~ 移住一時中止(二回目) ~
「あなた、その……い、い、移民の、受け入れを、その、停止、させて、いただきます」
「一晩で何があったっ?」
移民受け入れ開始を聞いた翌日。
朝早い時間に、俯いたまま俺の部屋に入って来た正妻リリス嬢は、開口一番に消え入りそうな口調でそんな声を発し……その発言を聞いた俺は、思わず女性に向けて叫ぶなどという無作法を仕出かす羽目に陥っていた。
とは言え、俺がそう叫んでしまったのも無理はないだろう。
500人を少し超えたくらいだった人口が、一万人を超える基礎を作成し終えた、その翌日のことなのだから。
「基礎の工事と並行し、地上部の建築も進めておりましたので、今までの4倍……2,000人が暮らせる都市が完成しておりました。
そのため、移民受け入れを開始したのですが……受け入れを停止している間に、その、話題となっていたようでして……」
「……はぁ」
金髪碧眼の正妻が告げたその事情は、聴いてしまえば納得できるものだった。
21世紀で例えると、品切れだった商品が再入荷の直後に売り切れる、あの現象に近いだろう。
品数が少ないからこそ、買えない人が増え、その品薄の話題が話題を呼び欲しい人が増え、だからこそ更に競争率が高まってしまい、その事実が次の欲しい人を呼んでしまうという連鎖反応である。
令和の頃に転売が流行ったのもこの現象の一つ……と言うか、それに目を付けた連中が買い占めを謀り、それがまた話題を呼んだ所為もあるだろうが。
──こんな競争率になっているのを考えると……
──移民権を転売する連中もいそうだなぁ。
ふと俺はそんな疑問を抱いた訳だが、直後にBQCOを経由した答えによると、他の物品は兎も角、移民権だけは何重ものチェック体制で個人に紐づけられているため、権利の転売は原則不可能となっている、らしい。
ついでに言うと、移民権と一言に言っても、これは妊娠出産に関わる話であり……市長の子供を産んでも構わないという意思表示をした女性だけが得られる権利であって、そうそう売り買いする連中もいない、とのことである。
だけど、やはりどれだけ文明が発達しようともその手の輩が出て来ることは止めようがないようで……我が正妻の手によって既に16件の摘発が行われたという情報がBQCO経由で伝わって来る。
どんな社会も清廉潔白ではいられない以上、もっと詳しく調べてみれば何らかの抜け道が見つかりそうなものではあるが……男性である俺にとっては妊娠主産のための権利なんて欠片も必要がないため、それ以上検索する気は起らなかった。
「現在、応募のあった移民に対し、素性調査と思想調査を行い、なるべく都市内の治安を悪化させない、周囲とトラブルを起こさない者を抽出して選出する予定となります」
「……苦情が増えそうな選出法だな、そりゃ」
リリス嬢が口にしたトラブルを起こすタイプこそ、落選させられた場合に苦情を大声で叫ぶ人たちだと思われた俺は、何となく眼前の正妻に向けてそう同情的な声をかけてしまう。
「いえ、基本的にその手の改善策のない、何の具体性もない感情任せの苦情など一律に弾かれ、あなたや正妻に届くことなどあり得ませんが?」
「……便利な世の中だ」
彼女が口にした内容を聞いた俺は、思わずそんな呟きを零していた。
実際、一秒後にBQCOが伝えて来た情報によると、四百数十年前の調査に基づき、個人的な感情だけを羅列した系の苦情は中央コンピューターが添削を行う……と言うより、膨大になりがちな苦情のデータについては、受け取る側の負担を軽減するよう「情報を圧縮して要約する」というプロセスを踏むのだが……その経緯で感情的な部分は排除されるとのことである。
勿論、これはメールなどの文章に限った話で、口頭での苦情は中央コンピューターが管理している仮想人格が対処してくれる仕組みがあり……こんなのを放置しているとその内、AIが人類を滅ぼそうと決意しかねない気がするが、兎も角、そういう社会システムになっているのである。
まぁ、そもそもの話、規則正しい腸内バランスを保ち、健康的に暮らし、仕事などの過度なストレスのかからない社会の中では、そうそう悪質なクレーマーも生まれてこないらしい。
もし社会的なストレス源を挙げるとすれば、異性関係のストレスだけであり……まぁ、それについては今まで見て来たとおり、こんな歪な社会構造になってしまった原因でもあり、解決の道筋すら見当たらないのが現状であるが。
「結果として、家屋の建築を許容範囲まで早急に建てると共に、基礎インフラの拡張を進めようと思います。
また中央政府に補助金の申請を提出すると共に、資材搬入港の拡張も実施させていただきます」
「……任せた」
我が優秀な正妻様は、俺がそんな要らぬことを考えている間にも、しっかりと都市人口を増やすための計画を策定中のようで……細かいことどころか大まかにもさっぱり分からない俺としてはただ一言そう呟くことしか出来なかった。
しかしながら……
──2,000人、か。
何も理解しない内に市長と呼ばれ始め、その頃から延々と繰り返している気がするが……自分の都市に2,000人という人口が住んでいること自体、相変わらず全く実感が湧きやしない。
しかもその2,000人全員が妙齢の女性であり、挙句の果てに俺の子供を産もうとしている、という。
2,000人と言えば一つの学校……しかも俺の記憶に微かに残っている、子供がまだ多かった昭和の時代の、大きめの学校の全生徒数という規模なのだ。
正直、一体これはどこのエロゲーだと突っ込みたくなる有様である。
──しかも、この時代はこれが普通以下なんだよなぁ。
この未来社会の男女比は1:110,721……結婚適齢期を除いたとしても、一人の男が女性20,000~50,000人くらいを孕ませなければならない計算となる訳だ。
ただでさえ実感のない現在の人口の、少なく見積もっても更に今の10倍である。
「……そりゃ、あんなになる訳だよなぁ」
その異常な状況を改めて実感した俺は、同級生の野郎共が見せていた傲慢極まりない女性への態度に少しばかり同情し、そんな呟きを零してしまう。
尤も、だからと言ってあのクソ野郎をぶん殴ったことを反省するつもりなんて欠片もないのだが。
「済みません、聞き逃してしまいました。
どのような御用でしょうか?」
「いや、単なる独り言だ」
都市拡張プランの策定に夢中になっていたらしく、珍しく俺の呟きを聞き逃したリリス嬢の謝罪に、俺は軽くそう肩を竦める。
そんな俺の眼前では、相変わらず仮想モニタを数枚展開しながら、新たな都市開発プランを練っている仕事中毒……もとい愛の奴隷の姿があったのだった。