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~ お見合い ~



「……こ、この度はお選び、いた、いただ、いただきまして……」


「……うわぁ」


 婚活アプリで適当に見い出したリリスという名の少女を、アプリの勧めるがままに自分の入っている病院へと呼び出し、ほんの七秒後には承諾の返信が来た……その翌日。

 俺はその、昔で言うところの「お見合い」とも言うべき席に座っていた。

 そんな俺の眼前には、必死に見栄えだけでも整えたのだろう、純白のドレスを着て全力でおめかしをしたらしき十代半ばの少女が座っている。

 正直な話、病院の中、しかも待合室のような個室の中……入院服に毛の生えた程度の恰好をした俺と、ドレスで必死に身を整えたらしき彼女がにらみ合うという、傍から見れば非常にシュールな絵面となってしまっているのだが。

 その彼女……リリスという名の少女は何と言うか、見てられないほどにボロボロだった。

 

 ──写真とは別人だな、こりゃ。


 体格や顔形は昨日見たデータとほぼ同じ……いや、整形でもしない限り、その両者がそれほど大規模に変わることはないのだが……その上、髪型や髪の色まで同じなのだから本人であると断言できる。

 だけど……それでも彼女を別人だと疑ってしまったのは、そのやつれ具合、だろう。

 とは言え、ボロボロと言っても別に服が古臭いとか髪形が乱れているとか顔や体に痣があるとか、そういう明らかな損傷がある訳ではなく……俺がそう判断した大きな理由の一つはその蒼い瞳の色、だろう。

 写真ではあれだけ自信に満ち溢れていたあの輝きの強い真面目そうな瞳が、何故か今日は自信なさそうに伏せられ俯きがちとなっている。

 勿論、緊張の所為でそうなっている、とも考えられるのだが……彼女の場合はどちらかと言うと「思いっきり打ちのめされた後」という印象が拭えない。

 

 ──まぁ、まだ中学生だしなぁ。


 人生、楽ありゃ苦もあるってことくらい、四十年近く生きていりゃ分かる訳で……俺はそんな彼女の変貌も「そういうこともあるさ」程度に受け止めていた。

 正直、この見合いがうまく行けば、その辺りの相談を受けることがあるのかもしれないものの……残念ながら今のところ、俺には全く関係ない話でしかない。

 そもそも、おっさんからしてみれば学生の頃の苦労なんて、そりゃ当時はかなりキツい思いをしたものではあるが、社会に出たらその学生時代が天国に思えるくらい面倒事と神経をすり減らすことの嵐だったのだ。

 ……彼女の疲弊をあまり大事と捉えなかったのは、そのおっさん的な人生経験の所為だったのかもしれない。


「……あの、その、良いお天気、です、ね」


「スクリーンらしいですけどね、この空」


 その堂々としていた写真と、おどおどしている現在の姿のギャップが少しばかり俺の性癖をくすぐってしまった所為か、俺はほぼ反射的に彼女が必死に見い出した会話の糸口をぶった切ってしまう。

 事実、この窓から見える空は偽物であり、海水の流入を止める球形強化防壁の裏側に映し出された映像でしかない。

 何しろこの総合病院があるのは海中都市スペーメ……ケニー何某議員が自慢していたあの都市の中になるのだから、空なんて偽物で当然である。

 ちなみに眼前で固まっている彼女もこのスペーメ出身者であり、だからこそ登録の翌日にこうして見合いの席を構えることとなった訳だが……

 それは兎も角、俺の一刀両断の返事の直後、お見合いの席が重苦しい空気に包まれてしまったのは、そんな偽物の空を話題にしたリリス嬢の話題の選定が間違っているのであって……俺は悪くないと思われる、気がする。


「あの、その、あの……」


「……婚約破棄」


 必死に話題を探そうと慌てている金髪の少女には悪いが……俺としては一目見た瞬間から彼女を正妻に決めようと思っていた。

 いやむしろ、あの大勢の中から選ぶくそ面倒くさい作業をもう一度繰り返すくらいなら、もう誰でも……スペック的には最高だったこのリリス嬢で構わなかったのだ。

 だからこそ、お互いの機嫌を伺うような面倒な会話の応酬には何の興味も持てず……俺は会話が途切れた瞬間を狙い、たったの一言であっさりとそう彼女の核心へと切り込んでいたのだ。

