夢の再会
ぼんやりとして気が付けば燃え盛る火の側に座っていた。
火の勢いは強く、私の背丈ほども火柱が上がっている。
「キャンプファイヤーだぁ」
周囲は暗い。
火が明るいせいで周囲の様子はまるで分らないけれど、何となく木々の深い山の中であるという気がしていた。
ボッと音を立てて火が激しさを増す。
気が付かなかったけれど、キャンプファイヤーの近くに、フードを目深に下したパーカー姿の人が立っていた。その人が、腕に抱えた籠から水の滴る塊を火に放り込んでいる。実によく燃える着火剤だ、と感心していたら、投げられた塊からこぼれたしずくが、ぱたぱたっと私の顔にとんだ。
火に炙られた液体は温く、鉄さびの臭いがした。
思わず拭えば、赤い。血液だった。
目を凝らす。フードの人物の容貌はわからない。けれど、彼が火にくべ続けている、片手に乗るほどの血濡れた塊、あれは心臓ではないだろうか。
ぞっとして目をそらす。キャンプファイヤーの底に溜まっている黒い炭のように、燃え盛る無数の心臓が、陽炎のように揺れて、まだ動いているように見える。寒い、と感じた。ここで気が付いてからずっと火の近くに座っているのに、鳥肌が立っている。私は立ち上がって、離れることにした。
フードの人物がクスクスとひそやかに笑って私を見送った。
「どこに行くの?」
私の足が止まる。
離れようとした、私の目の前から声が聞こえた。
よく知っている声だった。妻の若いころによく似た、まだ舌足らずな幼い声。
今はもう大人になっているはずの私の娘。けれど、別離のころはこんなに子どもだった。
「……沙也加」
私の腰ほどの背丈しかない。最後に見たのと寸分たがわない、青いトレーナーに白いスカートを履いていた。
ふっくらした頬の娘が吐いた息が、冬のように白く曇る。
「どこに行くの、パパ」
私の足が、後ずさる。いよいよ寒かった。
「おいていかないで」
抱っこをねだる様子で、沙也加が両手を差し伸べている。しかし、可愛いはずの娘が恐ろしく感じた。
数歩進み出た娘から離れたくて、更に私は後退する。
ボ、キャンプファイヤーが燃え上がる。
そうだ、下がったら危険だ。
娘が私の腰に抱き着く。情けなくも、細い悲鳴を上げた。
子どもの細い腕が、きつくきつく私を締め始めた。
「ぱぱ……ねぇパパ、どうして出て行ったの?」
「す、すまない、すまない! 許してくれ!!」
沙也加の背丈はぐんぐん伸びて、私の胸に頭がこすりつけられた。
さらに伸びる。鼻が付きそうな距離に女の顔がある。
沙也加の母親、かつて私が捨てた女……。
「あ……香枝……」
「あなた」
女の顔がゆがむ。
左右の瞳がそれぞれ別に動き、口が大きく弧を描く。口の端が裂けそうなほど。
「夢でも、会いたかったの。ずっとずっと」
女の手が私の体を探る。ぐにゃりとした感触で吐き気がする。抵抗したかったが、全身が凍ったように固く強張って思うように動けなかった。
「ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと、アイタカッタ」
「やめてくれ……俺が、悪かった」
「そんなに、あの女がヨカッタですか? ワタシよりも? 相性抜群って、言ってたではないですか……」
これは夢だ。夢に違いない。早く起きなければ――背中に火があたる。
冷たい、いや、熱い、冷たい熱い!
「悪かった、悪かったから、はなして……」
「ようやく会えましたね、あなた。ああ、心臓が燃えそうに――憎い」
女が私を抱いたまま、火の中に飛び込む。
肌が燃える、皮膚がただれて脂肪が溶け、内臓が沸騰する。熱で筋肉が強制的に収縮し、内部の骨をねじ折る。
痛い痛い痛い苦しい熱い痛い! はやく終わってくれ、終われ、死にたい……。女が笑っている。もはや女の姿もなくして、真黒な塊が、焼けただれた肉の俺にへばりついて離れない。
「やっぱり私たち、相性抜群、ですね」
何が。
「まいりましょう、あちらへ」
そのまま私は死んだ。
診断メーカーのお題を元に短時間で書いています。
名無しのAのこれから作る作品は
■ハートに火をつけて
■相性抜群
■夢でも会いたい
です。
~http://お題.com~