~ 情報漏洩 ~
いつまでも正妻であるリリス嬢がぶっ倒れていると話が進まないので、BQCO経由の気絶解消時間の設定を使って叩き起こし。
ついでに意識の強制シャットダウン……恐らくは仮想現実で遊ぶ際のダイブ機能を転用させた人間の脳にあまりよろしくなさそうな技術も一時的にカット。
そうして俺はようやく彼女とまともに向き合うこととなった。
……だけど。
「……えっと、その、なんだ……」
「……はい」
どんな顔をすれば、十代半ばの金髪碧眼美少女に対し、「朝起きたら生殖機能が暴走し、パンツ内部に精液を無駄に放出しておりました」なんて事態を報告できるのだろうか?
少なくとも俺の40年近い人生経験を辿ってみても、20年弱の社会人生活を見返しても、その答えを導き出すことは不可能だった。
当然のことながら、俺の記憶は未だにあやふやで、たまにエピソード記憶が復活する程度でしかないのだが……恐らくそういう問題ではない。
「……あ~、う~。
その、何だ、えっと」
「はい」
そうしてどれだけ悩んだところで俺は今朝の事象を口に出す勇気が持てず、言葉を濁すばかりでしかなく……幸いにして我が正妻様はそんな俺を温かく見守ってくれて急かすこともなく真面目な表情のまま俺が口を開くのを待ってくれていた。
──やっぱ出来た女だよなぁ、コイツ。
その事実に気付いた時、俺は内心でそんな感心の呟きを零し……ふと気付くと、先ほどまで胸の奥を突き上げて来ていた奇妙な脅迫観念がすんなりと消えてしまっていた。
……今なら、話せる。
何の根拠がある訳でもなく、ただの勘違いかもしれないものの……俺はその感覚に従うように口を開いた。
「実は……ん?
何だこれ?」
だけど、口を開いた直後、BQCO経由で送られてきた何らかの情報……21世紀人にも分かるように説明すると、モニタの隅っこにふとポップアップが開いて何かのメールが届いたような感覚、とでも言おうか。
そんなものが不意に頭の片隅に浮かんで来たのである。
ここから説明を始めようという時にそんな情報が届いた所為で、水を差された気分になった俺は軽く舌打ちをすると、仕方なくそちらの通知へと視線を向ける。
「えっと、何々?
……精液の簡易調査結果?」
何故そんなものが送られてきたのかさっぱり理解できなかった俺は、ただ頭の中に浮かんできた文字をそう読み上げ……その直後にようやく「そう言えばさっき精液付きのパンツを捨てたなぁ」なんて思い出していた。
……だけど。
「……待ってくださいっ!
早く、情報の封鎖をっ!」
正妻様にとってはそう呑気な話ではなかったらしく、いつも冷静沈着……ってのは過大評価ではあるが、政策面ではきっちりと冷静に計画してくれている金髪碧眼の才媛が、突然そんな叫びを上げたのだ。
──へ?
突如、豹変した彼女の様子が全く理解できなかった俺は、ただ呆けて眼前に開いたままの仮想モニタを眺めることしか出来なかった。
その間にも優秀なる正妻は自らの特権を利用して、俺の眼前の仮想モニタを強引に取り上げると、何やら細工をし始める。
今まで知らなかったのだが、正妻の多大なる権限の一つには、一部とは言え男性の仮想モニタを勝手に操作できるものもあるらしい。
尤も、俺のBQCOには「正妻権限による仮想モニタへの干渉が確認されました、拒否しますか?」というニュアンスの、文字を使わないメッセージが届いていて、どうやら彼女のそれは拒否権付きの権限のようである。
ちなみに、そんな権限を突き付けられた当の本人である俺は、未だに事態が理解できず……ただ目を瞬かせることしか出来なかった訳だが。
「……ああああああああ、遅かったぁっ!」
とは言え、彼女のその強権的な行動は結局のところ無駄になったらしく……リリス嬢はきっちり整えられていた金色の髪を搔き乱しながらそんな叫びを上げ始める。
──何が、どうしたんだ?
未だに彼女の行動を理解できない俺は、コントロールを奪われてしまった仮想モニタへと視線を向ける。
彼女が一体何を見て狂乱しているのかさっぱり分からなかった俺ではあるが……さっきからカウントが次々に増え続け今や7,000を超えた、この恐らく閲覧数らしき数字が問題であるのような、気がしないでもない。
何しろカウントの有効桁第一位が増える度に、彼女は未だにびくんびくんと痙攣しているのだから、それが原因というのはあまり賢くない俺であっても推測できる。
「……その、大丈夫か?」
ただ、よく分からない現状よりは彼女の狂乱具合の方が遥かに問題だと考える俺は、数秒前まで才媛という言葉が人の形を取っていたような、我が正妻へとそう問いかけていた。
「……ええと、もう手遅れなので、大丈夫です。
落ち着きました、落ち着きましたよ、ええ」
尤も、彼女は自分の正気度よりも現在進行形で閲覧が進んでいる俺の精液の簡易調査結果の方が重要だと思っているらしく……そんな頓珍漢な回答を返してきた。
俺はそれを指摘することはなく、ただ状況の説明を求めるべく、彼女へと視線を向けるのだった。