~ 高さ規制 ~
俺が寝落ちしてしまい、都市連結が知らない内に完了した結果として、自分と同じ名前の海上都市『クリオネ』……未だにコレを自分が住む都市とは思えても、自分の精子を中心とした都市とは思えない訳だが、兎に角この都市の面積は数倍に膨れ上がった。
面積が増えれば人口が増えるのは当然のことであり……事実、この都市の人口は日に日に増え続けている。
何しろ、基礎だけしか出来ていなかった場所に、翌日にはマンションが建っているのが当たり前という科学力がある未来社会なのだ。
ただし、21世紀で使われていたような高層マンションはこちらの未来社会ではあまり好まれないらしく、あっても5階までだったりする。
──もっと増築すれば、幾らでも人口は稼げそうだがなぁ。
ふと俺がそんな疑問を抱いたタイミングで、BQCOは俺の疑問に答えを返してくれる。
──現代では基本、市長宅の医療課を超える高度の建築物は規制の対象となっている、ね。
一体どんな理由があるんだと、BQCOに解答を求めた俺は直後、その解答のあまりの愚かさに、大きな溜息を吐き出すこととなってしまう。
「……何だよ、墜落事故防止により、って」
とは言え、理由そのものは別に難しくもなんともない。
大昔……と言っても今俺が暮らしている時代より30年ほど昔の話ではあるが、10階建て高層マンションが市長宅の周囲に建っていた時代があったのだ。
尤も、「景観に配慮しろ」と市長が鶴の一声を口にした瞬間に、その周囲の高層マンションは取り壊されるという事例も存在したようだったが、基本的に男性という生き物は女の群れる自宅外へと出て来ることはなく、自宅外の景色に興味を示すことも滅多にないため、この命令が下った時点では、建造物の高さはさほど問題にはならなかった、らしい。
だけど、とある都市で高層マンションに住んでいた一人の女性が、市長宅を眺めながら、不意に思い立ったようなのだ。
……「ここから飛べば、市長宅へ侵入出来るんじゃね?」と。
実のところ、市長宅……特に市長自身が住む最上階には防犯のために仮想力場が常時張られていて、空からだろうと入って来られる訳がない。
だけど、自宅周辺の庭に光が必要なこともあり……木々が好きな市長などは、仮想力場を不可視モードとして植物の育成を楽しむ趣味の男性もいて、その様子が周辺の高層ビルから丸見えだった、らしいのだ。
理性では仮想力場があるから不可能と分かっていても、「見えるなら行ける」と思ってしまうのが人情というものか。
戦時以外では警護官のみに許される飛行ユニットが色々な法律によって規制されていて好き勝手に使えない以上、彼女たちはハンググライダー……もしくはそれに類する凧みたいな、手作りの原始的な航空機によって空を飛ぼうと画策した。
当たり前の話ではあるが、防犯のために張られている仮想力場に人間が突入できる筈もなく、彼女たちは力場に衝突、墜落しその短い命を終わらせることとなったのだ。
むしろ妊娠できないストレスで飛び降り自殺を試みたと暫くは思われていたらしいのだが……まぁ、そんなダイバーが各都市で年間数人も跳び続ける事態を受け、市長の暮らしている部屋、そして万に一つを鑑み、精子を管理している医療課より高い建物の建築は法律で禁止と相成った訳である。
尤も、30年以上昔に造られた都市や、空中や海中の都市など居住区に制約のある都市では、この法律は免除を受ける場合もあるようだったが。
「……科学技術が進んでも、人間の知能は進歩していないのか……」
建造物の高さ制限に関する法律が出来た背景を学んだ俺は、思わずそんな当たり前のことを口にして、思わず笑ってしまう。
俺が今まで暮らしてきたこの未来社会で、人類が科学技術の進歩と同じように成長したと思える部分が一つでもあっただろうかと。
「……ないな」
結局、数千年前に造られたピラミッドに「最近の若い者は」という愚痴が書かれていたように……人間というものは、数百年変わろうともそう大差ない生き物なのだろう。
そう結論付けた俺が、本日の食事を……味がほとんどなく量も大して多くなく、ただカロリーと必要な栄養素を摂るだけの、エサとしか言えない物体を食べることとする。
「健康的なのは分かるけどなぁ、コレも」
何で若い身体に戻ったというのに、生活習慣病の宣告を食らった先輩方みたいな食事制限をしなければならないのだと小一時間ほど叫びたくなってくる食事をもさもさと口へ流し込む作業を行う。
……そう。
この未来社会の食事とは、本当にただの餌に過ぎない。
下手に21世紀の記憶がある所為か、ほとんどが便利になっている未来社会で、食事というものにだけは満足できない日々が続いている。
──生活レベルを落とせないって本当だよな。
朧げな記憶の中で、ブレイクした芸能人が転落人生を歩んだ云々というニュースを見て「一生働かなくて良い額稼いでいるのになぁ」と思っていたものだが……確かにこうして直面してみると、食事一つだろうと生活レベルを落とすことに耐えられない自分がいる。
「ま、その代わりに『食事』があるから良いんだけどさ」
そうして現実のさもしい食事を終えた俺は、すぐさまベッドで横になると、この不満を解消させるため、仮想空間へと赴いたのだった。