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~ 未来の現実 ~


 案内ロボット……俺の首の辺りだから恐らく一メートル程度の高さの、チェスの駒のポーンに似ている感じのロボットに案内されるがまま、自分の病室へと戻った俺はベッドに転がり、虚空を睨み付ける。


「……お見合いのプロフィールみたいなんだよなぁ」


 虚空……いや、俺自身が自分の意思で展開した、眼前に浮かぶ『空間モニタ』に映し出されている自分の男子登録情報とやらを眺め、俺は溜息と共にそう呟きを零す。

 お見合いのプロフィールでなければ、就活の履歴書が近いだろうか。

 未だに真正面に映っている「なよなよとした脆弱で色の白い、女の子と見紛うような線の細い少年」が自分自身(・・・・)だという自覚は、未だ欠片も持っていないのだが。


「さてと、何をするかな」


 ケニー議員の話では、退院するのは住居を決めてからで構わない……希少価値のある男子はその程度の特権が普通に与えられる特別階級らしいのだが、流石に身体は兎も角としても、俺自身、精神的には「健康な大の大人」である以上、何日も病院で居候するってのも体裁が悪い。

 まだ昼飯まで1時間ほどあるのだから、ここは脳内に埋め込まれているという(脳内)(量子)(通信)(器官)とやらを試してみるのが一番有意義だと思われる。


 ──えっと。

 ──モニタ反映モードっと。


 まずこのツールを使って最初に俺が行ったのは、記憶野へ直接知識を転送する現代主流のモードから、この時代では旧式でしかない「検索結果をモニタへと映し出し視覚的に情報を得る」モードへの変更だった。

 正直な話、「見て読んで覚える」文化で育ち切った俺にとっては、「記憶野へ直接データを放り込む」この時代主流の形式には慣れそうになかったから、だ。


「……ケニー議員は正妻を選べと言っていたが。

 生憎と、俺にはやることがある」


 俺はそう呟くと同時に瞼を閉じ……真っ黒の景色に映し出されたサトミさんの最期をもう一度目の当たりにすることで、決意を新たにしつつそう吐き捨てる。


 ──このクソみたいな社会を叩き潰す。


 こうして、未だ俺の目蓋の裏には、サトミさんの最期の姿は未だに俺の目に焼き付いたままであり……そして、この社会においてあんな悲惨だった彼女の死が『合法』というのなら、間違っているのは俺じゃなくこの社会の方だろう。

 

 ──ならば……彼を知り己を知らば、百戦をして危うからず、だ。


 テロを起こすのか大量虐殺をするのかハッキングをして社会ステムを崩壊させるのか……社会をぶち壊すと一口に言っても、現状を把握しなければ何一つ出来る筈もなく……つまりが、少し考えた時点で俺は、大昔の故事に言う通り「何をするにしてもまずは情報から」という至極当然の結論に至っていた。

 少なくともあの二十世紀と二十一世紀を生きた俺には、孔子や孟子、ソクラテスや裸で街中を走った知恵者など古代の武将・智将を超える様々な知識がある。

 それらの学んだ覚えのない、正直記憶とすら呼べないうっすらと脳内にこびりついただけの知識が、「まず社会をぶっ壊すならばその社会を学ぶべきだ」と訴えていた。


「……第三次、第四次世界大戦、はどうでも良いか」

 

 五百年以上も昔の歴史なんて、今の俺にとって大事とは思えない情報は飛ばし……この歪な社会の根源である「阿呆な男女比が生まれた理由」を検索にかける。

 そうして十数分を費やした結果。

 

「……原因不明ってどういうことだよ」


 いや、未来の科学力はそう馬鹿にしたモノではなく、この男女比がぶち壊れた事態の『直接の原因』そのものは判明している。

 男女決定のためのY染色体……男性にしか存在しない染色体が急激に劣化したのだ。

 三度目・四度目の世界大戦で用いられた核兵器がばら撒いた放射線の所為という説もあれば、放射性物質分解のために各地にばら撒かれた、放射性物質の半減期を凄まじく早める人為的に造られたバクテリアの所為という説もあり。

 また数々の疫病を克服するためのワクチン原因説、(脳内)(量子)(通信)(器官)原因説、地球外旅行が頻繁に行われたことによる宇宙線説……オカルト系になると大宇宙の大いなる意思説、一時期に流行った都合の良い合成人類に溺れて男女間の生殖行為が激減した結果淘汰が発生した説、ガイアの意思説とか……男女比が狂った原因はY染色体の劣化に間違いはなくとも、そのY染色体が劣化した原因そのものに関してはそんな諸説が入り乱れている状況である。

 挙句、男女比が狂ったことによる社会秩序の崩壊に悩んだ人類は、遺伝子治療によってY染色体を改造した遺伝子調整人類(コーディネイター)を造り出すことによって一時期男女比は元に戻ったかに見えたものの、この調整された人類の子孫は何故か三代の内に生殖能力を失ったとあり……この件が原因で世界の男女比は凄まじい勢いで一気に傾いたとデータにはある。

 

 ──んで、それからは天然ものばかり、と。

 ──苦労の歴史ってヤツだな。


 本来ならば1:110,721なんて狂った男女比になる前に人類は激減していることだろう。

 少なくとも一対の男女による生殖でこれほどの比率が偏ることはあり得ないのだから。

 だけど……生憎とこの未来社会は、人工授精技術が凄まじい勢いで発達しているお蔭か、僅かな男性でも大多数の女性を妊娠させることは可能であり……男女比がこの有様となった現代でも人口の激減だけは何とか抑えられており、未だ地球上に10億ほどの人口で安定しているらしい。


