官を人口減に伴って解雇するのは不可能に近い(・・・・・・)


 ──いや、法的には可能らしいが。


 当たり前の話ではあるが、命を懸けて護ってくれる相手に対し「財政が厳しいので解雇します」と言うような雇い主に、誰が身体を張って仕えようと思うだろうか?

 女性ばかりが警護するこの社会においても、その21世紀人でも理解できる関係性は変わることなく続いており……だからこそ、市長の身の安全を最優先に考える正妻(ウィーフェ)は警護官を解雇することだけはしようとしない。

 勿論、警護官には男性市長を護る警護官と、治安維持用の警護官がいるのだが、男性を護る警護官は治安維持の上位職みたいなところがあって……治安維持用の警護官の中でも非常に優秀であり、なおかつ男性に威圧感を与えない外観の者は男性を護る警護官に回る場合が多々あり……両者は不可分な関係となっている。

 まぁ、実際のところ、治安維持の人を辞めさせるのもあまり強引に進めると彼女たちのやる気が失われ……サボタージュが進みかねないのであまり推奨されないのが実情らしいのだが。


 ──適当に選んだよな、俺。


 まぁ、あの頃はその辺りの詳しい事情は知らなかったのだが……その所為で、素人同然のユーミカさんが現在進行形でこうして苦労していると訴えてきている訳である。

 そんな事情もあり、衰退中の都市には警護官が余っている場合が多く……都市面積を目的に衰退中の海上都市『ペスルーナ』と併合した我が都市は、『ペスルーナ』で余っていた警護官が負債となって圧し掛かってきているのが実情らしい。


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― 新着の感想 ―
確かに、この地球で手料理を食べられるなんて宝くじより確率低いぜ
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