~ 手料理 ~
「この野菜炒めは今一つだな」
「……そうですか?
悪くないと思いますが……」
野菜炒めを口にした……仮想現実内で野菜炒めのデータを口へと入れた俺の感想に、いつぞやから『食事友達』となっているユーミカさんが首を傾げながらそう答える。
……いや、実のところ彼女の舌がおかしい訳ではなければ、俺たちが食べている野菜炒めが別物という訳でもない。
BQCO経由で全く同じものを……仮想現実のデータとしてコピーされた同じ料理なのだから、文字通り全く同じなのだ。
今口にした野菜炒めは豚のばら肉ともやしとキャベツ、ピーマンにニンジンだかを入れて塩胡椒で味付けした、確かに野菜炒めと呼べる代物であろう。
だけど、超高級黒豚の最高部位を用い、塩胡椒以外にも隠し味として何やらを混ぜ……隠されているので何が何かは分からないが、凄まじく高級な雰囲気が感じられ。
野菜についても、もやしについては違いがよく分からないものの、ニンジンも甘くて柔らかくピーマンの苦みは全くなくキャベツも舌触りを残しながら甘みが増されているという……要するに、非常に美味しいけれど何か少し違う、言うならばどっかのレストランで食べるような高級料理と化しているのだ。
──俺が欲しかったのは、なぁ。
俺はBQCOの設定を使って、レストランの一室をキッチンへと変更する。
「……市長?」
「えっと、肉と野菜と……これで良いか」
俺はそう呟きながら、BQCOを使って検索し……低価格帯の通常豚バラ……正直に言ってこれも「記憶にあるどこ産かも覚えていない輸入豚肉の何か」ではなく、21世紀的にはかなりの高級品なのだろうが、取りあえずのところで妥協し、肉を選ぶ。
続いて、もやし、ピーマン、ニンジン、キャベツ……それらを包丁すら使わずに、BQCO経由でスライスされた状態の食材を現出させる。
──ホント、魔法と大差ないな、こりゃ。
──もしくは3分間で調理するアレか。
ここが仮想空間だからこそ出来る荒業ではあるが、正直な話、包丁使って具材を切ったりするなんて面倒臭過ぎてやろうとは思わない。
いや、それ以前に……この全てが全自動で賄える仮想キッチンに慣れ過ぎていて、こうしてデータとして格納されてある食材から、必要なものを選ぶだけの作業すら面倒になってきているのが現実だった。
とは言え、手間をかけないと食べたいものが食べられないのも事実であり……俺はまとわりついてくる怠惰を振り払うと、油を引いた状態のフライパンを呼び出し、温度設定は適当な200度くらいに固定……確か肉から入れて色が変わってから、ニンジン、ピーマンを投入、少し火が通ったところでキャベツともやしを放り込む。
「味付けは、適当に塩と胡椒で……」
「……市長?」
突然手料理をし始めた俺を、ユーミカさんは信じられないものを見るような自然を向けてきているが、今の俺は彼女に構っている暇はない。
塩と胡椒を適当に目分量で放り込むと、後は菜箸でぐちゃぐちゃとかき混ぜ、全体的に火が通ったら更に盛り合わせ……。
「よし、完成っと」
そして、俺はその野菜炒めを箸でつつくと、適当に口へと放り込み……
「ああ、この味だ」
……そう。
俺は普通の野菜炒めが食べたかったのだ。
高級レストランで食べるような高品質で豪華な料理ではなく、うろ覚えながら記憶にある、俺の家庭の味……母親からこれくらいは作れるようになれと手順だけ教わって、一人暮らしを始めて懐が厳しい時に何度か自分で作って食った……
──こういう記憶は、あるんだよな。
母親の顔も名前も思い出せない俺ではあるし……塩胡椒の量も本当に適当で、この味が本当に母の味だったかどうかの記憶もなく、一口目は感慨深くとも、二口目からは「ああ、こんな味だったよな」程度に思ってしまう。
……だけど、これこそが俺が食べたかった野菜炒めなのだ。
──手料理モード、調べてて正解だったな。
この未来社会で『食事』という娯楽を覚えて以来、一日一食は仮想空間で料理を食べている俺だからこそ、正直に言って未来の味付けに飽きてきていたのだ。
そんな中で見つけた手料理モード……所詮は仮想現実でしかなく、要するに加熱と味付けとを自分で行えるだけの設定でしかないのだが、欲しい味付けがこの時代の主流ではない以上、自力でこうして料理をするしか食べたいものには行き当たらないのである。
まぁ、その料理すらも二口で普通の料理に成り下がってしまった訳だが。
「ん?
何だ、食べたいのか?」
そんな俺に向けて何かを言いたそうな視線を向けて来るユーミカさんに気付いた俺は、手元の野菜炒めを適当に現出させた取り皿へと盛り合わせてやる。
実のところ、仮想空間の料理なんてただの電子データでしかなく、一度作った後ならば幾らでもコピー出来てしまうのだが……こんなのは気分だろう。
「え、ええ。
よ、よろしければ、ですが」
俺の差し出した取り皿に、ユーミカさんは文字通り恐る恐るという感じに手を伸ばす。
まるで俺の作った料理が劇物か爆発物みたいな扱いで、少し笑えて来るものの……この未来社会の、電子データの料理すら誰もが「メニューで出て来たものを食べるだけ」なのが当たり前という世界であり……その上、この男女比を考えてみると『男の作った手料理』という存在は、実のところ爆発物以上の影響力があるのかもしれない。
とは言え、誰が見ている訳でもないし、そもそもユーミカさんは警護官であり……いや、あの三姉妹とは違って俺とどうのこうのを言いふらしたりはしないだろう。
そう思って差し出した手料理データではあるが……反応は劇的だった。
「……ぐす。
こ、この一口を、一生の思い出と、致します……」
一口食べるや否や、ユーミカさんが泣き出してしまったのだ。
しかも堪え切れない啜り泣きであり……最初はそんなに口に合わないモノを食わせてしまったのかと心底不安になってしまったものである。
「……大げさな」
結局、彼女は料理を食べながら泣き続け……俺はそんな彼女を半眼で眺めながらそう呟くことしか出来なかったのだった。