~ 廃棄都市 ~
取りあえず、他に気がかりな単語が出て来たことから、リサイクル云々を頭の片隅へと追いやった俺は、こうして会話するだけで楽しそうな表情を見せてくれる正妻リリス嬢へと口を開く。
「……廃棄都市?」
理由は定かではないものの、その奇妙な……何かの創作で聞いたことあるような名前が、何故か不思議と気になったのだ。
「ええ。
市長が亡くなってしまうと、その都市は廃棄都市と呼ばれることとなります。
勿論、解体されるのはその都市に暮らしている者が全員いなくなってからの話となりますけれども。
最近では北極圏の都市が一つ、廃棄になったという話ですね」
彼女の説明は実に理に適ったものだった。
実際のところ、海上都市『クリオネ』を始めとするこの未来社会の都市全てが「男性の生殖能力に群がる女性たちを住まわせる場所」という認識である以上、男性がその能力を失った時点で都市は意味をなさないのは当然である。
──勿論、引継ぎ……代替わりもあるっぽいが。
BQCOによると、少し前まで……この男女比1:110,721なんてアホな数字に達するまでの、各都市で一人以上の子供は生まれていた頃、その都市で生まれた子供の中で最も優秀な男児が都市を継ぐというのが普通だったようである。
俺の価値観で言うと、正妻の子が後継ぎになるのが望ましいのだが……残念ながらこの未来社会の男女比で考えると、正妻の子が男子である可能性は非常に低い。
そもそも現在は正妻の子供どころか都市全体で考えても、男子が一人生まれるかどうかという状況であり……後を継ぐ男子に恵まれなかった以上、その都市が廃棄されるのは仕方のないことだろう。
それは兎も角として。
──北極圏の都市って、サトミさんがいたあの街か。
もはや記憶すらも薄れかけ始めているものの……俺が目覚めたあの都市では、確かに彼女以外の住民なんて一人たりとも見なかった。
サトミさん自身はあの都市のことをアルコロジー……施設内で生態系が完結している構造物のことと説明していた訳だが、どうやらアレは「繁殖能力を有する男性を失った都市」を皮肉って言葉にしていたものだと思われる。
もしくは俺が目覚めたことで、ようやくアルコロジーになれた……生態系が完結したと言いたかったのかもしれないが。
彼女の事情は兎も角として……ほんの一時であったとしても、そうして暮らしていた物件が廃棄されている実情を思い知らされると、若干の心痛が発生するのは避けられない。
──コイツは、何も知らない。
──そんなの、分かってはいるんだが。
我が正妻は、俺の目覚めた事情なんて知る筈もない……俺自身が彼女に教えていないのだから、それは仕方ないことだろう。
だからこそ俺はついつい咽喉から出かかった罵声を……ただの八つ当たりの言葉を呑み込んだのだ。
だけど、やはり顔が歪むのを抑え切れはしなかったらしい。
「あ、あの?
何かお気に触ることでも?
……何とか資材の調達は早急に進めるよう手配を行いますが……」
「いや、何でもない」
そんな俺の様子に気付いたリリス嬢が何やら言い訳を始めるものの……たかが十代半ばの少女に八つ当たりをしてしまった形になった俺は居た堪れず、首を横に振って気にしていない様子を見せる。
ちなみに、そんな状況下でもBQCOは優秀で、廃棄された都市から……北極圏での資材リサイクルが進まない理由を俺に教えてくれる。
──調達コスト、か。
そもそも北極圏なんて、地球でもドのつく辺境である。
軌道エレベーターやマスドライバーなど、大気圏離脱や突入を容易に可能とする技術が開発されているこの未来社会において、衛星軌道の方が北極よりも近いのだ。
その理由の一つが『積雪』である。
ほぼ全ての業種において機械化が進んでいるこの時代では、解体・運搬作業も全て機械によって自動で行われるのだが……宇宙圏や海中と違い、北極圏では「作業機械の関節部に付着した雪が凍り付いてしまう」というイレギュラーが発生する。
勿論、進んだ科学技術はそれすらも解決するのだが……作業腕全てに凍結防止装置を取り付けるにしろ、仮想力場発生装置で雪を弾くにしろ、別途に特注部品とエネルギーとが必要となる。
それらの資材は主にガニメデ衛星を始めとする木星圏での需要が多いため、地球圏では品薄となっており、わざわざ発注したり取り寄せたりすると多額の費用がかかるため……北極圏の都市の解体はあまり進んでいないという実情がある訳だ。
──そもそもの元凶は、国家計画、ね。
一応、我が優秀なる正妻様はその辺りの事情も理解し、新たな解体機械の増産を申請しているのだが……泥棒を捕えた後で縄を綯う感が否めない。
しかも、その申請に対する中央政府の回答が「現状、大多数の都市が困窮しているとは言えないことから、増産の必要性はないと認識している」だった。
この未来社会では、今までの歴史から生産過剰によるデフレーションを警戒しているらしく、必要以上の生産力を持とうとしない傾向にあり、それが原因だろうと推測される。
そもそもテロリストによる犯罪を見過ごしていることですら、経済を停滞させないための需要喚起という側面があるとか何とか……
──経済学なんざ分かるかっ!
一応、俺も検索した側としてそこまでは情報を脳みそへと入れて咀嚼をしていたものの……いい加減、理解が及ばなくなってきたこともあり、頭を振ることでそれらの知識を頭蓋の外へと振り払う。
まぁ、要するに国家計画が原因で北極圏の都市解体は進んでおらず、だからこそ海上都市『クリオネ』はしばらくは人口増が停滞するという理解で間違いない。
「えっとだ。
他に廃棄都市はないのか?」
「確かに大幅な人口減を迎えた都市が都市規模を縮小する例はございます。
けれども、今のところは申請は届いておらず……」
である以上、北極圏とかいう僻地の都市解体を待たずして、普通に行ける場所の都市を解体した方がコスト縮減にも繋がるんじゃないかなぁと適当に言ってみた俺だったが、素人の俺が思いつくことなど秀才のリリス嬢が既に考えていない筈もなく。
当たり前のように我が正妻の口からは廃棄都市の話ではなく、規模縮小をしようとする都市なんて代物が出て来る始末である。
要するに彼女にとって、解体作業中の廃棄都市や近々解体される廃棄都市の資材確保は当たり前のように行っていて、今考えているのはそれ以外の方法というだけの話だろう。
それは兎も角として……
──規模縮小?
──ああ、コンパクトシティとか言われたっけか?
俺が生きていた21世紀でも少子高齢化・過疎化の影響から、地方においては人口の一極集中を目指してインフラの放棄とか考えていた、らしいと何処かで聞いた記憶が微かにある。
それと同じように、この未来社会でも今以上の人口増が見込めなくなった都市は、必要以上のインフラを撤去しコスト削減を図る傾向にある……とBQCOが検索結果を教えてくれる。
──そりゃそうだ。
──そもそもこちらでは、都市が終の棲家って訳じゃないんだし、な。
その検索結果を理解した俺は、廃棄都市だの規模縮小だのが当たり前のような正妻の態度がようやく腑に落ちる。
どうも年寄りは今まで暮らしていた都市に住みたがるものだという固定観念があったので今一つ廃棄都市という概念が腑に落ちなかったのだが……こちらの都市は言ってしまえば結局のところ「妊娠・子育てのための施設」でしかない。
である以上、人気が出なくなった男性の都市は人口が流出していく運命にあるし……市長から提供される精子の質や量が悪化してしまえば、同じように都市の人口が減っていくのは仕方のないことなのだろう。
2024/09/03 21:18確認時
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