 そして……


「そう、ですか。

 貴方も、ですか」


 俺がその一言を告げた瞬間、おどおどしていた筈のリリスちゃんの雰囲気ががらっと変わり……写真の気の強さに何処となく破滅的な色を加えたような、覚悟を決めたような光が、その蒼い瞳に浮かぶ。


「ははっ、あの人が言うには『女なんて男がいないと細胞分裂しかできないミジンコ並の生物』だそうですよ。

 今までの私の、私たちの努力を無視したその物言いを聞いて、カッとしてつい、その、言ってやったんです。

 『ならそんな女から生まれる貴方たち殿方は精液を巻き散らすだけのミジンコですよね?』って」


 その告白は、彼女にしてみれば未来の全てを投げ捨てる自棄の極みそのものだったのだろう。

 少なくとも少女の顔は同僚が全額競馬に注ぎ込んで後悔していた時と同じような、破滅願望と解放感と後悔とを混ぜた……何とも言えない表情をしていたのだから。

 ちなみにこうして思い返してみても、その同僚は名前も顔すらも全く思い出せないのだが……何故その時の表情だけが鮮明に、俺の脳裏へと一瞬浮かんできたのだろう。


「……ぷっ、あははははっ。

 そりゃそうだ」


 その話を聞いた俺は、思わず腹を抱えて笑ってしまう。

 男も女もたかが染色体が一本違うだけの同じ生物であり、酒を飲んで飯を食い汗をかけば糞尿を垂れ流す……その程度の生き物である。

 だからこそ、男がどうだの女がどうだのと愚痴を垂れる連中があまり好きではなかったのだが……いや、かなり面倒くさいのが会社にも何人かいた覚えがあって、だからこそ男女なんてその程度という思想が俺に芽生えたのだろうが、まぁ、今となってはそんな連中なんてもうどうでも構いやしない。


「……って、まさかそれだけ?」


 思わず笑ってしまい、話の腰を折ってしまったと危惧した俺は眼前の少女に話の続きを促すものの……少女はそれ以上を語ろうとはしなかった。

 要するに、彼女が言うところの『婚約破棄』は、たかが「男にミジンコ扱いされたから言い返した」というだけで発生したことになる。


「それだけ、って……

 要らぬことを言って殿方の機嫌を損ねたんですよ?

 そんなの、もう……都市を追い出されて子供も産めず、田舎で社会への不満をぶつけながら同じ女性に石を投げ、警備の兵達に撃たれて殺されて終わるんですよ、あはははは」


 リリスという名の少女は、どうやらかなり追い詰められているらしい。

 少なくともこの未来社会では、10万人に1人しかいない男性に嫌われることとは、要するにエリートコースから叩き出され、人生を失敗するような代物なのだろう。

 具体的な例が今一つ思い浮かばないが、お嬢様系の進学校に通っていた少女が、つい教師のヅラを取ってしまって学校中から白い目で見られ追い出されそうになってるイメージだろうか?

 もしくは万引きが見つかって……ああ、これは教師や警備員から脅迫されるエロ系コミックを読んだ覚えがある。

 彼女はそういう感じの人生の転落を味わい、人相が変わるレベルでへし折られてしまった、のだろう。


「いや、浮気したとか同性愛に走ったとか放火したとか子猫を切り刻んで殺したとか売春したとか窃盗したとか」


「貴方は私を社会不適合者と思ってませんかっ!

 そのような犯罪行為は全く断じてしておりませんっ!

 そもそも浮気しようにも同性からは毛虫のように嫌われ、殿方との接点すら何一つないんですよっ!

 あと、言うに事欠いて売春なんて、幾らなんでも酷過ぎますわっ!

