～ 人類救済計画その2 ～
女性同士での染色体結合による妊娠技術を調べていた俺の頭の中に、BQCOを通じてとある情報が送られてきた。
──男性の地位が暴落し、女性のみの社会が訪れるシミュレーション、ね。
ぶっちゃけた話、女性同士で子供が作れるのであれば、男性なんて不要である。
わざわざあの連邦府立鼠子金玉学校にいた傲慢極まりない連中や、俺みたいに大した能力もない普通の男を、無理に持ち上げなくても構わないのだ。
だったら何故？という疑問が俺の脳裏に浮かぶものの……その答えもすぐさまBQCOは解き明かしてくれる。
──遺伝子保護と、社会の安定化と、人口の抑制。
一つ目は分かる。
ほとんど無駄、と言うよりは資源と人材の浪費でしかないとは言え、Y染色体全てが失われるのは今後人類が科学技術を失いような事態に陥った時、もしくは単純に遺伝子保護の観点から見ても、男子という絶滅危惧種をそのまま放置するのは惜しいとお偉いさんが考えたのだろう。
この辺り、高い金出してニッポニア＝ニッポンだったかを保護しようとしていた活動と思えば、まぁ、納得は出来る。
──二つ目は、火星の一都市が理由か。
地球連邦圏外……火星において、「男性に頼らず女性ばかりの都市を運営すれば格差がなくなる」とする一団体が、その理念に従って都市運営を開始した事例があったようだ。
だが、その都市は運営から数年後に殺人やら強盗、傷害に殺人に強姦……女性ばかりの都市なので俺の思い浮かべる強姦とは少しばかりニュアンスが違うらしいが……兎も角、治安が壊滅し、略奪と強奪の繰り返しで都市は崩壊した、のだとか。
BQCOは、その暴動を起こした理由として、中央政府に次のようなレポートが提出されたとある。
『今は妊娠するという一つの目的に縛られているため、女性たちはある程度の社会的自制を強いられている。
勿論、その所為で色々と抑圧されているのは事実であるが、その枷がなくなった瞬間、彼女たちは格差に耐えられなくなった、いや、耐える理由がなくなってしまった。
結果として、格差を解消するべく彼女たちが最も安易な手段……即ち暴力に頼った結果、治安機構は崩壊、食料生産システムを自ら破壊し、汚水処理システムも破壊。
生産システムのなくなった都市内部において、彼女たちは人肉と汚水とで飢えと渇きを凌いでいたが、すぐさまそれも行き詰まり……結果として都市人口はゼロと化した』
そのレポートの原因究明が正しいかどうかは置いておいても……そんな悲惨な事件が過去にあった、らしい。
要するに、これは人類の宿痾なのだろう。
王政の国家において、王家が富を独占しているとして民衆が蜂起、国王を斬首してしまうと、民衆同士が殺し合って国家が前より酷くなったり。
宗教国家において、教会の横暴に耐えかねて民衆が蜂起、教会を追い出してしまうと、倫理を無くした民衆が冒涜の限りを尽くして結果として生活が前より酷くなったり。
人間、ある程度の締め付けは必要ということである。
──三つ目の、人口の抑制、ってのは何だ？
この答えもすぐさまBQCOが教えてくれる。
現在、精子量とそのY遺伝子の劣化がボトルネックとなって、地球人口は凡そ10億人に抑えられている。
女性同士で子供を作り始めると、そのボトルネックが消え失せる訳で……人口は爆発的に増加する見込みとなる。
勿論、急激な人口の大爆発となるかどうかは不明なのだが、それでも地球上の人口は数倍に膨れ上がるだろう。
結果起こるのは資源枯渇である。
今のところ、地球圏内では10億人の人口が、リサイクルを繰り返すことで資源開発もせず過不足ないレベルで生活を営めている。
当然のことながら、人口が増えれば資源が足りなくなり、生活水準が下がるもしくは資源開発のために地球を更に掘り返さなければならなくなるのだ。
基本的に人間という生き物は生活水準を下げることは非常に難しいため、資源を掘り起こす以外に手段はないが……生憎ともう地球上では簡単に取れる資源はもう取り尽くしている。
結果として起こるのは、再度の資源争奪戦……本当の戦争、である。
「……なるほど、なぁ」
以上の理由から、女性同士での子供作成はごく少数のみの例外を除き禁止している、という形でその男性のみが読めるレポートは終わっていて、読み終えた俺はそう嘆息するしか出来なかった。
この異常な形の未来社会も、なるべくしてなったのであって……別に誰かの悪意や欲望によって築き上げられた訳じゃないのだろう。
だからこそ、悪の権化や世界の歪みを見つけてやっつければ社会が救われるという、映画やアニメみたいな簡単な解決策がなく……その救いを我が正妻は俺の股間に見出してしまった。
それこそが、彼女が今書いている『人類救済計画』の全容、という訳だ。
「禁止だ禁止、こんなもの」
「えぇっ？」
だからこそ俺は、リリス嬢が必至に書いていたレポートを取り上げ、一時保存という形で記録した後、仮想モニタを強制終了させてやる。
金髪碧眼の才媛からは抗議の視線が飛んでくるものの……生憎と十代半ばの少女が睨みつけたところで、社会人経験を積んだ俺からしてみれば怖くもなんともない。
「今は都市を大きくする、それで十分。
地球上の人類全てを助けるなんて、自分たちが普通に暮らせるようになってからで十分だろ？」
「……は、はい」
そんな俺の説得は意外と有効だったようで……いや、彼女自身も理解はしていたようで、リリス嬢はあっさりと納得したようだった。
事実、今彼女に必要なのは地球人類を救うことではなく……明日開催されるという精通祭りなんてふざけた名前のお祭りの準備の方なのだから。
──中止にならないかなぁ？
俺はそう呟くものの……残念ながら天災でも起こらない限り、中止にはならない。
しかしながら、雨・風・台風などの気象情報はほぼ完全に中央政府のコンピューターで把握、シミュレートを繰り返しており、その制度はほぼ100％を誇り……そして残念ながら明日は晴天の予報である。
更に言えば、俺たちが暮らしているのは、海上都市であって地震が起こっても何の支障も起こらない上に、隕石が降って来ても事前に衛星軌道上で防がれるため、地上が被害を受けることはない。
要するに……この未来社会の学生は、イベントの中止を祈るにはテロリストが攻めて来る以外の救いはない、ということである。
