~ 連結 ~
併合の手続が完了してから3日後。
俺はBQCOを経由した上空からの視点で、海上都市同士が連結するのをリアルタイムで眺めていた。
「……なるほど、なぁ」
衛星複数台からの画像や都市内に設置された監視カメラの画像を中央コンピューターが複合処理し、僅かなタイムラグはあるものの好きな視点で都市を眺められるこのシステムは、標高100mくらいからの画像でも可能らしく……その辺りからだと連結作業の様子がよく見える。
と言っても、眼下で何が行われているか詳しく知ろうとも思わないので、BQCOによる検索すら行っていないのだが……全自動で動き続ける重機が接触した両都市の土台であるアクアマテリアルと合金の基礎とを連結させる姿は、まるで蟻が巨大な昆虫にたかっているようにも見える。
「やっぱ全自動ってのが、凄いよなぁ、コレ」
俺の中の常識では、基本的に重機を扱うのは人間であり……いや、確か電子化が進んでいてデスクからバックホゥを操れる仕組みが出来たらしい、という話は聞いた記憶が微かにある訳だが、この600年の時間経過は、土木工事に関しても技術を進めるだけ進めてしまったように思える。
──そういや、ビル建築時にも驚いたっけか。
淀みなく動き続けている重機群を眺めながら、俺はそんなことを考えるものの……その思考すらすぐさま消え失せてしまう。
ぶっちゃけた話、暇を持て余している最中の工事現場ほど良い見世物はない。
様々な機械が動くことで、建造物が完成に近づいて行く姿は飽きることなく、頭を全く使うことなく眺め続けられるのだから。
「……暇、なんだよなぁ」
そうして俺が都市間連結の様子をぼんやりと眺めている主な理由は、まさにその一言で説明がついてしまう。
今まで何度も何度も同じ感想を抱いた訳だが、この未来社会の男ってのは精液を提供さえしていればほぼ自由が許されており、それは労働からの解放を意味していた。
そして、朧げな記憶を辿ってみても、別に仕事人間でもなければ、休日は寝てばっかりで、常日頃労働からの解放を切実に願っていた筈の俺だったが……実際にこうして労働から解放されてみると、ただただ暇を持て余すばかりの毎日に直面してしまったのだ。
──正月休みでも同じだったっけか。
年末の忙しさから一刻も早く解放されたいと願い続け、ようやく訪れた正月休みをついつい怠惰に過ごして何一つせずに終わってしまう。
今の俺はまさにそれと同じ状況だろう。
尤も、あの頃やりたかったことなんて何一つとして思い出せないのだから、今こうして出来た余暇を使ってあの頃出来なかった『何か』を頑張ることすら不可能なのだが。
──お、鉄骨基礎の連結には普通にボルトナットを使うのか。
そうして暇を持て余して工事現場を眺めていたのだが、都市部の基礎に使われているアクアマテリアル内部に埋め込まれている鉄骨……合金製の金属骨格部の連結には、21世紀で用いられていたのと同じボルトとナットで結合されるようだった。
「……なるほど。
溶接だと引張力に対して弱いのか」
暇に駆られるようにBQCOで検索してみたのだが、金属同士の接合に溶接を使ってしまった場合、引っ張る力に対して脆くなってしまうという構造的欠陥があり……それを解消するには接続する両側の鉄骨を溶かし一つに融合する必要があるようなのだが、そうして大量のエネルギーを使うより、昔ながらのボルトナット方式の方が手間が少なかった、らしい。
正確に言うとボルトナットそのものはきっちり溶接されていて、俺が知っている六角のアレとは違うようなのだが……その辺りは面倒なので、首を振ることで頭の中から知識を追い出すことにする。
「で、道路と地下輸送路を接続すると」
鉄骨を連結させた地下部には、物資運搬用のレールが張り巡らされた地下通路とを接続し……こちらにはそう大きな引張力がかからない設計であり、またレール同士の段差を最小にする必要があるため、凹凸型に成形されている端部に溶接を行うとのことである。
下水に関してはお互いに元あった都市部で完結させる仕組みであり、特に連結させる必要はないが、上水道と電力だけはお互いの電力施設が故障・点検等で使用不可能となった緊急時対応のため、融通を利かせられるように接続させ、両都市一体として管理するとのことだった。
「……さっぱり分からん」
下水道のシステムと上水道で何が違うのか……意識を向けると、下水は自然勾配を利用した流下式であり、上水はポンプアップと自然流下を用い管内を加圧した配水であるという、計画及び設計図書が頭の中に転写されたものの……理解しようとも思わない所為か、さっぱり意味が分からない。
ちなみに俺の頭の中では理解しやすくポンプアップと称したものの、正確にはポンプによる加圧ではなくて人工重力による加圧であるようだったが、理屈はやはり理解できない。
そもそも21世紀の日本で水道を使っている人間の内、よく使われていた渦巻き型のポンプ構造を理解している一般人がどれだけいて、また構造を目にしてその意味を理解できる人間がどれだけいたかというと、さっぱり分からないのが大多数だった筈である。
だからこそ、俺が全く水道の構造設計についてさっぱり理解が及ばないのも、別段不思議でも何でもないことなのだ。
閑話休題。
そうして全自動の機械たちが連結し溶接しケーブルを繋ぎ、アクアマテリアルによってそれら全てを地下に埋設し、道路を作り上げ、そうして都市の連結は完了した、らしい。
「……気付いたら、都市がくっついていた。
何を言っているか分からないと思うが、俺自身も何が何だか分からない」
俺は記憶の片隅にあった、そんな台詞を呟き……適当に作業を眺めていた最中に寝落ちしていた自分への言い訳とする。
正直な話、作業が進んで行く現場がどれだけ面白かろうが、温かい部屋でのんびりとベッドに寝そべって眺めていれば、いつの間にか意識を失ってしまうのは至極当然のことだったのである。
2025/05/04 20:16確認時
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