 同性相手に身体を売る売春なんて、落ちるところまで落ちた、社会貢献すら出来ず配給も受け取れない女がする底辺の仕事ですのにっ!」


 思いつくがままにつらつらと語っていた俺に対し、リリス嬢は声を荒げて抗議し……すぐさま我に返って言い過ぎたと口を押えてしまう。

 どうやら彼女はかなり言いたいことは真正面から言ってしまうタイプの少女らしく、正直、俺としては彼女の反応を見るのが楽しくなってきていた。

 ちなみに、先ほど語っている中でふと気付いたのだが、俺が口にしようとしていた援助交際を売春へと、万引きを窃盗へと自動的に翻訳してくれたのは……恐らく翻訳機能の所為だと思われる。

 元の時代で犯罪色を薄めるため忖度していただろうそれらの犯罪行為は、この時代では純粋な犯罪として認識されているらしく、一切の忖度なしに純粋な犯罪行為として扱われており、そんな背景があったからこそ、売春やら窃盗やらの単語へと変換されてしまったのだろう。

 加えて言うならばこの社会、女性同士の同性愛は性的少数派ではなく社会的に珍しくない存在ではあるらしく……だけど、あくまでも特定の相手との肉体関係として認められている。

 そして、男性がいない世界での売春とは、女性が同性相手に身体を許すことであり……その職業はこの時代、最底辺の救いようのない軽蔑される仕事であり、売春婦とは完全に人生の落伍者として扱われているようだった。

 尤も、それは社会全体としての意見という訳ではなく、エリートであり潔癖症だったのかもしれない眼前の少女の感覚から判断したモノであり、実際の社会ではどういう扱いを受けているのかなんて、判断する材料すら持ち合わせていないのだが。

 そんなことを考えている最中にふと思いついたのだが、男性同士の同性愛はこの時代、どういう扱いを受けているのだろうか?

 とは言え、個人的には検索したいとすら思えない内容でしかなく……まぁ、積極的に調べる必要すらないだろうけれども。


「まぁ、大体理解は出来た、かな?」


 こうして言葉を交わした時間は僅かでしかなかったが……彼女が怒る姿を目の当たりにしたことで、リリスという名の少女が何を大切だと思っているのかは理解出来た。

 眼前のリリスという名の少女の評価としては、外見はかなり……まだ幼いながらも将来に十分期待できるほど好みであり、そもそも打てば響くような少女の反応は、それこそ婚活アプリが相性度96%と示したことが偽りではないくらいに気に入っている。

 怒ったポイントも人として当然という範疇であり、会社のお局さまみたいに意味不明の原因で瞬間湯沸かし器みたいに暴発することもなさそうで……人として好感が持てる範疇に十分収まっている。

 リリスという名の少女の見極めが終わってしまった以上、少々名残惜しくはあるものの、いつまでもこうして顔を突き合せ続けている訳にもいかない。


「じゃあ、えっと、リリスさんと呼ばせて頂きます」


 少なくとも社会性とか歳の差とか、要らないことを考えなければ今すぐに交際を申し込んでも構わないほどには彼女のことを気に入っており……と言うか、今、こうして顔を突き合わせているのは婚活アプリの結果であり、この席がお見合いであることを思い出した俺は、気付けばそんな前置きを口にしていた。


「はいはい、リリスで構わないわ。

 どうせ、お断りなんでしょ、私だってそれくらい分かって……」


「俺は、貴女を気に入りました。

 どうかリリス=(ウィーフェ)=クリオネになってくれませんか?」


 一度は人生を捨てたという開き直りの所為か、それともただ婚約というモノに対し未だに実感が伴わない所為か。

 俺は、それほど緊張することもなく……歳の差とか年収がどうのとか、今まで女性に対して積極的に行けなかった色々なしがらみの存在も忘れ、ただ自然な笑顔を浮かべたまま、まるでお芝居の1シーンのようにそう告げることが出来た。

 ……そして。


「……う、そ」


 少女が嬉しさに号泣するという瞬間を目の当たりにするのは、恐らく生まれて初めての経験で……俺は悪いことを一切していないのに身の置き場がないという非常に珍しい経験をさせて貰ったのだった。


2021/09/09 22:31現在

日間空想科学〔SF〕ジャンル1位。

週間空想科学〔SF〕ジャンル1位。

月間空想科学〔SF〕ジャンル3位。


総合評価 1,802 pt

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! リリスたん、良かったね。 それにしても……「ミジンコ事件」の顛末www [気になる点] 「こ、ここで上げて落とすんだろ! リリスたんが悲惨な最期を遂げると…
[良い点]  不安からの安堵。 不安を差し込んでからの安心な結果。不安ばかりでは馴れて鈍感になる。不安からいつ安心させるか。長く引っ張らず、前話の不安を今話で払拭してみせたのは思い切りが良い。不安だけ…
[一言] これがあの伝説の「おもしれー女」というやつですねw
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