「……あ~あ~あ~」


 そうしている内に脳内思考によって行っていた検索が変な方向へと進んでしまったらしく、男性と縁のない女性に対して提供される、同性愛のためナニを生やす肉体改造手術(ただし染色体への実害を防ぐため繁殖能力はない)とその使用感が読者の声として幾つも並んでいるサイトを発見し、俺は思わずそんな声を上げていた。

 まぁ、ありそうな話ではあるし、モロの画像データはないにしろほぼ全裸で若い女性同士が抱き合っている画像はなかなかエロスを感じるものがある。

 尤も……


 ──はぁ。

 ──未だ勃たず、か。


 この餓鬼の身体では、何というか脳の興奮と股間とが接続されていない感じがあって、こうしてエロスを感じる画像を目の当たりにしたところで、全く欠片もピクリとも反応してくれないのである。

 ……正直な話、頼られるくらいの腕力がなくなったことよりも、それなりに高かった身長を失ったことよりも、男らしさが完全に消え去ったことよりも、この最悪の事態が最も俺の精神を削っていた。


「取りあえず、男女比が狂ったと。

 んで、精子を求めて三千里ってか」


 そこからはまぁ、出来の悪いコントみたいなものである。

 男女比が偏った段階で一対一の結婚制度が終わり、重婚が可能とする法案が出来る寸前でキリスト教団体が反対表明……イスラム系は問題なかったらしいが、そうして強固に反対していたキリスト教が邪教と認定される寸前になるなどの紆余曲折を経た結果、結婚は一対のみの男女に許される行為であるため、登録上の『正妻』は残したままとなり。

 更に男女比が傾いて人工授精のための精子すら不足し始め、男女間は法で許された唯一の『正妻』と男性の意思で肉体関係を結んだ『恋人』、都市に住んで税を払うことでただ精子のみを提供される『市民』……それ以外の、男性が君臨する都市に暮らせずただ女性同士で子供を造らず生きていくだけの『外民』という女性に分類されることとなり、そんな女性間の待遇差こそがこの時代の『カースト制度』となり果てている訳だ。

 ちなみに女性は男性名を名前の後ろに付けて姓とすることで『外民』でないことを表しており、また姓の前に各々の地位を示す(あざな)を加え、そして左手の薬指にある指輪を付けて地位を見せつける、らしい。

 『正妻』は金の指輪で字は(ウィーフェ)、『恋人』は銀の指輪で字名は(ラーヴェ)、『市民』は字はないものの、男の子を産んだ者は青の、女の子を産んだのは赤の、それ以外の『市民』は黒の指輪をはめるのが女性のステータスとなっており、まだ未婚と相手にアピールする場合は指輪のない左手の甲を見せるのが挨拶代りだとか。

 

「……世知辛いなぁ」


 時代が変わっても人類という生き物は社会性の動物ということなのか、こうして科学技術が発展した現代でも上下関係や階級社会が普通に残されているのを見ると、そういう感想を抱かずにはいられない。

 

 ──ケニー議員は、正妻(ウィーフェ)、ね。

 ──なるほど、海中都市を見せびらかす訳だ。


 最初に顔を合わせた時、左手の甲に金色の指輪があり……そして姓名の他にミドルネームっぽいモノがあったのを思い出した俺は、そう呟く。

 そして、こういう背景があるからこそ、ケニー議員が言ってたように『正妻』を早急に選ばなくてはならない、らしい。

 『正妻』ってのは要するに都市運営の実質的なリーダーであり、しっかりと都市運営のための教育を受けた一流の子女のみが就ける特別職……富裕層や幼少期より凄まじい才能を見せた所謂「才女」のみがなれる十万人に一人の特権階級なのだ。

 その特権階級は凄まじい競争の上に成り立っており、『正妻』『恋人』は都市の富裕層として、『市民』はインフラの整った都市で安全に暮らせる代わりに、落伍者となった『外民』は子供も産めず都市を追い出され、男性のいないインフラの未発達な未熟都市で細々と暮らすのが精一杯という有様。

 そんな『外民』の彼女たちは自由を求めて暴動を起こし、死屍累々となり鎮圧された……その手の記事は簡単に検索するだけで地球上でほぼ毎日のように起こっている。


「……何なんだよ、これは」


 そうして俺は甦ったこの未来の現状を理解し……ベッドに寝転がったまま天井を仰ぐと、大きく嘆息する。

 サトミさんを殺した、このクソッタレな社会をぶっ壊してやろうと決意し、こうして歴史を調べたのだが……

 

 ──何もせずとも滅びかかってるじゃねぇか。


 テクノロジーが発達し、医療も発達し、国家の違い文化の違いを克服した筈の未来は、人間同士の間での格差からは逃れられず、挙句、安全に暮らす権利も子供を産む権利すらも格差によって奪われ、社会システムは暴動が多発する崩壊寸前の有様。

 つまりが、この時代の先進的な社会は……俺が何かをする前に、既に崩壊しかけていたのだった。



2021/09/07 21:44現在

日間空想科学〔SF〕ジャンル1位。

週間空想科学〔SF〕ジャンル1位。

月間空想科学〔SF〕ジャンル4位。


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― 新着の感想 ―
[一言] サトミさんの死が受け入れられない
[良い点]  復讐相手が瀕死。 理不尽な社会への反抗という初々しい衝動がなにもしなくても遠からず破綻するのではという予測の前に消沈するのはさすが未来社会、至れり尽くせりで復讐さえもやろうとした時にはほ…
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